第31話 目的の街


 目の前に現れたのは、巨大な石壁の群れだった。


 深い青の中、突如として立ち塞がる石壁。


 こんなのが自然に出来るわけない。明らかに人工物――だが、こんな巨大なものをどうやって?


 ズキリと頭が痛む。

 まずい、そろそろ地上に上がらなくては。

 僕は水を蹴った。揺れる青い海面。


 僕たちは地上に戻ると、ほっと息を吐いた。新鮮な空気が美味しい。


 「ここが......新宿なんだろうか」


「きっとそうですよ。大きな建物がそびえ立っていたって、タカオサンの壁画にも書いてましたし」


 興奮気味のピペ。だが僕は、まだ半信半疑だった。


「まさかこんなに簡単に見つかるとは......もう少し潜って辺りを探ってみよう」


「はい!」


 激しい頭痛。


 大きな建物が立ち並ぶ景色が、蜃気楼のように、頭の中に現れては消える。


 もう少しだ......


 もう少しで、何かが思い出せる!


 僕たちは巨大な遺跡群の間を泳いで周った。


 ボロボロに崩れ去っているものも多いが、かつての姿をそのままに、真っ直ぐに建っているものもある。


 灰色の石。コンクリートだろうか?


 ふと振り返ると、僕らが着陸した島の土台が目に入る。


 何となく予感はしていたが、僕らが着陸したあの瓢箪島も遺跡のようだった。


 二つのビルが並び、その一部がくっ付いて二つで一つ、の建物のようになっている。


 その建物を、僕はどこかで見たことがあるような気がした。



 あれは......もしかして?





「暗くなってきましたね......」


「ああ。今日はここで夜を明かそう」


 そして僕たちは、飛行船で着陸した謎の島で夜を明かすこととなった。


 僕が微かなランタンの明かりを頼りに今日見た移籍についてノートにまとめていると、隣にピぺが腰掛けた。


「覚えてますか? ジュンくん」


 夜空を見上げるピぺ。


「初めて出会った日も、こうして一緒に夜空を見上げましたよね」


「ああ、そうだね」


 覚えているさ。

 忘れるはず無いだろう。

 どうして忘れられるって言うんだろう。


 月明かりが海面で震える。

 僕の弱いこころをしくしくと指す星の光。


 海の上の空気は、悔しいほどに澄んでいて、僕は今にも泣きそうになっていた。

 

 ピぺは、一緒に冒険に行こうと言った僕の手を取ってくれた。


 でも、その笑顔はいつもみたいな屈託のない笑顔じゃなかった。心の片隅にいつも何かが引っかかっているように見えた。


「ピぺ」


「......何ですか?」


「いや、何でもない」


 僕は喉の先まで出かかっていた台詞をぐっと飲み込んだ。


 ピぺは本当はお母さんの所に帰りたいんだろう。


 多分だけど、お母さんが迎えに来たあの場面でお母さんが怒ってビンタでもしていたら、ピぺは国には帰らなかった。


 でも実際は、普段は厳格であろうお母さんが、ピぺが生きていて良かったと泣いたのだ。


 あの時のピぺの顔を思い出す。


 何か大事なものを見つけたような、憑き物が取れたような、そんな顔。


 

 ピぺは結局、僕が何をしようが国に帰るような気がする。

 それまでの間、僕はピペに、何をしてあげられるだろう?

 




「おはようございます、ジュンくん」


 寝袋で一夜を過ごした僕たちは、朝日と共に目を覚ました。


「朝ご飯にしましょう」


 ピぺが差し出したのは乾パンだ。


「本当に何でもあるな、この飛翔船は......」


「ヤスナはこれでしょっちゅう旅行に行ってたみたいですから」


 そう言いながらゴソゴソと荷物を漁るピぺ。僕は乾パンを見た。


「でも、これだけじゃなんか物足りないな」


「何か魚でも仕留めてみます?」


 ニヤリと笑うピぺ。ピぺが手に持っているのは、ちょうどモリのような形をした長めのナイフだった。


「まさか......」


「ふふ」


 ピぺは笑う


「どちらが先に魚を仕留められるか競走しましょう!」


 こうして僕たちは、何故か魚取りをすることとなった。


 沢山の魚が泳ぐ海辺。しかし、ナイフを構えた瞬間に魚は蜘蛛の子を散らしたように一目散に逃げてしまう。


 うーん、分かってはいたけど難しい。


 僕は遺跡にへばりついている巨大な海藻の中に身を隠した。

 海藻の上を通る魚を不意打ちで狙う作戦だ。


 目の前を銀色の影が通り過ぎる。


 今だ!


 ナイフで魚を刺そうとするも、すんでのところで魚は逃げてしまう。


 魚が通ってからナイフを出したんじゃ駄目だ。魚の動きを見越して、先に動かなくては。


 次の群れがやってきた。狙うは、一際大きなあの魚。


 無我夢中でナイフを前に出す。


 手応えがあった。

 恐る恐るナイフを見ると、平べったい魚がナイフに刺さっている。



 おっしゃ!


 ガッツポーズをして、ピぺに魚を見せようとナイフを掲げる。


 だがピぺは、慌てた様子でこちらに何かサインを出している。


 そのただならぬ様子に振り返る。


 ゆったりと揺らめく背びれ。

 サメだ!


 サメと目が合い、ぞくりと肝が冷える。


 急いで浮上しなくては!

 ――が、向こうの動きの方が早い。


「......くっ」


 襲いかかるキバ。噛み付いてくるサメをすんでのところでかわす。


 どこかに隠れられる場所は――


 僕は傾きかかった巨大遺跡の中に身を隠した。


 巨大な柱の後ろから辺りを見回す。これで何とかやり過ごせるだろうか。



 その辺に転がっていた石版のようなものを手に取り無我夢中で振り回す。


 クソっ、やけに重いなこの石版!


 板はサメの鼻先に当たり、サメが怯んだ。


 その隙に逃げ出そうとするも、なおもサメは追ってくる。


「クソっなんで......」


 すると、ナイフに刺さっていた魚に目が行く。赤い血が海水に滲んでいる。


「そうか、血が」


 僕は渋々魚を投げ捨てた。

 サメは魚を追って海の底へと泳いでいく。


 やはり。あのサメが追っていたのは僕じゃなくて魚だったんだ。



「ふう~」


 海上に急いで上がり、息を吐く。


「大丈夫でしたか!?」


「ああ。魚を捨てたら追ってこなくなったよ」


「良かったです~」


 へなへなと座り込むピぺ。


「そういえば、私、聞いたことあります。この辺のサメは血の匂いがしたらそれに反応して近づいてくることはあるけど、人を襲うことは滅多にないって」


 それを早く言ってくれよ。


 するとピペが、ふと首を傾げる。


「ところで――それは何ですか?」


 僕は自分の右手に持ったままになっている石版に目をやる。


「ああ。遺跡の中にあって――つい持ってきちゃったよ」


 僕は自分が遺跡の中から持ってきてしまった石版に目をやる。


『旧東京都庁』


 そこにはそんな文字が書かれていた。



“――新宿駅に着けば、都庁はすぐそこだから”


「都庁......」



 もしかして......もしかしてここが、僕の目指していた場所だろうか。でも『旧』都庁ってなんだ?

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