第15話 いざ、遺跡博覧会

 二週間後、いよいよ遺跡博覧会が始まった。


 地図上では遺跡博覧会のあるチチブはすぐ近くに見えたが、実際にはいくつも山を越えなくてはならない。


 オム先生と僕、ピペ、所長の四人は、悪路の中、朝出発した馬車でまる一日ほどかけ、博覧会前日の夜に会場となるチチブにたどり着いた。


「わー、お店が沢山ありますね!」


 先程まで馬車の中で寝ていたピペは、口にヨダレの跡を付けたまま、立ち並ぶ飲食店の灯りを見てはしゃぐ。


「ああ。ハチオージより都会みたいだ」


「この辺りは盆地が広がってるから」


「温泉もあるし、神社とか名所もあるからね」


 所長が一軒の食堂を指さす。


「名物『わらじカツ』だって」


「どんなのだろう?」


 僕たちは店に入り、名物の胡桃蕎麦やわらじカツを注文した。


「わー、大きい!」


 運ばれてきたカツに、僕らはビックリ仰天する。それは僕の顔ほどもありそうな程大きなカツだった。


「いただきまーす」


 カツを口に運ぶピペ。


「うん、美味しい」


「どれどれ」


 僕もカツを口に運び、平べったい肉を噛み締めた。その時だ。



 ――覚えてない? わらじカツを食べたこと。



「えっ?」


 急に頭に声が響き、僕は箸を止めた。


「どうしたんですか? ジュンくん」


 ピペが心配そうに僕の顔をのぞき込む。


「あ......いや、何ともないよ」


「なら良いですけど」


 不思議そうな顔のピペ。


 何だったんだろう、今の声。

 頭痛がした。頭がずきずき痛い。


 移動で疲れたからだろうか?



 その日はそのまま、会場近くの宿に泊まった。


 布団をしき、明日のために早めに床に就く。移動で疲れていたせいか、僕はすぐさま眠りについた。



 



 翌朝。


 遺跡博覧会の会場につくと、そこには既に大勢の人々が集まっていた。


 様々な遺物や遺構の写真、復元模型が並べられ、それぞれの研究所の研究成果を見ようと世界中の研究者や遺跡愛好家、コレクターたちが集まっている。


 オム先生によると、蒸気機関車や飛行船、蒸気船の発明により庶民も気軽に遠出できるようになり、今世界は空前の冒険ブームが起きているのだという。

 そんな中、古代へのロマンや珍しさから、遺跡への注目も高まっているのだとか。


「さて、荷物も運び込んだし、私はこれから会議があるから、あなたたちは遺跡博覧会を見てきてもいいわよ」


 オム先生のこの言葉に、ピぺが飛び跳ねる。


「本当ですか!?」


 遺跡博覧会は二日間の日程で行われる。僕たちの展示は二日目。一日目はとくにすることが無いのだ。


「じゃあ、一緒に見て回りましょう!」


「うん」


 会場に着くと、既に沢山の考古学マニアがいて、ニッコーやハコネといった人気の遺跡ブースに群がっている。その殆どが現地人より資金力のある外国人だ。


「外国人ばっかりだね。外国に遺物が渡っちゃわないのかな」


「でもそうしないと研究資金が得られないですし......」


 人ごみをかき分け辺りを見回すと、一つのブースに人が集まっている。


「あれは何?」


「あれはシズオカ遺跡です」


 ピぺが自信満々に答える。


「シズオカ遺跡って?」


「シズオカはフジヤマ山の噴火によって一夜にして滅んだとされる古代都市ですよ!」


 聞けば、火砕流から逃げ遅れた人の形が空洞としてそのまま残っているという。

 今回は、その人型に石膏を流し込み展示すると家珍しい展示スタイルをして博覧会の目玉となっているのだという。


「すごいね」


 僕は背伸びをして人だかりの向こうにある石膏像を見ようとしたが、残念ながら中の様子は見えなかった。


「ハチオージの遺跡からもこの時の噴火のものと言われている火山灰が積もっている地層が発見されているんですよ」


「へえ、そんな遠くの火山灰が」


 僕はニホン地図を頭に思い浮かべた。


「フジヤマ山の噴火の灰がハチオージまで来るなんて信じられないですね」


「いや......でも晴れてればタカオサンから富士山も見えるし、よく考えたら近いのかもよ」


 僕の言葉に、ピペはうーん、と唸り考え込む。


「どうしたの?」


「いえ。ジュンくん、私たちがタカオサンに行った日、あの日は確か雨でしたよね?」


 僕は息を飲んだ。


「......そうだよね」


 じゃあ僕は、一体いつタカオサンに行ったのだろう。


 


