第19話 負けられない戦い

「こ……婚約者!?」


 僕はびっくりしてヤスナの顔を見た。


「ええ。私は本気ですわよ。初めて会ったときからジュンのことを素敵な殿方だと思っていましたの」


「いや……そんな」


「聞けば、ジュンは希望してここに就職したんじゃなくて、行き場所が無くてここに居るそうじゃない」


 戸惑う僕の手を、ヤスナは握った。


「それなら、うちに来てお婿さんになれば、もっと楽で豪華な暮らしができるし、もし遺跡の研究を続けたいっていうなら、望む施設や設備も用意できるわ」


 ちょっと待て。理解が追いつかない。


「ヤスナ、僕はまだ結婚とかそういうのは考えてないし......」


 僕がやっとのこと言葉を絞り出すと、ヤスナはくい、と眉を上げた。


「もちろん今すぐにとは言いませんわ。ただ、ジュンにも、周りの方たちにも分かって頂きたいの。私はそういうつもりでここに来てるんだって事を」


「で、でも!」


 僕と同じでポカンと口を開けていたピぺが我に返ったかのように反論する。


「それはそれとして、お祭りに行く予定は私の方が先ですから!」


「そ、そうだよ。だから......」


 するとヤスナは少し考え、こんな提案をした。


「それはそうね。じゃあ間をとってお祭りには三人で行きましょう!」


「えっ?」


 僕がヤスナとピぺを交互に見ていると、ヤスナはずい、とピぺの前に立つ。


「ね、あなたもそれでいいわよね?」


「え......はい、私はそれでいいですけど……ジュンくんはどう思います!?」


 チロリと僕の顔を見るピぺ。

 僕は動揺したままこう言った。


「えーっと、ピぺがそれでいいなら」


「じゃあ決まりね!」


 嬉しそうに微笑むヤスナと不機嫌そうなピペ。


 どういう訳か僕たちは三人でお祭りに出かけることとなった。


 ......ど、どうしてこうなった!?






 八月の四、五、六日に行われるハチオージ祭りは、お神輿や伝統の舞などが披露されるにぎやかなお祭りで、歩道にずらりと並んだ夜店が見どころの一つだ。


 その起源はかなり古いとされており、五百年前の書物にもその名前が記されているのだという。


「わー見て、屋台が沢山あります!」


 出店の賑わいと人の熱気にはしゃぐピぺ。


「あれも美味しそう……あっ、これも!」


「食いすぎだぞ、ピぺ」


 その横でヤスナが祭りのパンフレットを広げる。


「これによると、山車を引いたりするのは夜からみたいですね」


「そうなんだ」


「でも、昼は昼で何やら模様し物があるみたいですわよ」


 ヤスナがパンフレットを見せてくれる。そこには可愛らしくデフォルメされた飛翔船の絵が書かれていた。


「これが飛翔船か」


「これによると、明日の昼に飛翔船のレースがあるみたいですわね」


「そう言えば、ピぺも飛翔船に乗るんだよね」


 僕が尋ねると、少し不機嫌な顔のピぺが頷く。


「ええ、そうですけど……」


「まあ、そうでしたの?」


 ヤスナが挑戦的な目でピぺを見やる。


「私も飛翔船の運転をたしなみましてよ」


「へー、そうだったんだ」


 すると、ヤスナの目がきらりと光った。


「そうですわ、こういうのはどう? ピペさんと私が飛翔船でレースで対決する」


「飛翔船レース?」


 怪訝そうな目でピぺはヤスナを見やる。


「そう、勝った方が負けた方の言うことを聞くの。面白そうでしょ?」


「ええっ?」


 何かそれ、嫌な予感しかしないんだけど。

 

「エントリーは今日までですわよ、どうなさいます? 参加しなければ、私の不戦勝ということでよろしいですか?」


「え、ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 僕が戸惑っていると、ピぺは強い口調で言った。


「参加します」


「え……ええっ、ピペまで!」


「決まりですわね」


 口の端を持ち上げ、不敵に笑うヤスナ。


「私が勝ったら、ジュンにはもう近づかないでいただきたいの」


 挑戦的な目でピぺを見やるヤスナ。

 

「ちょっと、何勝手に決めてるんだよ!」


「分かりました」


 しかし、ピぺは即答する。


「ええっ、ピペ、大丈夫?」


「大丈夫です」


 自信満々に笑うピペ。


「私、負けませんから」


 本当に大丈夫かなあ?





 そして翌日。


 ピぺがゴーグルと帽子を身に着け部屋から出てくる。


「大丈夫? ピぺ」


「はい、大丈夫です。少し緊張はしていますが」


「でもどうして急にレースをしようだなんて。ヤスナって負けず嫌いなんだな」


「決まってます。ジュンくんのせいですよ」


「僕?」


「ジュンくんを独り占めしたいんです」


 ピぺに言われるまでもなく分かっている。「許嫁にしたい」っていうのはそういう意味だ。

 

「でもそんな……どうして? 僕にはさっぱり分からないよ。会ってまだ少ししか経ってないし、初めて会ったときからって、僕はそんなヤスナに好かれるようなことをした覚えはないし」


 混乱する僕に、ピぺは苦笑する。


「人を好きになるのに、きっと理由なんていらないんです。側にいて、だんだん好きになることもあれば、一目見た瞬間に、この人しかいないって思うこともある」


「……そういうものかな」


「でも……私も同じですから」


「えっ?」


 僕はピぺの顔をまじまじと見る。


「……負けずぎらいなのは、私も一緒なんです」


 そう言って、ピぺは笑った。





「おー、やってるわね」


 僕が観客席から飛行船レースを見守っていると、オム先生がやって来た。


「大丈夫かなあ」


「ま、大丈夫でしょ」


 ポンポン、と肩をたたいてくれるオム先生。


「先生、飛翔船って、安全なんですか?」


「そうね、そんなに高度もスピードも出ないし、落ちても海だから大したことないんじゃないかしら」


「ならよかった」


 説明によると、コースはハチオージ沖の海上。海岸から出発し十キロ程離れたところでUターンし、こちらへ戻ってくる速さを競うというのものだ。


「でも、Uターンするところで失敗してそのまま先に進んでしまったら危険だわ」


「え?」


「沖に行くほど潮も速くて風の流れも複雑だしそっちに落ちたら大変だわ」


「そうなんだ……」


「ま、ピぺのことだから大丈夫だと思うけど」


 そうこうしているうちにレースは始まった。


 レースに参加する機体は五機。手前の赤い機体がヤスナのもので、奥の水色の機体がピぺのものだ。


「ヤスナの飛翔船、派手だなあ」


 薔薇やハートマークで彩られた女の子らしい機体を見て、僕は目をパチクリさせる。


「そうね、ピぺの機体とは対照的。まあピぺの機体は中古だからね。見て、ピぺのは他の機体より一回り大きいでしょ


「確かに、重そうな機体ですね」


 それでも、飛翔船は僕が想像していたよりもずっと小さく、ひとり乗り込むのがやっとといった感じだ。


 オム先生が言うには、近年飛翔船は小型化や軽量化が進み、より操作性の優れたものも生まれどんどん進化してきているのだとか。


「これからどんどん私たち一般庶民にも飛翔船が普及していくのでしょうね」


 オム先生は言う。想像がつかない。なんだか変な感じだ。


 スタートの鐘が鳴る。


 同時に、五機の飛翔船たちの船首がふわりと持ち上がる。そしてプロペラが回り前進を始めた。


 いよいよ、レースのスタートだ。

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