第12話 織姫と彦星
「ついに見つけました。宇宙人に攫われた人!」
金髪の美少女が叫ぶ。
「ずっと探していたんです。こんな近くに倒れているだなんて!」
それはまるで太陽のようで。
きらきら眩しくて。
僕もこの夏の日差しみたいな女の子を、ずっと探していたような気がした。
*
高尾山の遺跡を見つけてから二日が経った。
二日経ったにも関わらず、まだ興奮が収まらない。
まぶたを閉じればいつだって、鮮やかに浮かぶあの風景。
洞窟の壁一面に描かれた古代の街並み。
あの壁画は一体、いつ誰が何のために......
それから、あの夢。
あれから、僕はまたしても頻繁にあの夢を見るようになっていた。
女の人が、僕にどこかへ行くように言う夢。あれは......もしかして僕の過去?
「ジュンくん、どうしました?」
仕事をしながらぼーっとしている僕の顔を、ピぺが心配そうに覗き込んでくる。
「あ、いや」
「あの壁画のことを考えていたんですか?」
「うん、まあ、そんなとこ」
ピペは祈るように両手を組み、うっとりとした。
「分かります。私も興奮して眠れなくって。あれは絶対に大発見ですよね!?」
「うん。そうだね」
そんな話をしていると、色黒な青年が巨大な笹を手に入ってくる。
「オム先生ー、頼まれてた笹、買ってきました!」
いつも遺物管理センターにカゴを持ってきてくれるタグチという青年だ。
タグチは壁に笹を立てかけると、辺りを見回した。
「あれ? オム先生は?」
「どこかへ出かけてるみたいだ。すぐ戻ってくると思うけど」
「そっか」
「凄い大きな笹ですね!」
ピペが目を丸くする。
「何に使うんですか?」
ピペが尋ねると、タグチはやれやれと肩をすくめた。
「何言ってんだ。今日は七夕じゃねーか」
そういえば、今日は七月七日か。
タグチは白い歯を見せてニヤリと笑った。
「これに、願い事を書いた短冊を下げるんだよ」
聞けば、毎年研究所では皆で七夕を祝うのだという。
「じゃあまた!」
手を振り去っていくタグチ。
もう七月七日か。
確か僕がここに来たのは六月の初め頃だったはず。ということは、ここに来てから、もう一ヶ月になるのか。
*
仕事が終わると、僕はタグチと一緒に巨大な笹を食堂に立て掛けた。
「さ、これからこいつに、皆で願い事を書くぞ」
タグチが白い歯を見せて笑う。
「はい、これはジュンくんたちの分!」
おばちゃんたちが色のついた紙を渡してくる。
「ありがとうございます」
どうやら僕たちが笹を買いに行ってる間に、女の人たちが色紙を切り短冊を作っていたらしい。
「……願い事かあ」
僕は短冊を手に固まった。願い事なんて何を書けばいいんだろう?
