第5話 季節の終わり
「いやー、歌った歌った」
「もう、これ、ちょっと暫く声が出ないんじゃないかな」
「前田。お前今、ジャイ子みたいな声になってるぞ?」
「そういう鈴木くんだって、ジャイアンみたいだよ?」
「え、マジで? 木村昴的な、イケボになってる?」
「……ごめん、たてかべさんの方」
「なんで知ってるオリジナルドラえもん!! 僕もだけど!!」
「そりゃ知ってるでしょ!! 古い映画版とかも見るし!!」
あははと、コアなオタトークに花を咲かせているが、そろそろいい時間である。
時刻は既に五時を回っていた。
いや、まぁ、八時くらいまでは最悪大丈夫だけど。
なにせ一年で一番騒がしいんじゃないかという夜である。
暗くなれば、ここ新京極と河原町は繁華街だ、何が起こるか分からない。
できれば、前田の奴をしっかりと、彼女の家まで送ってもやりたかった。
そろそろ切り上げようぜ、と、僕の方からカラオケ終了の話は持ち出した。
前田の方も疲れていたのか、そうだね、と、それに追従する。
デンモクを元あった場所に戻し、ある程度ブースを綺麗にすると、僕達は個室から出た。それから、受付でチェックアウトして料金を支払った。
クリスマス料金。
流石に、これからが本番のようだが、やはり割高なのが財布に痛い。
けれども、まぁ、前田と熱唱対決できたので、そこは割り切ろう。
「あとは、バーガーキングだけだな」
「そだねぇ。あぁあぁ、遊び納めに、食べ納めかぁ」
「……え? 冬休み、どっか遊びに行かないの?」
意外だ。
なんといっても前田のことである。
初詣、一緒に行こうぜ、なんて、言い出すかとてっきり僕は思っていた。
もちろん、まだ考えていなかったという線もある。
どうなんだろうなという期待も込めて視線を送ってみる。
すると、うん、と、なんだかとても申し訳なさそうな表情が、彼女の顔から飛び出してきた。
「ごめん、ちょっと、冬休みは忙しくってさ」
「まじか」
「遊べるようになるのは――新学期になってからかな?」
新学期、と、彼女が明確にそれを告げるまで、妙な間があった。
それが少しだけ気になったけれど、僕は、あえて聞かなかったことにした。
まぁ、そうだわな。
前田の家、金持ちみたいだから、色々と年末は忙しいのだろう。
家族でハワイに行ったりとかするのかもしれない。
それとか、親戚の集まりで、どうしても遠い地元に帰らなくちゃいけないとか。
そこで、彼氏と遊ぶから、京都に残る――とは、流石に言えないわな。
女の子が一人で生活するっていう時点で、そもそもどうかと思うし。
大学生とかならともかく。
「まっ、それならそれで、新学期に顔を会わすの楽しみにしてるよ」
「……うん。楽しみにしてるね」
確実に、昼間より増してきている人通りの中。
僕は前田の手を握りしめて、ずいずいと、その中を隙間を縫うように歩いて行く。
再び、かに道楽があった通り――寺町通りの突き当り。三条通の手前に出る。
そこで横断歩道を渡って、来来亭、びっくりドンキーと、木屋町通に向かって歩いて行くと、すぐに、ゴリラの看板が見えて来た。
おぉ、これが、バーガーキング。
別にちょっと小洒落た感じのファーストフード店という感じだ。
「……クリスマスにファストフードか」
「別に焼き肉屋でもいのよ。そこの弘とか」
「ハンバーガーって最高だよね!!」
サムズアップにキメ顔で俺は前田に言った。
弘本店はちょっと。
牛角あるいは情熱ホルモンあたりで勘弁してください。
まぁ、そんな彼女をどうぞどうぞと中へと押し込む。
別段、普通のハンバーガー屋と変わりはない。
入ってすぐの一階は注文カウンターと、通りから丸見えの二人掛けのテーブル席が幾つか置かれている。入口すぐ左手には二階へと続く階段があり、ちょうど入れ替わりという感じにカップルが下りてきた。
さっそく、カウンターでメニューを選ぶ。
うむ、アメリカンサイズの名に違わぬ見事な品揃えだ。
カウンターに置かれたメニューの写真――そのハンバーガーのキングの名に恥じない具合に、思わずドン引きしてしまった。
「鈴木くん!! KINGBOXKでしょ!! ここは男らしくKINGBOX一択でしょ!!」
「……いや、ナゲットにパイって、こんなに食べられないって。お腹いっぱいで移動できなくなるっての」
