第16話 サイタマの伝説と緑のお面
「他に面白そうなブースは無いかな?」
ぶらぶらと会場内を歩いていると、急にピぺが走り出す。
「あ、あそこ、なんだか沢山のお面を飾っていますよ!」
「お面?」
そこには二本の角の生えた緑色のお面が沢山展示してある。
「これは何ですか?」
僕は研究員の若いお兄さんに声をかけた。
「これは『ニクの日』で使うお面だよ」
「に……肉の日?」
バーベキューか焼肉でもする日なのだろうか?
「ほら、これだよ。見たことないかい?」
お兄さんは祭りの様子を写した写真を見せてくれる。
写真には、草でできた緑色の髪に大きな緑色の角、大きな目をしたお面をつけた人々が沢山映っている。
「ああ、ニク様ですね」
合点がいったようにピぺは笑う。
「何それ」
「知らないんですか? ハチオージにもありますよ。毎年三月九日のニクの日に行われるお祭りなんです!」
「へぇ、そうなんだ」
ピぺによると、この緑色の面を被り、腰にヤシの葉で出来た緑の腰みのを着けた男たちが踊る祭り、それを「ニクの日」もしくは「ミグの日」と言うらしい。
ピぺは興味深げに緑の角の生えたお面を眺める。
お兄さんが解説してくれる。
「これに類似する祭りはここだけではなく周辺の村にもあるし、遠く離れたキューシューやトウホグにもあるんだよ。場所によってはニク様だったりミグさんだったりハチュネ祭りと呼んでいる地域もあるんだ」
フヘフヘ全体で毎年三月九日に行われるというその祭りは「ニックニックにシテヤンヨー」という奇妙な歌を歌いながら、緑の面をつけた人たちが、ネギを振り回して踊る祭りなのだ。
「なぜネギなんだ......」
「色々説はあるけれど、ネギが魔よけに使われていたという説と、五穀豊穣を願うためという説が有力だね」
ネギが魔よけになるなんて初耳だ。ニンニクや塩を魔よけにしている所もあるみたいだから、そういうものなのだろうか?
「そもそも、ニクさんって何者なんですか? 鬼? 悪魔?」
「地元の人は鬼や悪魔ではなく神様だとしているようだね。でもその正体はまだ良く分かっていないんだ」
なるほど、正体不明の神様なのか。
「へえー、面白いですね」
「お面は左に行くほど古くなるように展示してあるんだ。これなんか千年以上前の地層から出てきたんだよ!」
「へえ! そんなに古い地層から!」
「今見てください、これ! 今のニク様とちょっと違いますね......」
ピぺが左端のお面を指さす。
最近のお面は顔全体が緑なのに対し、昔のものは顔は白くて頭の部分だけが緑だ。それに、角も上に伸びるんじゃなくて下に垂れ下がっている。
「ん? もしかして......」
真剣な顔をするピぺ。
「どうした、ピぺ」
「いえ、もしかしてニク様は宇宙人だったのでは!?」
ピぺの目がキラキラと輝く。
出た、宇宙人!!
