第3章:遺跡博覧会

第13話 怪しい影



「はあー、お腹空きましたー」


 ピペがザバリと海面から顔を出す。


 ここは研究所から目と鼻の先にある海。


 高尾山で遺跡を見つけたあの日から、僕たちは仕事のない日や仕事終わりに海に行き、浅瀬を潜るのが日課になっていた。


 ひょっとしたら海底遺跡が見つかるんじゃないか、そう思って。


 まあ、そう簡単に遺跡は見つかるもんじゃないけどね。


 でもピペと二人で青い海を泳いで、珊瑚や、イソギンチャクや色とりどりの魚や――そんなものを見ているだけで何だかとても楽しかった。


「そうだね。僕もだ」


「そう言えば、昨日買ったスイカがあります。早速切りましょう!」


「いいね!」


 海の中を泳ぎ回るには体力がいる。糖分は必須だ。


「よーし、食堂まで競走ですよ!」


 ザバリと海から出て岩場に腰掛けようとしたピペ。


「――あ」


 その瞬間、ピペの水着の上がはらりと海に落ちる。


「うぎゃああ!」


「わっ」


 慌ててピペの体から視線を逸らす。でかい! ......じゃなくて!


「水着! 波で流されてる!」


 波間にプカプカと浮かぶ白い水着。


「うわーん、取ってきてくださーい!」


「わ、分かった!」


 僕は慌てて流されていく水着の後を追って泳いだ。


 全く、何で遺跡じゃなくて水着探しをしてるんだか!






「さあ、スイカを切りますよー」


 ざくり、と子気味の良い音をたたてスイカが真っ二つになる。

 真っ赤に熟したスイカが、宝石みたいにつやつや光る。


 僕は我慢出来ずに思い切りスイカにかぶりついた。


 ザグリという音。染み出す汁。スイカの水分と甘みが、渇いた体に染み渡る。


「んー、おいひいれす」


 スイカにかぶりつき、幸せそうな顔をするピペ。

 僕がそれを見て笑うと、ピペはキョトンとした顔をした。


「なんですか?」


「いや、美味しそうに食べるなって」


「もう、人を食いしん坊みたいに」


「えっ、違うの?」


「違うくないですけど、もー!」


 日が傾いてきた。夕日の赤が、食堂を包む。

 

 僕たちが二個目のスイカに取りかかろうとした時、ふいに入り口の方から大きな物音がした。


「お客さんかな」


 席を立ち入り口から顔を出すと、研究所の前に一台の馬車が止まっている。


「何だろ」


「ジュンくーん、食べないんですか?」


 部屋の中でピペが大きなスイカを掲げる。


「あ、うん、食べる」


 僕はピペに促され、食堂に戻った。

 その途中チラリと横目で馬車を見ると、そこから何やら沢山の荷物が運び出されていた。何なんだろう、あの馬車は。






「さあ、今日もお仕事頑張りますよー」


 そしてまた、遺物を綺麗にする作業が始まった。

 軍手と筆を取り、準備をしようとしたところに、ピぺが妙な声を上げる。


「ギャッ!」


「どうしたんだ?」


 青ざめるピぺ。


「今外で何か黒い影が......」


 ピぺは涙目になりながらで外を指さす。


「もしかして、宇宙人でしょうか!?」


「ええ?」


 僕は網戸を開けて辺りを見回したが、外には誰もいない。と、横を黒いものが通り抜けていく。


「何だ!?」


 背後にある壁を見ると、何やら黒い金属が刺さっている。なんだこれ。ナイフ? 武器?


「きゃーっ、何者かの襲撃を受けましたーっ!!」


 ピぺが叫ぶ。


「何で私を襲撃するのでしょう? もしかして、私が超古代文明の秘密を暴こうとしたから!?」


「ピぺ、落ち着いて」


「どうしたの、大声を出して」


 ピぺの叫び声を聞きつけてオム先生が部屋に入ってくる。


「オ、オム先生、私たち、何者かに襲撃を受けて......」


 真っ青な顔をしたピぺがオム先生にすがりつく。


「何なのよ一体。そんなわけないでしょ」


「でも、武器がそこに!」


 ピぺが壁に刺さった黒いナイフのようなものを指さす。


 オム先生の表情が曇る。


「これは、もしかして」


「何か心当たりでも?」


「ええ。こういう事をするのは、私には一人くらいしか思いつかないわ」


「それって......」


 すると入り口の戸が静かに空き、そこから黒い衣服に身を包んだ三十代くらいの細身の男性が現れた。


「フフフ......やあみんな、久しぶりだね!」


 腕を振り上げ、何やらポーズをとる男。

 何なんだ、この人は。


 「お久しぶりです、所長」


 オム先生が眉間にシワを寄せ頭を下げる。

 え? 所長? この怪しい人が?


