第14話 ニンジャ・サムライ・カーニバル

 ニホン遺跡博覧会、それはこの国で見つかった遺跡に関する研究結果を集めた見本市で、年に一回行われる。


 今年の会場は、ハチオージから少し北の方向にあるチチブという場所らしい。



「チチブ......なんだか聞き覚えのある地名だ」


 僕は書類に書かれたチチブという地名を何度も眺めた。


「過去の記憶に関係があるんでしょうか」


「うーん、よく分からない。とにかく、急いで準備を進めなきゃ」


 全く、二週間後だなんて無茶を言う。


 でも、この見本市には研究者だけだけでなく、考古学に興味を持っている一般の人たちも多く集まる。


 上手くすれば足りない研究資金を補ってくれるスポンサーを得られるかもしれない。というわけで、気合いも入る。


「全く、なんでそんなに急なのよ」


 オム先生もブツブツ言いながらも書類をまとめだす。


「オム先生、これ、ここでいいっすか?」


 タグチが大きな板を部屋の壁に立てかける。


「ええ、ありがとう」


「これは何ですか?」


 僕が博覧会に出す遺物を整理しながら尋ねると、ピぺが答える。


「なんでも、あのタカオサンで見つかった壁画を巨大なパネルにして張り出すらしいですよ」


「へえ、それはいいね」


 頭の中に、巨大パネルとなったあの壮大な壁画を思い浮かべる。鮮やかによみがえり、沢山の人の目にさらされる古代の壁画。それを考えると胸が高鳴った。


 僕たちはこれから約二週間かけて展示品を選別し、大きな写真パネルを作ったり、一般人に分かりやすい説明文章を考えなくてはならない。


 海底遺跡探しは必然的に後回しになる。少し残念だ。


「はあ……」


 オム先生が疲れた横顔でため息をつく。どうも最近あまり寝てないみたいなのだ。


「大丈夫ですか? オム先生」


「ええ、大丈夫。研究資金を得られるチャンスだわ。頑張らないと」


 こぶしを握って見せるオム先生。


 

「ジュンくんはいるかい?」


 そこへやって来たのは所長だ。今日はニンジャ服じゃなくて普通の服だ。こうして見ると、やり手セールスマンみたいで外見はなかなか悪くない。


「僕がどうかしましたか?」


 所長はそれには答えず、オム先生に向かって尋ねた。


「オム先生、ジュンくん、借りてもいいかね?」


「ええ、大丈夫よ」


 所長は僕の腕をつかんだ。


「さあ、行こう」


「えっ、行こうって......」


 行こうって、一体何をする気なんだ?





「お......重い!」


「ハハ、すまんね!」


 僕が沢山の荷物を運ぶ様を笑顔で見つめる所長。


 笑ってないで、自分でもちょっとは運んでくれよ。


 所長に無理矢理連れてこられた僕は、荷物運び兼荷物整理係として駆り出されていた。


「どうしてこんなに沢山……一体何が入ってるんですか?」


 荷物を床にドサリと置くと、所長は不気味に笑う。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれた」


 荷物を漁り、なにやら布きれを取り出す所長。


「じゃーん、これがサムラーイの衣装。これがゲイシャの衣装ね。そしてこれがショーグン!」


「なんですか、それ」


 僕が訳が分からず困惑していると、所長はふふん、と鼻を鳴らす。


「サムラーイというのは古代の騎士で、勇敢で忠誠心が強いクールな人達さ。カタナという武器で戦ったり、ハラキーリしたらしいんだ」


 聞けば、ハラキーリというのはサムラーイの責任の取り方で、腹を裂く自殺行為の事だそうだ。そんな事が実際にあっただなんて、とてもじゃないが信じられない。


「じゃあ、ニンジャって言うのはなんですか?」


「ニンジャは今で言うスパイさ。暗殺や諜報活動を行っていたらしい。文献によると、彼らはニンポーを使って空を飛んだり水の上を歩いたり、影分身の術で分身したり火や雷まで操っていたそうだよ」


