第20話 激突!飛翔船レース

 沸き立つ水しぶき。


 快晴の下、五色の飛翔船が虹のように飛んでいく光景に、歓声が上がる。


「二人とも......大丈夫かな」


 僕とオム先生は、双眼鏡を手に飛翔船レースを観戦していた。


 オム先生はそんなに速くないって言ってたけど、僕の目から見るにかなり早いスピードで飛んでいるように見える。


 僕がその外見から思い描いていた、ぷかぷかと呑気に空を漂うイメージとはだいぶ違う。


 飛翔船はまたたく間に風船が目印となっている十キロ地点に到達し、Uターンする。


 そこまではピぺとヤスナの機体は二位と三位で競っていたのだが、そこでピぺの機体の軌道が大きく膨らむ。Uターン地点に入る際にスピードを上げすぎたからだ。


 逆にヤスナの機体はスピードを抑えてコーナーに入りコンパクトに曲がった後、直線に入るや否や加速して一気に一位に躍り出た。


「ヤスナが一位になったわ!」


「ああ。でもピぺも負けてない」


 一時は四位にまで順位を落としていたピぺだったが、最後の直線で二機を抜き去り、ヤスナにどんどん迫ってくる。


「ヤスナの機体は新しいから操作性が良いけど、ピぺのは古い時代、もともと戦争中に使われてた機体だから馬力があるんだわ」


「これは分かりませんね......」


「あとは二人の腕次第ね」


 ゴクリと唾を飲み込む。


 ピペの機体、古いからかガタガタ言ってるけど大丈夫だろうか?


 あと少しでゴール。するとピペの機体が大きくグラリと揺らいだ。


 ピペ!?


 僕は思わず叫んだ。


「頑張れ......頑張れピペーー!!!!」



 その声が聞こえたかどうかは知らないが、一瞬機体が大きく揺らいだ後、ピペの機体は大きな音を立て急加速した。


「二人の機体が並んだわ!」


 オム先生が身を乗り出す。


 赤と水色の機体がほぼ同時にゴールテープに迫る。


 ――が、最後の最後で、ピぺの青い機体の鼻先が前に出た、ように見えた。


「どっちが勝った!?」

「私の目には同時に見えたけど......」


 オム先生と僕は顔を見合わせた。


 すると、勝者が発表された。青の旗が上がっている。やっぱり、ピぺが勝ったんだ!


「優勝はピペさんです」


 歓声が浜辺にこだまする。


 こうして、激闘の飛翔船レースは幕を下ろした。





 「とりあえずピぺ達のところに行ってみましょう」


 ゴールテープを切った飛翔船は海をぐるりと一周し、速度を落としながら海に着地していく。


 僕たちが着陸場所に着くと、砂浜で速度と高度を落としたピぺの機体を係員の人たちが捕まえて停止させていくるところだった。


 続いて、ヤスナの機体が砂浜に着陸する。ヤスナの機体には小さい車輪がついており、係員の手を借りずに着陸する。


 他の飛翔船にはついていなかった装備。とすれば、最新式の装置なのだろう。もしかして、あの車輪のせいで空気抵抗があり、最後あまりスピードが出なかったのだろうか。


 飛翔船を止めたヤスナが、帽子を脱ぎ出てきた。


「二人とも、お疲れ様!」

 

 二人は、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


 よく見ると、ヤスナの目にはじわりと涙が浮かんでいる。


「……悔しい!」


「ヤスナ」


 ぎょっとした様子のピペ。


「悔しい、悔しい、悔しい!」


 泣きじゃくるヤスナ。ピぺが戸惑ったようにヤスナにハンカチを渡す。


「ヤスナ……あなた本気で」


「あたりまえよ!」


 ハンカチで涙をぬぐうヤスナ。


「私はいつだって本気だわ。出会ったばかりだとか、そんなのは関係ない」


「ヤスナ......」


「私は本気で戦ったわ。だからこそ、悔しいのよ!」


 ピペはヤスナが泣きじゃくる様子をしばらく見つめた。


 そして、しばらく立ち尽くした後、意を決したように口を真一文字に引き締める。


「ヤスナさん、勝った方が何でも言う事を聞くって言いましたよね?」


 ピペの言葉にヤスナはビクリと肩を震わせる。


「ええ、女に二言は無いわ」


 かすれ声で言うヤスナ。ピペは表情を緩め、ヤスナの手を取った。


「じゃあ......ジュンくんだけじゃなく、私とも友達になって下さい」


「えっ......?」


 ヤスナは、訳が分からないという顔でピペを見た。


「私は、今まで同年代の女の子であんなに上手く飛翔船に乗る子を見たことがありません。遺跡にあんなに興味を持ってくれる子も。私たち、きっといい友達になれると思うんです」