「……すみません、ダブルワッパーチーズのKINGBOXで!!」
「のわーっ!? ちょっと、前田さん!?」
メニューを選んでいる最中に、勝手に前田が勝手に注文をしてきた。
この店のバーガーの中で、最もボリューミィな奴だ。
ちょいちょいと、後ろから覗き込んでいるなとは思っていた――。
だが、まさか本当に仕掛けてくるとは。
「男らしくないぞ!! 男だったら、王に挑戦するもんでしょ!!」
「王に挑戦してどうするんだよ。魔王だろ、そこは。って、どうすんだよ、これ」
「頼んじゃったものは仕方ない――気合で食べよう!!」
気軽に言ってくれるなぁ。
まぁ、実際、頼んでしまったのだから、もう仕方ない。
しぶしぶと、僕は前田が頼んだ注文をそれでと受け入れることにした。
前田はといえば、普通にジュニアワッパーなんぞ頼んでいた。
卑怯だよな、それ、とは、あえて言うまい。
報復に、僕まで不意打ちで僕までワッパーを頼んだ日には――。
目も当てられないことになることは必定。
お店に迷惑をかけるだけだ。
とほほ、仕方ない、と、僕はあきらめ運命を受け入れた。
まぁ、前田のすることだし。
気にしたら負けだ。
こんな色気のない場所を、聖なる夜のディナーに使おうという奴は――多少は居るみたいだ。
二階に上がると、そこには数名ほどのカップル、あるいは、僕たちと同じような年代の学生たちがたむろしていた。みんな、真面目なのか色気がないのか。
ただまぁ、クリスマスにしてもこの客の入りは、という少なさではあった。
どうなんだろうか。
ちょっとだけこの店のことが心配になる。
「一応、メジャーなお店なんだよね」
「関東圏では、次郎並みに有名――のハズ」
「関東圏では、ですか……」
まぁ、言うてもバーガー屋である。
どんなにひどく作っても、そう食えないようなことにはなるまいよ。
軽い気持ちで、僕と前田は、隣り合って開いている四人掛けの席に座った。
先にドリンクだけを渡されて、バーガーとポテトは後でお持ちしますと札を持たされて二階へと上げられた。
僕はジンジャーエール、前田はレモンティーだ。
一つのトレーに載せられたそれから、各々のモノを取る。一応、色味を確認して、
いや、別に気を付けなくてもいいのだけれど。
恋人同士だし。
しかし、まぁ。
さっきまで、カラオケ屋のドリンクバーでジュースを飲んでいたからだろう。
手に取ったまではよかったが、そこから口へとそれが運ばれることはなかった。
ちょっと、気まずい沈黙が、二人の間に訪れる。
気まずいことなんて、何もないはずなのに。
耐えられず、あ、あぁ、と、僕が先に声を出した。
「今日はさ、なんか――すごい楽しかったよ。ありがとな、前田」
「……なに? なんか全部、私の功績みたいになっちゃってるけど?」
「いやまぁ、その」
「その、なに?」
「この感謝の気持ちを、どう伝えたらいいか、分からなくて……」
すると。いつものように、口元に手を当てて、くすくすと前田が笑った。
彼女のこの上品な笑い方にも、かれこれ半年で随分と見慣れた気がする。
たまには、大声で、堪えきれないというくらいに、大笑いさせてやりたい――という気持ちもないではないけれど。
いや、割と、笑ってるか。
笑われてる、の、間違いかもしれないけれど。
ひとしき笑い終えると、彼女は僕を真剣な顔で真っすぐと見る。
今日もまた、彼女のパッツン姫カットは、綺麗に整えられている。
そして、その――円なのに意思の強さを感じさせる瞳は、天井から降る蛍光灯の光を吸い込んで、白く煌いていた。
なんだろうか。
どうしてここで、そんな、真剣な表情をするんだろう。
前田。
なんか、ちょっと、今日、おかしくないか。
遅れて来たのもそうだ。
しかし、言動もちょいちょい変だ。
「私こそ、ありがとうだよ、鈴木くん」
「おっと、お礼返しが。これが日本の古き良き、お互いさま」
「って奴だね」
勘違いだろうか。ふふっ、と、彼女がまたいつもの微笑みを浮かべる。
けれど――。
儚げに、それが突然に崩れた。
くしゃり、と、彼女は顔をゆがめると、突然、堪えられないという感じに、その二つの瞳から――大粒の涙をこぼし始めたのだった。
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