「なんでまた......」
「だって大きな目をしているし、緑色の髪だなんてまさに宇宙人です!」
「そ......そうかなあ」
「そうですよ、きっと! それに、あのピョンと出た二本の草は角というよりはこう
髪の毛を二つに結ってツインテールにしているみたいだし、腰みのもまるでスカートみたいです!」
ピぺは興奮した様子でくるり、と一回転する。
「きっとニクさんは緑色の髪をツインテールにした可愛らしい宇宙人の女の子だったんじゃないでしょうか!」
うっとりと天を見上げるピぺ。
「彼女が歌って踊る姿が可愛いから、いつの間にか神様になってしまったんじゃないかって、そんな風に思うんです。ネギの意味は分かりませんが......」
「そ、そう」
熱弁するピぺを横目に、僕は目の前のお面に視線を移した。
「あれ? このお面、値段がついてる」
お兄さんが値札を指差し教えてくれ
「ああ、これらの展示品は一般に向けて販売してもいるんだ」
「へー!」
ピぺが一つ一つ値札を吟味する。
「あ、この小さいの安いです」
「子供向けだからね。割と新しい時代のだし」
ピペはお面を手に、その場から離れようとしない。よほど気に入ったようで、魅入られたようにニク様をじっと見ている。
「それ買うの?」
「はい!」
「でも......買ってどうするの?」
「飾るんです、部屋に!」
嬉しそうに言うピぺ。頬が高揚し、うっとりと顔が綻んでいる。
僕はピぺの部屋にお面が飾ってある様子を想像した。なんというか......凄くインパクトがある。
「じゃあこれ......」
ピぺがお面をお兄さんに手渡そうとした瞬間、背後から甲高い声が降ってきた。
「ちょっとお待ちになって!」
「えっ?」
振り返ると、そこには黒くカールした髪をニク様のようにツインテールにし、黒い日傘とワンピースに身を包んだ女の子が立っていた。
「そのお面は、先に私が目をつけていたのよ」
女の子はそう言うと、ぽかんと口を開けているピぺの手からお面を奪い取りお兄さんに代金を渡した。
「ふふっ、じゃあねぇ。あー、お面がまだあって良かった」
ヒラヒラと手を振り去っていく女の子。
「な、何なんだよ」
僕は思わず呟いたのだった。
ピぺはというと、ポカンと口を開けたまま、放心状態になっていた。
「おーい?」
「ニ、ニク様が! 私のニク様が......」
ピぺ、しっかりしてくれ!
どうやらピペの魂は、宇宙へ飛んでいってしまったようだ。
*
そして遺跡博覧会二日目の朝。
僕たちは設営を終えたブースを見てため息をついた。
「何とか設営は済んだな」
「でも人は全然来ませんね」
これまでの発掘成果や見つかった遺物、トウキョウ湾に眠っていると思われる遺跡群についての予想図を展示してあるブース。
特にタカオサンで見つかった壁画や石版は大きな成果だと思うんだけど、思うようにお客さんはやって来ない。
金銀財宝や珍しい工芸品がある訳ではないから仕方ないのかな。
「トウキョウ遺跡です。見ていきませんか?」
僕は通りかかったひとりの紳士に声をかけた。
紳士はふん、と鼻を鳴らす。
「トウキョウ遺跡? トウキョウだなんて、あんな田舎に誰が興味を持つんだい。どうせ大した遺跡なんて埋まってないだろ」
馬鹿にしたような笑みをうかべる紳士。隣にいた女性が促す。
「ねぇあなた、それよりも早く話題のシズオカ遺跡見に行きましょ」
「ああ、そうだな。こんな田舎に用はない!」
二人の感じの悪い客が去っていく。
「何だよあいつら」
「感じ悪いですね」
すると、一人の老人が声をかけてきた。
「見てもいいですかね?」
「あ、はい、どうぞ!」
僕とピぺは、緊張しながら老人を案内した。
「これはどこの遺跡ですかな?」
「はい、トウキョウ遺跡と言いまして、研究所のあるハチオージだけでなく、トウキョウ湾沿岸に分布する遺跡群で......」
しどろもどろになりながら解説する。
「実は、トウキョウ湾沿岸だけでなく、海の中にも遺跡があるんじゃないかって言われているんです!」
ピぺが嬉しそうに言うと、老人はため息をついた。
「実は、私も遺跡を研究しとるんですがね」
「えっ、そうなんですか!?」
「グンマーのマエバシ沖にある遺跡なんですが」