 ピペは笑顔でヤスナに手を伸ばした。


 ヤスナはしばらくグスグス泣いていたが、やがて観念したようにピペの手を握った。


「ま......まあ、それがあんたの願いだって言うんなら仕方ないですわね。私は負けたんだし」


 ピペの笑顔が花開く。


「よしっ、今日から私たちは友達ですねー!」


 ガバリとヤスナに抱きつくピペ。


「うぎゃっ、やめなさい、デカい胸を押し付けるのは! おっぱいで窒息するでしょうが!」


「逃がしませんよ~!」


 青空の下、響き渡るアナウンスがレースの結果を告げる。


「先程のレースの表彰は、三十分後に行います。一位から三位までの選手は運営会場まで……」


 オム先生が駆け寄ってきてピぺとヤスナの肩を叩く。


「......お疲れ様!! さあ、表彰式へ行くわよ」


 ヤスナはこくり、と頷く。


「次は負けないわよ!」


 こうして、飛翔船レースは終わりを告げたのだった。





「それでは、移籍博覧会の無事終了と、ピペの飛翔船レース優勝を祝して......カンパイ!」


「カンパーイ!!」


 所長の合図で、食堂に集まった皆でグラスをぶつけ合う。

 

「みんなー、お肉買ってきたぜ!」


 タグチが買い物袋から大量の肉を取り出す。


「よっしゃあ!」

「焼肉だ!」


 こうして即席の焼肉パーティーが始まった。食堂の中に、肉の焼ける匂いと煙が広がる。


「ピペおめでとう」


 グラスを持ったオム先生がピペの所へやってくる。


「ありがとうございます......ってオム先生、なんかお酒臭いですよ!?」


 確かにオム先生の頬は心なしか赤く染まっている。


「大丈夫よ、これくらい、全然酔ってないわ!」


 そう言いながらもオム先生はヨロヨロと壁に激突した。


「......大丈夫かな」


 僕がオム先生に気を取られていると、いつの間にかヤスナがピペの隣に来て色々と話し込んでる。どうやら飛翔船の話をしているみたいだ。


 あの二人、いつの間にかずいぶん仲良くなったみたいだな。


 やっぱり真剣勝負をした後って心が通じあうのだろうか。


 しかし、オム先生も酔っ払って所長やタグチに絡み出したし、ピペとヤスナが仲良くなってしまったので僕は完全に一人になってしまった。


 ポツンと一人で肉を食べる僕。


 ......えーと、誰を巡って争ってたんだっけ??


 遠くからピペとヤスナの会話が聞こえてくる。


「やだ、ジュンくんたら酷い!」

「本当に、乙女心が分からなくてよ!」


 なんか、僕の話で盛り上がってる!?


 一言言ってやろうかと思ったが、二人が楽しそうに笑っているのでやめにする。


 ......まあ、いいか。仲良くしてくれれば、それで。



 そして飲み会も佳境。皆酒の酔いが回ってきて肉も無くなり出した。


 部屋の隅では疲れたのかヤスナが椅子にもたれてぐっすりと眠っている。

 ピペはそんなヤスナに自分の上着をかけた。


「あ」


 ピペが顔を上げた。窓の外を見る。何かが破裂したような低い音が響いてる。


「花火です」


「本当だ」


 外では花火が上がり始めていた。


「外に行ってみましょう!」


 ゲストハウスの外に出る。ガジュマルの葉が揺れるその隙間、濃紺の空には、空気を震わす大きな音とともに、金色の光が花開いていた。


「きれーい!」


 喜ぶピペの白い横顔。その瞳に、眩しい光が上がっては消える。降り注ぐ星のようなきらめき。僕は頷いた。


「......ああ。綺麗だ」


 二人の間に花火の打ち上がる轟音だけが響く。夏の空が、きゅっと胸に染み渡る。


「ヤスナと、仲良くなったんだね」


「仲良くなったというか」


 ピペは複雑そうな顔をする。


「私たちはきっと......似たもの同士なんです。同じものを欲しがって」


 花火がひゅう、と打ち上がる。


「同じものを目指してる。それは争いの元だけど、喧嘩したって望み通りの結果を得られる訳じゃない」


 夜空に開く花火とともに、ピペは笑う。


「それだったら、仲良くした方がいいじゃないですか。同じ星を目指す同士として。だって同じものを好きなんだから、私たちは仲良くなれるはずなんです。そうでしょう?」


 夏の終わりの生暖かい風が吹く。

 僕は頷いた。


 ピペは強い。そんなピペだからこそ、僕は今まで随分と救われてきたのかもしれない。


 打ち上がる花火。僕はこの夏を、全身全霊で噛み締める。


 こんな日々がずっと続けばいいと、僕は心からそう思った。


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