第3話 彼女について僕が知らないこと

 テスト勉強はやっぱり一時間と持たなかった。


 こういう時には心機一転・気分の転換が大切だ。

 僕達は場所を変え、今度は三階のフードコートでそれを続けることにした。


 トレーをカウンター横の返却口に返す。

 そのまま大垣書店の本棚を突っ切るとブースを後にした。


 桂川イオンの中央広場。

 そのエスカレーターを登り、三階へと上がる。


「ここ、微妙に三階まで素直に行けないから不便よね」


「それだよなぁ」


「普通のエスカレーターって、上がってすぐに折り返してるものよね」


「それがなくって、いちいち回り込まなくちゃいけないの、地味に不便」


 設計をミスったのだろうか。

 それとも、これがおしゃれとか思ってるのだろうか。


 桂川イオンができた時から抱いている疑問だ。


 やっぱりみんなそう思っているのだ。

 そう実感すると、なんだか少しだけ救われたような気分になった。


 いや、もしかするとそう思っているのは僕と前田だけ。

 他のみんなはこの構造をリスペクトしているかもしれない。


 けど、たとえマジョリティだとしても。

 前田――彼女と同じ意見だというのが、ちょっぴりうれしかった。


 うん。

 自分でこんなことを言い出すあたり、僕はすっかりと前田にデレデレなようだ。


 付き合い始めて三カ月。

 こんなになるほど、彼女に惚れこむなんて。


 やっぱり僕は惚れ症なんだろうなぁ。


 ふと、僕は前田がエスカレーター横の、垂れ幕を見ていることに気がついた。


 それは桂川イオンに併設しているシネマで、近々公開予定の映画の垂れ幕。

 ぶっちゃけると、先ほど前田と話していた銀魂の実写版についてのものだった。


 あんまりにもそれをじっと見ているものだから、つい。


「見たいの?」


 僕はそれを彼女に尋ねてしまった。


 そんなの、別に聞かなくったって分かる話だ。

 なのにわざわざと尋ねるなんて、僕も結構サディスティックな彼氏なのかも。


 ばれたか、という感じに、前田が笑う。


「気になっちゃうよね」


「実写映画って、だいたい駄作が多いけど――」


「そうなのよね。見る前から、駄作決定っていうか」


「それでもやっぱりねぇ」


「怖いモノ見たさっていうのかな。原作への愛を試されてる感じはあるよね」


「それですわ」


 見ないという選択はそれはそれで背徳的。

 真に原作のファンなら、出版社の都合も呑み込んで、ちゃんと見るべきだ――。


 そう言われているような気がしないでもない。

 ちなみに、僕はそれでテラフォーマーズを見た口です。


「最近多いよね」


「多い」


「今度ハガレンもやるんでしょ。あと、ジョジョ」


「仗助とか昭和の髪型してるけど、大丈夫なのかしらね」


「まぁ、企画が立ち上がるくらいだから、大丈夫なんじゃない」


 それよりもだ。

 なんというか僕だけがご褒美をもらうっていうのも不公平だ。

 何か、彼氏彼女の関係として、それはフェアじゃない気がする。


 いや、そもそも恋愛関係に、フェアとかどうとかあるのか分からないけど。


「……前田」


「なに?」


「もし僕が、今度のテストで赤点なかったらさ」


「うん」


「なんか映画を見に行こうぜ」


「……本当?」


「ここで嘘ついてどうするんだよ」


 言葉と共に前田が僕の方を振り返った。


 黒髪姫カットが揺れる。


 その凛とした瞳が輝いていた。

 エスカレーター上でなかったら、きっと彼女は、僕に飛びついて来ただろう。


 実際、三階に上がるやすぐに、前田は僕に飛びついて来た。


 同級生もいるかもしれないというのに――大胆な彼女である。


 まぁ、あれだ。

 おおっぴらに告白かましておいて、学校でいちゃついておいて、今さらか。


「いいねそれ。私にもご褒美だ」


「だから、僕、頑張るわ。頑張っていい点数取るわ」


「今度は上から数えた方が早いくらいにしたいね」


「……おう」


 そうなりたいものだ。

 そして補習とか、塾とか、そういうのに思い煩わず、高校一年の夏を満喫したい。


 せっかく彼女ができたのだ。

 そして、その彼女が水着デートしてくれるかもしれないのだ。


 しかもスク水で。


 ロリ気味の彼女が、スク水でプールデートしてくれるかもしれないのだ。

 ロリ気味で。


 何か協調するところが間違った気もするが。

 とりあえず、テストを頑張ろう。


 エスカレーターを上がる。

 僕達は吹き抜けになった通路。進行方向に向かって右側を使って僕らは移動した。

 しばらく歩くと、すぐに、広大なフードコートが見えてくる。


 マクドナルドやケンタッキーなどは出店していない。

 それらは駅側に近い、また別のエリアにまとまって出店していた。こちらは、ファストフードよりも、ちょっと重めの料理屋がメインになっている。


 府内でも有数の巨大なショッピングモールだ。

 その席数もそこそこ多い。


 ちゃんとしたカフェである大垣書店とはまた違う。

 注文しなくとも、しれっと紛れ込んで座っていてもバレない気軽さ。


 そんな感じがあってだろうか。

 僕達と同じように、期末考査の勉強をする学生でそこはごった返していた。


 桂高校はもちろんのこと、ちょっと見ない、他の高校――中学生の姿も見える。


「混んでるね」


 素直な感想を僕は述べた。

 前田も同じことを思ったらしく、こくりと頷いて、その黒髪を揺らす。


「まぁ、想定の範囲内よね」


「空いてる席はあるけれど、比較的静かな所がいいよな。勉強に集中できる――」


 と、言いながら僕はいい席がないか辺りを見渡す。


 すると、真面目な感じの女子たちが、集まっているスペースの横。

 ちょうど二人掛けの席が空いているのに気がついた。


 ふぅむ、あそこなら集中して勉強することができるかもしれない。


「あそこにしようか。どうだろう、前田?」


 その空いている席を指さして、僕は前田の方を振り返る。

 いいね、なんて返事が、すぐに彼女から戻って来るだろう。


 そんな風に考えていた。


 けれど――。


「……ナンデ?」


 前田はなぜか顔面蒼白で、その、女子たちが居る席を見つめていた。

 まるで、見てはいけないものを見てしまった――そんな感じの顔をして。


 そして、今にもこの世界から、消え去ってしまいたい。

 そんな表情をして。


 何が彼女にそんな顔をさせるのだろうか。

 どうしてそんな顔をしているのだろうか。

 僕も、すっかりと、彼女のその表情に心を乱されてしまった。


 だから。


「――あれ? 恵理?」


 大切な彼女――前田の隣に近づくその影に、気づいてあげられなかった。


「恵理だよね? やだ、奇遇。どうしたの、こんな所で」


 フードコートで、

 そんな


 僕と同じくらいの背丈をした女の子だった。

 そして、明らかに彼女は、僕の彼女――前田に向かって話しかけていた。

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