 所長の格好をじっと見つめる。


 額には銀色のプレート。網タイツみたいな下着に、オレンジの衣装。それに草履を履くというスタイル。なんだろう、この服は。


「やあマイハニー」


 所長がオム先生に向かってウインクする。


「誰のことかしら」


 オム先生はあからさまに顔をしかめると、僕に向かって所長を紹介した。


「ジュンくんは会うのは初めてかしら? 所長は長いこと海外出張に行ってたから」


「あっ、ジュンです。宜しくお願いします」


 慌てて頭を下げる。


「そうか。君だね? オム先生の雇った新人は」


「は、はい!」


「私は所長のスミーダ。よろしく頼む」


 手を差し出されたので、慌てて握り握手をする。パワーが有り余っているのか、やけにエネルギッシュに握り返される。


「うんうん、よろしく」


 腕をブンブン振りながら上機嫌で頷く所長に、恐る恐る聞いてみる。


「所長さん、ところでその恰好は……」


「ああ、これかい? これはニンジャ。この地に伝わる伝統的な服装なのだよ!」


 くるりと一回転をする所長。


「ニンジャ!? 何ですかそれは」


 ピぺが目を輝かせる。


「フフフ、ニンジャはね、古代のスパイみたいなものかな」


「凄いですー!」


「おっ、君は忍者に興味があるのかね? いい子だ」


 所長はピぺの頭を撫でる。なんだか凄く陽気だ。


「スパイ……それにしてはずいぶん目立つ恰好な気がしますが」


 オム先生が目をぱちくりさせる。

 確かに、街中にこんな妙な格好の奴がいたら目立ってしょうがないだろう。


「でも、残された壁画をもとに再現したのだから、これが伝統的なニンジャの姿に違いない。他にもあるんだ。サムラーイだろ、ゲイシャだろ、シニガミに、カイゾクに......」


 所長はそこまで言うと、はたと何か思いついたように荷物を漁り出した。


「そうだ、オム先生にもニンジャの服、お土産に買ってきたんだよ。着るかい?」


 所長は荷物からピンク色の布面積の少ない衣装を取り出す。これがまた際どい。


「着ません!」


 オム先生は顔を真っ赤にしてピンク色の布切れを床に投げ捨てた。


「あああ、貴重なクノイチ衣装が!」


「勿体無いです。絶対似合うのに」


 ピペと所長が床に落ちた衣装を拾いながら残念がる。


「似合いません!」


 オム先生は衣装には見向きもせず不機嫌そうに腕組みをする。


「ところで所長、一体なぜここに。ちゃんと寄付金集めてきたんですか?」


 所長は布切れを拾い上げると満面の笑みで言った。


「まあ、それはそれとして」


「集められなかったんですね。その為に海外まで行ったのに。はあ、貴重な旅費が......」


「まあまあ、話は最後まで聞きたまえ」


 所長はそう言うと、胸元から何やらゴソゴソとチラシのようなものを取り出す。


「そうそうオム先生、出張先でこれに参加しないかって誘われたんだがどうだい?」


 所長の取り出した紙を見て、オム先生の顔色が変わる。


「オム先生......これは」


 僕はオム先生に尋ねた。


「『ニホン遺跡博覧会』だよ」


 答えたのは所長だった。


「ニホン中の考古学者が一堂に会して、一般の人たちに発掘成果を見てもらう会みたいなもんかな」


「へー、凄いですね」


「上手くすれば、発掘のスポンサーを捕まえられるかもしれないぞ!」


 拳を握りしめ、力説する所長。


 遺跡博覧会......なんだか分からないけど、面白そうだ。


 所長は手を振り上げ、宣言する。


「博覧会は二週間後だ! さあ皆、今すぐ研究結果をまとめたまえ!」


 ......何だか、凄い無茶振りする人が来たんですけど!?

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