第4話 ハチオージの暮らし

「......ん?」


 開け放した窓から、爽やかな風が吹き込む。揺れるカーテンの隙間からは、眩しく朝日が差し込む。僕はその眩しい光に目を覚ました。


「もう朝か」


 何だか、酷く懐かしい夢を見た気がする。

 そう、あれは僕たちが出会ったばかりのころの――


 眠い目を擦りながらカーテンを開ける。眩しい朝日と共に、窓一面に広がる青い海が目に飛び込んできた。


 手前は朝日を受けて透明に輝くエメラルドグリーン。奥のほうは濃い瑠璃色で、雲ひとつない空と溶け合っている。


「んー、いい天気だ」


 まるで世界中に散らばる青を一箇所に集めて煮出したみたいなその青に、思わず目を細める。


 ドンドンドンドンドン!


「ジュンくん、ジュンくんおはようございます!」


 僕が窓の外の光景に見とれていると、ドアをぶち破らんばかりのノックの音が鳴り響く。


「ジュンくーん、朝ですよ。遅刻しますよー!」


 少女の声が告げる。


「ごめん、今行く!」


 そうだった。のんびりしている場合じゃない。急いで仕事に行かないと。


 急いでシャツに着替える。真新しい生地が腕に擦れる感触。

 身だしなみを整え、机の上の真新しい鞄を引っ掴む。


「遅くなってごめん」


 慌ててドアを開けると、金髪に碧眼の美少女がニコリと笑った。


「おはようございます、ジュンくん。さ、行きましょう!」


 夏の日差しのように眩しい女の子、ピペ。

 彼女は僕の命の恩人で、隣人。そして、仕事の同僚でもある。


「ちこく、ちこくー」


 揺れる金髪を追いかけて階段を降りると、古びた木製の階段がギシギシと音を立てた。


 僕たちの職場は、寝泊まりしているゲストハウスのすぐ横にある。


 ピペが勢い良く『ハチオージ研究所・遺物管理センター』と書かれたドアを開ける。


「おはようございまーす!!」


「あらおはよう、ジュンくん、ピペちゃん」

「今日も仲良しねぇ」


 おばちゃんたちがからかう。


「私はジュンくんの先輩なんですから、面倒を見るのは当たり前なんですっ」


 赤くなるピペ。


「ハイハイ、そういうことにしておくわね」

「いいわねー、若いって」


「もー」


 どうやら職場のおばちゃんたちには僕たちの仲を誤解されているらしい。


 研究所の人はみんな黒か茶色の髪で、ピペの他に金髪はいないから凄く目立ってる。


 そんなピペと一緒にいる僕も自然と目立ってしまい、ここに来てまだ三週間なのに、既にみんなに名前を覚えられてしまった。


 そして何故か、研究員さんやパートのおばちゃんたちの間では、僕たちが付き合っているともっぱらの噂らしい。


 僕とピペはそんな仲じゃないんだけどな。


 僕はただ、拾われただけなのだ。

 研究所の目の前にある浜辺で、記憶を失い倒れていた僕を、まるで捨て猫か何かみたいにピペが拾ったというだけなのだ。


 僕は、あの砂浜での出会いを思い出す。

 あれは三週間ほど前の、あの朝を。


 青い海、白い砂浜。

 夏の天使みたいな金髪の女の子が、いきなり僕にこう言ったんだ。



 ――あなたもしかして、宇宙人に攫われたのでは!?



 うん、今思い出してもおかしな出会いだ。



「ほら、どいたどいた!」


 そんなことを思い出していると、後ろから男たちがが大きなカゴを手に入ってくる。


「遺物、ここに置いておきますね」


「ありがとう」


 奥から眼鏡をかけた長い髪の女性が出てきて返事をする。オム先生だ。


 オム先生というのは考古学の先生で、僕たちの上司。


 僕とピペは彼女の元で遺跡調査の手伝いをしている、言わば下っ端アルバイトなのだ。


 聞けばピペは、外国からやってきて、わざわざオム先生の所へ弟子入りしたって話だ。


「おはようございます、オム先生」


「おはようピぺ、ジュン。今日はこの遺物を綺麗にして」


「はい」 


「今日は沢山遺物がありますね」


 嬉しそうにピペが体を揺らす。


「この間崖崩れがあって古い地層が出てきたの。これはそこから見つかったものよ」


 オム先生が教えてくれる。


「古い地層......超古代文明ですかね!?」


 ピペが身を乗り出す。


「ただの石器時代よ。高度な文明なんてありはしないわ」


 オム先生は顔も上げずに書類を纏める。


「じゃあ、頼んだわよ」


「はい」


 僕たちは言われた通り持ち場に着くと、軍手やブラシなどの器具を棚から取り出した。


「じゃあ、始めるか」


「ですね」


 カゴから慎重に取り出したのは、近くの遺跡から発掘された土器や漆器の破片だ。


「面白い遺物、出てくるでしょうか?」


 跳ねるように椅子に腰掛けるピペ。


 出土した土器の破片を手に取る。細かい汚れをブラシで払いながら水で洗い流していく。


「この汚れ、なかなか取れないな」


 こびりついた汚れはヘラでこそげ落とす。地中から見つかった土器はもろい。ちょっとした振動で割れることもある。慎重に手を動かす。


「……いけるか?」


 無事に土器を損壊することなく汚れを落とした僕は、ほっとため息をつく。隣でピぺが親指を上げた。


 綺麗に洗った出土品には、遺跡の名称、出土地点、出土年月日などを細筆を使って小さな字で書き込んでいき、整理して保管していく。


 遺跡の発掘と言うと、ロマンがあって華々しいイメージかもしれないけど、僕たちの作業の大半はこうした地味な作業だ。


 あの浜辺で、記憶を失った僕がピペに拾われて三週間。


 僕は今、ここハチオージで、遺跡調査の仕事をしている。


 初めは慣れなかったが、今では仕事のことも、ここハチオージのことも段々と分かってきた。


 ここハチオージは眼前に青い海が広がる亜熱帯の風光明媚な田舎町だってこと。


 名物はマンゴーとバナナ、新鮮な魚介類、それに遺跡だってこと。


 それから「古代トウキョウ遺跡」と呼ばれるこの遺跡群は、僕たちが生まれるよりずっと昔、この地にあったという「古代トウキョウ文明」という文明のものだってこと。


 ピペが言うには、この文明は高度な技術を持ち、それはそれは栄えていたそうなのだが......


 僕は外の景色をチラリと見た。

 窓の外には見渡す限りの海。青が似合う、のどかな常夏の村。


 今ではそんな大きな街があった面影は、どこにもない。



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