「ピぺとラブラブになれますようにって書くのかな~?」
茶化してくるタグチ。
「違うから……」
「ああ、もうすでにラブラブなのか」
「違うってば」
僕は短冊をじっと見た。
願い事……か。普通に考えれば「早く記憶が戻りますように」だろうけど。
「でもな……」
記憶が戻って欲しくない訳ではない。
自分が誰なのか分からない、そんな不安は、喉に刺さった魚の小骨みたいに、ずっと引っかかって離れない。
だけど今は、住むところがあり、仕事があり、気の合う仲間たちに囲まれていて、記憶が無くたってなんの不自由もしてない。
「どうしようかな」
短冊を前に悩んでいるとオム先生がやってきた。
「おっ、面白そうなことやってるわね!」
「七夕ですよ」
タグチがオム先生に短冊を手渡す。
「オム先生も書きませんか? 願い事」
「そうね」
オム先生は短冊を受け取ると、サラサラと願い事を書いた。
「できたわ!」
「早いですね。なんて書いたんですか?」
僕とタグチはオム先生の書いた短冊をのぞき見た。
「ん? ああ、私の願い事はね『研究費が沢山入りますように』これ一択よ!」
堂々と宣言するオム先生。
意気揚々とオム先生は短冊を笹に括り付ける。
「たまにはこういうのもいいわね。こういう古代の風習は最近じゃあまり見かけなくなってきてるから」
「そうなんですか?」
「ええ。織姫と彦星の伝説なんか、風情があって好きなんだけど」
色とりどりの短冊が揺れる笹を見ながらオム先生はため息をつく。
「よし」
僕も悩んだ末、短冊を書き上げた。
『みんなと、こうしてずっと一緒にいられますように』
それが僕の願いだ。
「あれ? ピペとラブラブにって書かないの?」
タグチが笑う。
「うるさいな、違うって言ってるだろ」
僕は短冊を笹にくくり付けた。
「よし」
みんなから見えないように影の方に括り付けた短冊。
『みんなと、こうしてずっと一緒にいられますように』
*
夜。不意に部屋のドアがノックされた。
「……はい?」
立っていたのはピペだった。
「どうしたの?」
僕が尋ねると、ピぺは廊下の方を指さした。
「ちょっと外に出ませんか?」
「うん」
二人で屋根の上に上る。
するとそこには、食堂で短冊を書いた笹が飾られていた。
「あれ? ここに移動したんだ」
「はい。こっちの方が織姫と彦星にも見えると思って」
ピぺが空を見上げる。
「織姫は琴座のベガ、彦星はわし座のアルタイルを指していて、この時期に二つの星が天の川をはさんで光り輝いているように見えることから、七夕のストーリーが生まれたんだそうですよ」
空には光り輝く天の川がくっきりと見える。僕は、七月の清涼な空気を思い切り吸い込んだ。
「詳しいね」
「伝説とか神話とかが好きなので」
へへ、と笑うピペ。
「それに、もしかして織姫と彦星は宇宙人かもしれません。星と星。宇宙を又にかけた恋人同士なんですよ、きっと」
月明かりに照らされた、青白い横顔が笑う。違う星。天の川を挟んで離れ離れになった二人。恋人たちの星が放つ光に、胸が締め付けられるようだ。
「でも何だか寂しい伝説だね。離れ離れで……」
僕が言うと、ピぺは小さく頷いた。
「でもきっと、離れていても心は通じ合っているんです」
「そうだね。そうだったら素敵だね」
波音が絶え間なく響く海。
サラサラと風で揺れる笹の葉。
二つの音が夜空の下、絶妙なハーモニーを奏でている。
「そういえば、ピぺは短冊になんて書いたんだ?」
「えっ?」
僕は、笹をかき分けてピぺの書いた短冊を探した。だが、見つからない。
「私のはこれです」
ピぺが黄色い短冊を指さす。僕はそれを読もうとしたが、そこには見たこともない文字が書かれていた。
「よ......読めない」
「カクヨム語です!」
胸を張るピぺ。そういえばピぺは外国人だっけ。ずるいぞ。
「なんて書いてあるんだ?」
「内緒です!」
「分かった。『宇宙人に会いたい』って書いたんだろ」
「内緒ですってば!」
ぷい、と向こうを向くピぺ。
一体何て書いたんだろう。まぁいいか。
ドアを開け、ドアから室内に戻る。するとオム先生とばったり会う。
「何? 二人で。こんなところでデート?」
全く、オム先生まで。
「私たちはただの友達ですよ~」
ピぺも困った顔をする。
オム先生はピぺに尋ねた。
「へー、ただの友達なんだ?」
ピぺが赤くなる。
「……えっと、凄く仲の良い友達かなっ」
「ふーん?」
オム先生は口の端をにぃと上げると、僕の腕を小突き、去っていった。何なんだ、みんなして。
それにしても......僕はピペの横顔をチラリと見た。ふっくらとした頬が珊瑚のように薄桃色に染まっている。
「仲の良い、友達か」
『私たち、今日から友達です!』
僕はふと、ピペのセリフを思い出した。
どうやら、ピぺの中で僕は「ただの友達」から「仲の良い友達」に格上げされたらしい。
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