第3話 十五分前行動
結局、デートの話はその日の放課後まで尾を引くことになった。
ゴールデンウィークの熱に浮かれて、さっさと人が居なくなった教室の中。
僕と前田は五月四日の木曜日に、朝の八時からネットカフェデートをするという約束をするに至り、ようやく帰ることになった。
自転車に乗り、それじゃあまた明後日ね、と、手を振る前田。
それじゃあねと、空いた左手で彼女に手を振って返す僕。
校門の前で別れると、僕は、前田の姿が見えなくなったのを確認して、はぁ、と、ため息を吐き出したのだった。
「……ネットカフェデートか」
よく分からない。
実感が湧かないというのが正しい気がする。
デートって、なんだ。
そこに、ネットカフェという単語が加わることで、どうなるんだ。
分からない。
まったく僕たちがやろうとしていることが分からない。
分からないけれど、何かとてつもなく恋人らしいことをしている気が、しないでもないような、そんな感じである。ただ、喜んでいいのか、そこの所が分からない。
うぅむ。
「……高校生のデートって、普通、どんなことをするものなんだろう」
高校生だけれども、それが実際分からない。
だからこそ、そういうのをきちんと聞く友達が必要だったんじゃないだろうか。
うぅむ。
今さらのことではあるのだけれど。
やはり友達がいないことに、僕はただならない危機感を感じた。
いや待て。
今の高校――桂高校――には、確かに僕はまだ友人らしい友人が居ない。
隣の席の浅田とはまぁ、時々ゲームをしたりして遊んだりもする。
だけどまぁ、奴は交友関係が広いからな。
別カウントにするとしよう。
まぁ、それはそれとして。
確かに、高校に友人はまだ居ないが、小学校、中学校の時の友達は居る。
彼らに一度、相談してみるというのはどうだろう。
とぼりとぼりと、東に歩いて、セブンイレブンのある角の道を左に曲がる。
用水路工事でごちゃごちゃとしているそこを渡ると、ポケットからスマホを取り出して、僕は中学校時代の友人にLINEでメッセージを送った。
例の、過去に彼女ができた友人である。
内容は、考えに考え抜いた末、「デートってどうするの?」と、シンプルな感じのものにしてみた。
すぐに、既読が付いた。
だが、返信はない。
どうしたんだろうか。
まさかLINEの不具合かなにかだろうか。
念のためもう一度、「デートってどうするの?」と、彼にメッセージを送った。
すると、今度はすぐに返事がきた。
「……黙れリア充」
いやいや、黙れと言われましても。
お前しか頼る人間が居ないから聞いている訳ですし。
もう一度、「デートってどうするの?」と送ろうとして、ふと、僕は思い出した。
彼は、そういえば、デートで手痛い失敗をしてフられたんだった。
そっとしておいてやろう。
なにより、そんな奴にデートの助言を求めてみたところで、ろくなことにならないのは、火を見るよりも明らかという奴であった。
◇ ◇ ◇ ◇
高校生のデートはどういうものなのか。
そんな疑問に対して満足のいく答えが得られないまま、ついに僕はデート当日――五月四日の八時を迎えた。
阪急四条大宮駅。
地下階段を登り、待ち合わせの嵐山電鉄の駅前にやって来る。
すると、そこにはいつもの制服姿ではなく、私服姿の前田が居た。
ピンク色をしたワンピースに、まだ寒いのか紅色のカーディガンを羽織っている。
頭には、キルト地の帽子。
ジャイ子が被ってそうな奴だ。
靴は黒色のブーツ。
そして学校の時とは違う、白色をしたストッキングを履いていた。
全体的に色素が薄い感じのファッションだ。
儚げで、ちんまい前田には、なんだかよく似合っている。
少し犯罪臭がする気もしないでもないけれど。
と、そんな前田が、僕を見つけて開口一番。
「遅い!!」
いきなり僕は怒鳴られてしまった。
なぜだ理不尽。
けれど、前田をこれ以上怒らせてもしかたない。
可及的速やかに、僕は彼女の感情の消火活動にあたることにした。
いや、単にへたれとか、そういうことじゃないよ。
あくまで、状況を考えてのことだからね。
ほら、みっともないじゃない、こんな人通りの多いところで痴話喧嘩とかさ。
「ごめんごめん。一本、乗り遅れちゃってさ」
「待ち合わせは八時ジャストって言ったよね!!」
「言われましたね」
「だったらなんで八時より前に待ってないのよ!!」
「……え?」
「デートなんだから、待たせないように、八時前に集合しておくべきでしょ?」
そういうものなの?
ごめん、デート初心者だから、そういうのよく分からないんだ。
前田が怒っている理由が、あまりにも突拍子がない。
そう思えて仕方なかった。
というか、まだ、朝の八時だよ。
学校の始業時間よりも早く集合しているのに、ちょっと酷くないかい。
けどまぁ、前田が怒るんだから、きっと僕が悪いんだろうな。
あきらめて、僕は彼女に頭を下げることにした。
「遅れて、申し訳ございませんでした」
「……まぁ、鈴木くんらしいっていえばらしいから、いいけどさ」
「え? なに? どういうこと? 僕って君にとってどういうキャラ扱いなの?」
「……それより、早く行こう。今日は十二時間、みっちり楽しむんだから」
え、なにそれ。
十二時間楽しむって、どういうこと。
ちょっと聞いてないんですけど。
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