第4章 お嬢様は遺跡がお好き
第17話 謎の飛行物体
『高尾山へ行ったことは? 秩父へ行ったことも、覚えてない?』
女の人の声だ。
――覚えてない。
僕は答える。
『蒸気機関車を見てあんなに喜んでたじゃない。大きなカツを食べて――』
――覚えてないよ。
『あんなに色々連れて行ってあげたのに、何にも覚えてないのね』
ため息をつく女性。
『――へ行くのよ』
どこへ?
『ジュンくん――へ行くのよ』
一体どこへ......
「どこへ行くんだ――!」
僕はそこで目を覚ました。
窓の外を見る。朝日が眩しい。こめかみを汗が伝った。
「......夢?」
*
慌ただしかった遺跡博覧会も終わり、僕たちのいつも通りの日常がまた始まった。
「ジュンくん、おはようございます!」
「おはよう、ピぺ」
ぴょこぴょこと揺れる金髪の後をついて階段を降りる。
「遺跡博覧会のお陰で、あれから少しですが寄付も届き始めてるみたいです」
「そうなんだ、良かった」
「一時はどうなるかと思いましたが」
「いや、本当にどうなるかと思ったけどなんとか乗り切ったね」
遺跡博覧会は無事幕を下ろし、僕の胸は一つ大きな仕事をやり切ったという達成感で満たされていた。
このまま順調に寄付が集まれば、船だって買えるかもしれない。
そして船が買えればトウキョウ湾の遺跡の調査もできるかもしれない。
「ジュンくん鼻歌」
「え」
知らないうちに鼻歌を歌っていたらしい。ピペに指摘され苦笑いをする。
「何だかまだ浮足立ってるよ」
「私もです」
「楽しかったね、何だかんだで」
ふわふわとした気持ちのまま仕事場へ向かう。
「ふう......浮かれてないで、しっかり仕事しなきゃ」
パンパン、と自分の頬を叩いて気を引き締める。いつまでもお祭り気分じゃ居られない。
タカオサンで見つかった石板を懸命に洗い流す。
仕事を始めてほどなくして、ピぺが手を挙げた。
「先生! せんせーーい!」
ピペのやつ、また何か見つけたのか?
「何よ、一体」
勢いよく手を挙げたピぺに、オム先生が眼鏡を光らせる。
「これって絶対にオーパーツですって! 見てください~!」
またか!
「もう、また変なことばかり言って」
「そう言わず見て下さいって!」
なおも食い下がるピぺに、オム先生は仕方ない、と言った様子で短いスカートのまま僕とピぺの間にしゃがみ込んだ。長い茶色の髪がさらり、と揺れる。
「ほら!」
ピぺが泥人形のような遺物を掲げる。オム先生は顔をしかめた。
「ピぺ......あなたまさか、これが飛翔船の模型だなんて言うんじゃないでしょうね」
飛翔船?
「ふおぅ。や、やっぱりオム先生にも飛翔船に見えますか!? そうですよねー。このフォルム、翼の付き方、これはどう見ても......」
はしゃぐピぺにオム先生はピシャリと言い放った。
「いいえ、それはどう見ても鳥です」
「え......ええー、そうでしょうか? 絶対鳥には見えませんって、飛翔船ですって!」
遺物を横から見たり下から見たりして確かめるピぺ。
飛翔船。聞きなれない言葉だ。語感からして、きっと空を飛ぶ機体のことなんだろうけど。
「ありえないでしょ? 古代遺跡から飛翔船だなんて」
「ありえないからオーパーツなんですよ!」
拗ねるピぺ。
オム先生が尾翼のような部分を指差す。
「ほらよく見て、飛翔船とはまたちょっと形が違うわよ」
「えー、そうですかねぇ......あ、もしかして、古代は今と違う技術で空を飛んでいたのかも!」
「違う技術って?」
「えーっとですね、宇宙人の技術ですよ! 宇宙人が、古代の都市の発展に関わっているのだとしたら、全て辻褄が......」
「もう、馬鹿なこと言わないの!」
「えー!?」
「鳥じゃなきゃ魚よ。絶対に飛翔船ではありません!」
「ねぇジュンくん、ジュンくんはどう思いますか?」
ピぺが急に僕の方へ話を振ってくる。真剣な瞳。僕はその遺物を手に取った。JALという単語が目に飛び込んでくる。聞き覚えのある単語だが、意味は分からない。
「んー、僕はその飛翔船? ってのを見たことが無いから何とも言えないけど……」
「ジュンくんは、飛翔船を見たことが無いんですか?」
「ああ。どういうものなの?」
ピペはサラサラと紙に絵を描いていく。
「こういう形で、これで空を飛ぶんです!」
橢円形の機体に羽がついた絵を見せてくれるピペ。これだけじゃよく分からない。
「そうだ、今度ジュンくんを私の飛翔船に乗せてあげます。楽しいですよー」
ピペが僕の手を握る。
「えっ、ピペ、飛翔船持ってるんだ?」
「ええ。中古品ですが、最近手に入れて」
「へぇ、凄いな」
僕はピペの部屋にゴーグルやパイロット帽があったのを思い出す。もしかして、あれはその飛翔船とかいうので飛ぶための装備なんだろうか。
僕たちがそんな風に飛翔船の話で盛り上がっていると、不意に甲高い声が響いた。
「ごめんあそばせ! ジュンはいらっしゃるかしら!」
え??
「ジュンくん、誰か呼んでますよ」
ピぺが入り口を指さす。
「え?」
この声は、まさか。
「ジュンくん、どこですの?」
「ほら、呼んでますよ」
「う、うん」
入口へ行ってみると、戸口に立っていたのは、満面の笑をうかべる濃紺のワンピースを着たお嬢様、ヤスナだった。僕は戸惑う。
「ヤ......ヤスナ? よく来たね」
「今日はあなたに遺跡の案内をしてもらいにきたのよ、ジュン」
「いや、でも僕、今仕事中だし......」
オム先生がやってくる。
「あら? お客さん?」
「あ、はい。この子遺跡を案内して欲しいらしくて」
「始めてオム先生。ヤスナ・ロッテンと申します」
ヤスナは遺跡博覧会に居なかったオム先生のことも調べてきたらしく、うやうやしく頭を下げる。
「はじめまして。あら……もしかして、ロッテンって下院議員で実業家のガイ・ロッテン氏と何か関係が?」
「ええ、ガイ・ロッテンは私の父ですわ」
お父さんが議員? 本当にお嬢様なんだな。
「まあ! この度はお父様が多額の寄付をありがとうございます」
僕は頬を綻ばせるオム先生を凝視した。続いてヤスナを見る。そうだったのか!?
「ええ。私が説得しましたの。ここは素晴らしい研究を行っていると」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるオム先生。僕も頭を下げた。
「それでですけど……今日はジュンに、遺跡の案内をしてもらおうかと思ってきたの。博覧会で説明を受けて、興味を持ったので」
「まあ、それはそれは! ジュン、案内して差し上げなさい」
ウキウキして言うオム先生。
「それはいいけど......」
僕は困って頭を掻いた。遺跡の案内なんて上手くできるたろうか?
「何よ、何か文句あるっていうの? あなたが誘ったからわざわざ来てあげたのに」
「いや、文句はないけど」
それも、この高飛車そうなお嬢様相手に。
「じゃあ、決まりですわね」
意味深な笑みを浮かべるヤスナ。一体、どうしてこうなった?
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