老人の言葉に、ピぺはぱあっと笑顔を咲かせる。
「知ってます! グンマーに港を作ろうと大型船が停泊できるように浅瀬を掘ってたら遺跡が出てきたんですよね!?」
「海の中に遺跡が......」
凄い。実際に海底から遺跡が出てきた事例がそんな近くにあったのか。
「ええ、グンマーの人々にとって海は神聖な場所で、港を作ることは住民の悲願でした。ですが、遺跡が出てきてしまい、港を作る計画もストップしてしまいましてね」
肩を落とす老人。
「そうなんですか。大変ですね」
「せめて遺跡で町おこしでもできればいいんですけどね」
どうやら、海の中に遺跡があるということはいい事ばかりではないらしい。
「君たちも、研究所頑張るんだよ」
手を振って去っていく老人。
「はい」
僕たちは、頭を下げた。
*
それからポツポツとブースに人が来始め、慌ただしく午前が過ぎ、午後になった。
だいぶ人も落ち着き、僕が資料を整理していると、突然声をかけられる。
「こちら、いいかしら?」
「は、はいどうぞ!」
顔を上げると、そこには見覚えのある黒髪のツインテールがあった。
あっ、この子、昨日ニク様のお面を買った子だ。
「あら、あなたは......」
ツインテ少女も僕の顔を思い出したようで、目を見開く。
「君は、昨日の?」
僕が言うと、少女は口に手を当て上品そうに笑う。
「あらぁ~、昨日はごめんなさいね。でも、どうしても欲しくて。あれは私が最初に目をつけていたものだから」
「そ、そうですか」
一応ツインテ少女は少しは悪いと思っているらしい。
「そうだ、ちょっとこのブースを見ていってもいいかしら?」
ツインテールは後ろにいた使用人らしき黒服の男に声をかける。
「どうぞ、お嬢様」
「では失礼」
ドレスを少し持ち上げ優雅に会釈するお嬢様。
僕は辺りを見回した。オム先生は学者らしき先生と話している。所長も貴婦人を相手に何やら談笑している。ピペは――
見ると、ピぺは何やら奥で中年男性と話している。
「久しぶりだね、ピぺちゃん、こんなところで働いてるだなんて」
「え、ええ」
「お母さんは元気にしてるかい?」
そんな会話が聞こえてくる。どうやら知り合いのようだ。そっとしておこう。
小さく息を吐く。どうやら僕が相手をするしか無さそうだ。
「さあ、こちらへどうぞ。僕はハチオージ研究所で働いているジュンと申します」
「じゃあジュン、解説を頼むわ」
腰に手を当て命令する少女。呼び捨てかよっ。
僕は解説を始めた。午前中はノートを見ないと解説出来なかったのだが、何回か説明しているうちに慣れてきて何も見ずに遺跡の紹介をできるようになっていた。
ツインテールの少女をチラリと見る。頬を高揚させながら説明に聞き入っている。良かった。どうやら興味を持ってくれているらしい。
「というわけで、僕たちは偶然この壁画を見つけたんだ」
「まあ、凄いですわ!」
しばらくして黒服がツインテに耳打ちする。
「お嬢様、そろそろ時間が......」
「あら、そうね。まだもう少し質問したい事があったのだけど」
すると貴婦人との話を終えた所長がやってきた。
所長はハチオージ研究所のパンフレットと名刺を少女に手渡す。
「もしよろしければどうぞ」
「あら、ありがと」
ツインテが微笑む。
「実は私、実家はコウフなの」
コウフと言えば、ここニホンの首都だ。
「へぇ、都会人だね」
「そんなこと無くてよ。ナガノの方が栄えてますし、海もなくて、丁度ハチオージに別荘を買うことにしていた所ですの」
「そうなんだ」
別荘......なんか凄い。
「今度そこへ行くついでに寄ろうかしら」
「じゃあもし良かったら今度遊びに来てください」
僕が言うと、ツインテは頬を綻ばせる。
「あら、いいの? じゃあ今度遺跡を見に遊びに行っちゃおうかしら」
「是非どうぞ」
所長も紳士的なスマイルを浮かべる。
「私はヤスナ。また遊びに行くわね」
どうやらツインテお嬢様はヤスナというらしい。
僕はぴょんぴょん揺れるツインテを見送った。
「本当に、遺跡が好きなんだな」
まるで誰かさんみたいだ。
僕は男性との話を終えたピぺの横顔を見つめてそう思ったのだった。
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