第30話 いざ、目指す場所へ

「ピペ、早く!」


 僕は再度手を伸ばした。腕がちぎれてしまうんじゃないかって程に、手を伸ばした。


 ピぺの顔がクシャリとなる。泣いているような笑っているような、そんな顔。


「信じられない……!」


 ピペは僕を怒鳴りつけると――その手を取った。暖かな温もりと重さ。僕は泣きそうになった


 ピぺの腰を引き、ぐいと強引に持ち上げる。抵抗は無かった。続いて腕に力を込め、飛翔船へとピぺを引き上げる。


 ピペ......行こう。一緒に!


「ごめんなさいお母さん」


 飛翔船の上からピぺがお母さんを見下ろす。


「ピぺ……あなた……!」


「でも、心配しないでください。私、必ず幻の古代遺跡を――新宿を見つけて戻ってきます!!」


 ふわりと浮き上がる飛翔船。よし、このまま――


 が、途端、その船体ががくりと揺らいだ。


「ピぺ、あなたちょっと、太ったんじゃなくて?」


 ヤスナがピペの顔を見る。


「違いますよ。っていうか、元々この船、二人乗りじゃないですか! どうするんです」


「仕方ないわね」


 ヤスナはため息をついた。そして――


「ピぺ、運転はあなたがなさい!」


 ヤスナはゴーグルをピぺに投げ、船に飛び降りた。


 ごろりと転がりながら船の中に落下したヤスナが手を振る。


「ヤスナ……!」


「またね、頑張りなさいよ!」


自信にあふれたヤスナの笑顔。その姿がどんどん遠くなっていく。


 僕らは、二人で飛翔船の旅に出ることとなった。






 船体のぐらつきも収まり、安定した飛行を続ける飛翔船。


「はあー」


「何て馬鹿なことしてくれるんですか、ジュンくん。ヤスナも……!」


 ぶつくさ言うピぺ。だがその顔は、心なしか嬉しそうだった。


 果てしなく続く海。


 僕たちは、トウキョウ湾の上をしばらく漂った。


 そう言えば、ピぺを攫ったのは良いけど、新宿はこの方向で合ってるんだろうか。


 飛翔船から目の前に広がる海を眺めた。どこまで行っても同じような青い海が広がってるだけで、場所の検討もつかない。


「ピペ、今どの辺り?」


 僕は操縦席に居るピペに声をかけた。


「うーん、方向は合ってると思うんですけど」


 地図とコンパスを見比べるピぺ。そのピぺの瞳が、見開かれていく。


「ジュンくん……!」


「どうしたの?」


 ピぺが驚いた訳はすぐに分かった。方位磁針が、気が触れたようにグルグルと回り続けている。


「これは……」


 以前岩礁地帯に近づいた時のことを思い出す。


“一番多いのは船や飛行船が消えるって話かな。それからコンパスがグルグル回り出したり......”


 ごくりと唾を飲み込む。

 ピぺと顔を見合わせ、頷き合う。


「岩礁地帯が近いということですね……!」


 窓から外を見る。

 上空から見ると、岩があると思われるところの色が変わっている。


「これは……ここが岩礁地帯……!」


 岩があるだけじゃない。岩と岩の間には流れの早い海流が流れ込み、渦を作っている。


 なるほど。これは下手に船で近づくと渦に巻き込まれたり、岩に当たって座礁してしまうだろう。


 僕が足元の光景に見入っていると、急に飛行船がぐらりと揺れた。


「……うわっ!?」


「しっかり掴まっててください。着陸します!」


「着陸するって、どこに!?」


「見てください、あそこに小さな島があるでしょう?」


 見ると、岩礁地帯の中に二つの島が繋がって、ちょうど瓢箪ひょうたんのような形になった島があった。


 

「あそこに着陸します」



 あっけらかんと言うピぺ。あんな狭いところに止めるなんて大丈夫だろうか?