 僕らは人混みを避け、人気のないブースに移動した。


 ハチオージの近くにあるヒノハラという場所の遺跡だ。

 

 土器や漆器などを見て回る。


「ハチオージのものと似てるね」


「はい、異論もありますが、ここヒノハラの遺跡もトウキョウ遺跡群のうちの一つだと考えられているんです」


「へえ、トウキョウって広かったんだね」


「それでも他の遺跡に比べたら全然ですよ」


 そんなことを話していると、ヒノハラの遺物を展示している研究員のおじさんが話しかけてきた。


「若いのに遺跡に興味があるんだね。お二人はどこから?」


「ハチオージからです」


「そうなのか。あそこも遺跡があるからね」


 にこやかに頷くおじさん。


「この丸太は何ですか?」


 僕は会場にあった大きな丸太を指差した。


「実はこれ、ヒノハラの遺跡にあった建物の柱を復元したものなんだ」


「ええっ、こんな大きな柱が使われていたんですか!?」


「これが模型だよ」


 僕は復元された木の建物を眺めた。複雑に柱が組み合わされた立派な建物だ。


「へえー、こんな大きな建物があったのか」


「あとは大きさもそうだけど、見て欲しいのはこの柱の素材だね」


 素材?

 僕がじっくりと丸太を見ていると、ピぺが元気よく答えた。


「ええと、杉? ブナでしょうか?」


「いや、ヒノキだよ。僕は植物の化石を研究してるんだけど、この地方は太古の昔、ヒノキの群生地だったみたいなんだ。ここのヒノハラという地名も、古代語でひのきの原という意味らしいんだよ」


「ヒノキの木……初めて見ました。この辺りにもありますか?」


「いや、これはここより北のホッカイドゥーから取り寄せたんだよ。この辺にはもうヒノキは生えちゃいないからね」


「えっ?」


 おじさんが柱を見上げる。


「昔と植生がまるで変わってしまったんだよ、ここは。恐らく昔のトウキョウはもっと寒くて、今のホッカイドゥーくらいの気温だったんだろうね」


「へえー」


 ピぺがヒノキの柱に近づく。


「いい匂い」


 僕もピぺに倣って柱の匂いを嗅いでみた。

 ここいら辺には生えてない木らしいけど、他の木とは違う、なんだかとっても懐かしいような良い匂いがした。


 おじさんによると、この建物はヒノキをふんだんに使った建物だったらしい。きっとこんな風に良い香りが一面にしたんじゃないかな。


 いまではもうすっかり、失われてしまったヒノキの香り。


 その香りに包まれたヒノハラの様子が、目の奥に鮮やかに蘇るようだった。



「さて、次はどこのブースを見てまわろうか」


「あそこに行きましょう」


 ピペが指差したのは、開催地であるチチブのブース。


「この古文書は......」


 僕の目に止まったのは一枚の古文書の展示だった。


「ああ、それは三峯神社で見つかった古文書の一部とそのレプリカだよ」


 係の人がやってきて解説してくれる。


 そこには、古代サイタマが神罰にあい海に沈んだこと。そこから命からがら逃げてきた人々がいたことに関する記録が残されている。


「この地にもともと口述で伝わっていた伝説を誰かがまとめて文章に起こしたものらしいんだが、詳しいことは分かっていないんだ」


 伝説によると古代サイタマには海が無かったのだが、ある日、荒川の下流に住むユースケという男が川でもっと魚が取れるよう近くのお社にお百度参りをしたそうだ。


 しかし、丁度百日目となるある晩に、ユースケはお参りの間何も口にしてはならないという禁を破って川の魚を口にしてしまう。


 怒った神様はその一帯を海に沈め、サイタマ湾ができたのだそうだ。


 沿岸の町には、今でもこのユースケを祀る祠があり、サイタマの漁師たちはそこへ大漁を祈願しに訪れるのだという。


「面白い伝説だね」


 ピペは目を輝かせて頷く。


「サイタマに昔海が無かったなんて! もしかすると、サイタマ沖にもトウキョウのように街が眠っているんですかね?」


「ああ、かもね」

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