第4話 響かないユーフォニアム

「嘘!? 恵理、彼氏ができたの!?」


「意外!!」


「絶対に恵理には負けないと思ってたのに、先こされちゃったかぁ……」


「けど元気そうでよかったよ」


「心配したんだよ。突然、違う高校に進学しちゃったから」


 矢継ぎ早に質問を前田に浴びせかける女子高生たち。


 さきほどまでの静寂はどこへやら。

 前田の登場により、静かに勉強していた、おしとやかそうな女子学生グループは、一気に、かしましい女子学生グループへと変貌を遂げた。


 まぁ、そうだよね。

 女の子って、これくらい喧しいのが普通みたいなところがあるよね。


 そんな感想は別として。

 彼女たちはどうやらもなにも、前田の友達らしかった。


 恵理、と、彼氏の僕を差し置いて、下の名前で前田を呼ぶあたりから、彼女たちの親密さにを察して欲しい。


 そしてそんな親し気な様子と会話について総合して考えると。

 彼女たちはどうやら、立命館高校の生徒であるらしかった。


 立命館高校。


 ここ――桂川イオンモールに隣接しているJR桂川駅。

 そこから大阪側に向かって二駅先。

 JR長岡京駅の近くにある私立高校だ。


 そして、本来であれば、、高校でもあった。


 前にも言ったように、立命館は小中高と一貫したエスカレーター式の学校だ。

 彼女――前田のように、途中で他の学校に進学するなど、珍しいと聞く。


 実際それはその通りなのだろう。

 彼女が桂高校に進学したことは、入学当初、クラスメイトの間で話題になった。


 また、その理由を下世話にも聞きに来る者も多かったように思う。

 そんな彼らに対して、彼女は――家庭の事情、と毎度言葉を濁した。


 けれども僕は知っている。


 彼女が綾辻行人に憧れて桂高校にやって来た、ということを。


 だが――。

 本当にそうなのだろうか、と、僕は彼女たちと出会って、初めて疑念を抱いた。


「長岡京の辺りってさ、勉強できる場所ってあんまりないんだよね」


「その点、ここは通り道じゃない。皆で降りてさ、テスト勉強してたの」


「恵理もテスト勉強? 彼氏と一緒とか妬けるね」


「ひゅーひゅー!!」


「ははっ、ははは、そっかなぁ。そうかなぁ」


 なんだか少し投げえやりな前田の笑い。


 いつだって、僕と話す時は、そんなことしないのに。

 どうして彼女のそれがぎこちない。


 かと言って、わけでもない。


 どういえばいいのだろう。


 前田は目の前に居る彼女たちを、大切には思っているらしい。

 それが彼女たちとの言葉のやり取りから、確かに伝わってきていた。


 嫌いな相手に対する対応ではない。


 さんざ、小中学と、女子にいじめられてきた僕にはわかる。

 卑しさや妬みたいなものを心に抱いていれば、それは自然と口調に出るものだ。


 どんなに取り繕ってみても、どこかで出てしまうものだ。


 だが、彼女たちのやり取りにはそれが感じられない。


 本当の本当に仲良しグループ。


 いや、もっともっと強い絆で結ばれている。

 そんな気がした。


 前田も、最初こそ顔色を青くしていたが、今は普通に振舞っている。

 まぁ、僕とやり取りしている時とは、ちょっと違うが。

 

 彼女たちに合わせて、少し――いやだいぶとおしとやかな感じだ。

 やっぱり私立学校の女子生徒ともなると、違うって話だね。


「そういえばさ、恵理は桂高校でも続けてるの?」


「え?」


「またまた、とぼけちゃって」


 前田の友達がそっと手を持ち上げる。


 彼女が見せたのはそう――笛を吹く仕草だ。


 ぴょろぴょろと、指先を細かに動かす。

 名も知らぬ彼女は目を瞑りながらそんな道化じみた動きをしてみせた。


 それから目を開いて、再び前田に向かう。


「フルート。吹奏楽部のエースのくせに」


「……あ、あぁ、それね」


 フルート。

 吹奏楽部のエース。


 そんな言葉を聞くのは僕は初めてだった。

 相変わらず、前田は彼氏である僕に対して、徹底した秘密主義者だった。

 彼女は自分の過去のことについて、多くを僕に語ってくれない。


 そしてそう、未だにについても、同じだ。


 彼女が教えてくれたこと。


 それは、綾辻行人が好きだということ。


 Anotherが好きだということ。


 それがきっかけで、桂高校に進学したこと。


 それだけである。


「もしかして、辞めちゃったの?」


 前田の友達は、ずけずけとそんなことを聞いた。

 それに対して前田は、あはは、と、また少し控えめに笑って答える。


「ちょっとね、勉強が忙しくってさ。高校で続けるのは無理かな、って」


「嘘ぉ!?」


「勿体ないよ!!」


「あんなに頑張ってたのに!!」


「恵理のおかげで、私たちコンクールで金賞獲れたのに!!」


「その才能をみすみす埋もれさせるなんて罪だよ、罪!!」


 口々に、前田を非難する彼女たち。


 その発言で、彼女たちがどういうグループなのか。

 前田とどういう関係なのか。

 僕にはようやく見えてきた。


 彼女たちはおそらく、前田の中学時代の部活仲間だ。


 吹奏楽部。

 三年間苦楽を共にした仲間だったのだろう。


 だから、前田は、彼女たちを大切に思っている。

 青い顔を見せたけれども、それでもこうして笑って付き合っている。


 壊したくない、大切な大切な友達。

 そして、青春の思い出の1ページなのだ。


 けれども青い顔を見せたのも事実である。

 きっと、前田は、彼女たちに会いたくなかったに違いない。


 大切に思っているのに会いたくない。


 


「やめなよ皆」


 リーダー格。

 そして、前田と一番仲が良さそうな――彼女を見つけた少女が立ち上がって言う。


 ショートヘアーがよく似合う、泣き黒子を左目につけた彼女。

 彼女は、騒ぐ仲間たちを鎮めると――どうして僕を見て言った。


「今、恵理は彼氏と一緒に青春するのに忙しいの。


 おぉ、と、女子生徒たちが黄色い声をあげる。

 そうか、そうだよね、と、どうやらそれで、彼女たちは納得したみたいだった。


 僕も納得――。


「できないかなぁ」


 ふつふつと、僕の中に湧きおこって来た、前田への疑念。


 彼女はやっぱり、何かを隠している。


 それがなんだかもどかしくって、つい、僕は皆の笑いにつられ損ねた。


 いけない、と、一呼吸遅れてそれに混じる。

 けれども前田は、そんな僕の様子に、なんだか気がついているみたいだった。

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