 島の周りをぐるぐると周りながら飛翔船の速度と高度を落としていくピぺ。


「凄いです。ヤスナさんの機体、小回りがきくし、最新の物だけあって凄く操作しやすいです......! これなら......」


 スピードを落としながら島に近づく機体。


 飛翔船は、ガタン! と大きな音を立て地面に着陸した。揺れる機内。砂埃が舞い上がる。


「うわぁっ」


 心臓が跳ね上がる。

 着陸したのは良いものの、目の前には低い木が迫っていたのだ。


「ぶつかるっ」


「大丈夫です」


 ピペの言葉通り、飛翔船は木の目の前で停止した。


「ふー、助かった」


 僕はよろよろと飛翔船から出た。

 ピペと一緒に飛翔船をロープで木に括り付ける。もうへとへとだ。


「はー......」


 息を吐きながら辺りを見回す。


「しかし、この島は何なんだろうな」


 ピペが足元の草を摘みながら言う。


「風で飛ばされてきた土が岩の上に堆積して、そこに草とか木が生えて島になったんでしょうね」


「なるほど......」


 僕は島の東端から海の中を除き見た。

 そこには吹き溜まりのように幾つも船の残骸が漂っている。


 背中にゾッと悪寒が走る。


 きっと行方不明になった船たちの成れの果てがこの残骸なのだろう。


 船じゃなくて飛翔船でここまで来たのは全くの偶然だったけど、結果として良かったのかも知れない。


「私のお父さんも、友人と飛翔船で探索に出かけて、この辺りで行方不明になったんです。旧式の飛翔船は車輪やブレーキが無いから、水の上に着陸するしか無くて......恐らくこの船たちのようになってしまったんでしょうね」


「そうだったのか」


 僕は辺りを見回す。とりあえず岩礁地帯に来てはみたものの、何のあてもない。


「さて、ここからどうするか......」


「とりあえず島を回って見てみませんか? どこか潜りやすいポイントが無いか探すんです」


「ああ、そうしよう」


 僕たちは島をぐるりと一周した。


「綺麗な島ですね」


 島には柔らかい草に小さな花、産まれたばかりの小さな木がそこかしこに育っていた。


「この辺りは比較的波が穏やかですね」


 ピペが島の西側を指さす。


「どうする? 潜ってみる?」


「とりあえず潜ってみましょう! この場所の手がかりが何か見つかるかもしれません」


 そう言いながら飛翔船から潜水道具を取り出すピペ。


「こんなもの積んであったのか」


 ヤスナのやつ、準備がいいな。


「ヤスナのウェットスーツ、少しキツいですね......」


 僕のすぐ横で着替え始めるピぺ。


「おい!」


 僕は慌てて飛翔船の影に隠れた。


「あ、すみませんー! ジュンくんがいるの忘れてました」


 てへ、と舌を出すピぺ。全くもう。


「さ、行きますよ!」


 着替え終わったピぺが促す。


「ああ。潮の流れが早いけど大丈夫?」


「とりあえず、体にロープを結びつけておきましょう」



 僕たちは速い潮の流れに流されないように、腰にロープを結びつけ海に潜る。


 ヒンヤリとした秋の海水。


 身を震わせながら潜ると、流れは早いが予想した程じゃない。

 それでも、ちょっとした事が命取りになりかねない。


 巻き上がる砂埃。海水か緑に濁る。


 ピぺが腕を振り、ついてくるよう促す。


 僕は見通しの悪い海水の中、ピぺを見失わないように急いで潜っていった。


 この夏の特訓の甲斐あって、以前よりかなり素早く潜れるようになったが、それでもピぺについて行くのがやっとだ。


 ピぺ、もしかして焦っているのか?


 潜水に焦りは禁物だ。潜水において一番大切なことは余裕を持って周りを見ることなのだから。


 魚の群れが通り過ぎる。


 海の底の景色は不思議だ。その深い深い青には、生命の源とも言うべき神々しさと、懐かしさを同時に感じる。


 海は生命の母。その呼吸が、聞こえるような気がした。


 ――と、急にあたりが明るくなった。

 潮の流れの穏やかな場所に出たのだ。


 視界が晴れ、辺りの景色が目に飛び込んでくる。



 ......これは。



 思わず言葉を失う。


 目の前に広がっていたのは、今までに見たことがないほど巨大な遺跡群だった。


 そびえ立つ巨大な岩壁。


 ここが新宿――なのか?


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