 シュシュシュ、と所長は手裏剣を投げるフリをする。


「す、凄いですねー」


 思わず棒読みになる僕に、所長は続ける。


「ショーグンというのはサムライのボスだね。文献によると、ショーグンはハタモトの三男坊に紛れて城下町で生活し、悪党を懲らしめたりサンバを踊っていたらしい」


「はあ」


「とにかく凄い人なんだよ、ショーグン様は」


 力説する所長。


 よく分からないけど、古代人の生活は、なかなかにエキセントリックだったようだ。


「所長さんもこの遺跡を研究しているんですか?」


「ああ、少しね。私はここの伝統文化を愛しているんだ。遺跡を研究していると、自分のルーツを感じるのだよ」


 所長は勢いをつけて背もたれのある椅子に腰掛ける。


「キミは? キミはどうしてこの仕事に興味を持ったんだい?」


「僕は......その、偶然ピぺに拾われて」


 僕はあの日のことを思い返す。

 あれから、記憶はほとんど戻っていない。

 自分が誰かも、どこから来たのかも分からない。


「でも、ここでの仕事は面白いと思います」


 所長はあはは、と声を上げて笑い出した。


「そうかそうか! それは良かった!」


 そうして所長の荷物を片付けていると、不意に壁に飾られた写真が目に入る。


「ん、あれは」


 髭を生やした中年男性が写真の中でほほ笑んでいる。僕はその男に目が釘付けになった。


 所長は腕組みをしながら壁に掛かっている色あせた写真を見上げた。


「あれはね、うちの前の所長でここを作った人なんだ」


「えっ、じゃああれが」


 オム先生の話を思い出す。この人が古代トウキョウ遺跡を見つけたんだ。そして、海の中に遺跡があるとも主張していた。


 僕はじっと写真を見つめた。何だか見覚えのある顔のような気がする。


「変わった人でね、宇宙人の研究なんかもしていたそうだよ」


「なんだかピぺみたいな人ですね」


 僕は笑った。所長は急に真面目な顔になる。


「もう亡くなってしまったけどね」


「そうなんですか」


「数年前、友人と飛行船の事故でね。もし生きていたらさ、キミのこと、すごく気に入ったと思うよ」


 所長は少し悲しげに笑った。

 僕は前の所長の写真を見上げた。

 前の所長。どんな人だったんだろう。





 所長室の片付けを終え部屋を出た僕は、オム先生の部屋へと向かった。


「オム先生、所長室の整理、終わりました」


 オム先生の部屋をノックし、ドアを開ける。


 するとオム先生は先ほどのピンク色のニンジャ服を着て鏡の前に立っていた。


「嫌だわ、こんなに丈が短いだなんて。これじゃ下着が見えちゃうわよ。上も殆ど隠れてないし。でも、これがニンジャなのよね。ニンニン! なーんちゃって......って、ジュンくん!?」


 シュリケンを投げる仕草をしたまま、固まるオム先生。


「あ、あの......」


 僕が狼狽えていると、オム先生の顔が見る見る内に真っ赤になっていく。


 こ、これは、見てはいけないものを見てしまった!?


「な、なんかすみません」


「待って!」


 オム先生は僕の腕をぐいと引っ張る。


「こっ、このことは、誰にも内緒に......」


「は、はい。分かりました」


 慌てて部屋のドアを閉める。

 なんだか分からないけど、僕はどうやらオム先生の秘密を握ってしまったようだ。




 その夜、僕は夢を見た。


 古代の遺跡の上で、宇宙人とニンジャがサンバを踊ってる。

 その中にはピぺと所長、オム先生もいて、何だかとても奇妙なんだけど、僕はずっとこうして踊っていたいなって思ったんだ。


「まるで浅草のサンバカーニバルみたいだな」


 誰かが呟く。


「えっ」


 僕は目を覚ました。

 朝の日差し。キラキラと海面が輝いている。


「痛ッ……」


 刺すような頭痛。

 まただ。何かを思い出そうとすると、決まってこうだ。いったいなぜ……


 僕は頭を抱えて起き上がった。


「アサクサ? ......アサクサって、どこだ??」







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