第5話 恐竜のオーパーツの謎

 職場に着いた僕たちは、早速見つかった土器や石器などの遺物を綺麗にする作業に取り掛かった。


 土の塊みたいな土器を水で洗い流し、それでも取れない汚れはブラシやヘラで汚れを落としていく。


 地道な作業だけど、こうした細かい作業をコツコツとこなすのは嫌いじゃない。


 こうしていると、余計なことは何も考えずに済む。


 僕の過去のことだとか、これからどうしたらいいのだとか、そんな不安と向き合うことも無い。


 やがて泥の中から茶色いツボの破片のようなものが見えてきた。


 僕がそんな風にしながら作業に没頭していると不意にピペがピッタリと横にくっついてくる。


「上手い上手い。ジュンくん、大分ここの仕事にも慣れてきましたね」


 顔が近い。息がかかりそうだ。心なしかいい匂いがする。


 ピペという女の子は時々人との距離がとんでもなく近い。フレンドリーで、無防備だ。


 それはそれで彼女の良さではあるのだが、年頃の男である僕は困ってしまう。何せピペは黙っていればとんでもなく可愛いし、それに大きい。


 何が大きいのかって――この僕の右腕に押し付けられた柔らかい塊のことだ。とても正視できないが。


 僕は早まる心臓の鼓動を悟られ寝よう、ブラシを少し持ち上げ、おどけてみせた。


「そりゃ、三週間もやってるからね」


「もうベテランですね!」


「まさか。まだまだだよ」


 ピペのお世辞に照れながらも、まんざらではない気持ちで次の遺物をカゴから取り出す。


「今度はこれを綺麗にするか」


 先程と同じ要領で、丁寧にハケをかけていく。やがてその遺物の形が明らかになってきた。土偶だろうか。


 古代のものにしては偉く精緻で複雑な形をしている。何だろう、これ。


「ピぺ、これなんだろう」


「何でしょう。殆ど欠けてないし、保存状態も良さそうですね」


 初めはじっと僕の様子を見守っていたピぺだったが、次第にその目が見開かれる。


「ちょっとそれ、もうちょっと近くで見せてください」


「これ?」


 妙に興奮した様子のピぺ。どうしたんだ一体。僕がピペの様子を見守っていると、遺物を持つ白い手がワナワナと震えだした。


「ピペ?」


「こ……これは、もしかしてオーパーツではないですか!?」


 ピぺが叫ぶ。


「オーパーツ?」


 僕は首を傾げた。


「知らないんですか!? オーパーツというのは、発見された場所や時代にそぐわない、高度な技術や知見を元に作られた遺物のことです!」


 早口でまくし立てるピペ。


「これもきっと、超古代文明の叡智えいちを今に伝える貴重な物に違いありません!」


「は、はあ」


 良く分からん。


 僕は彼女が手にしている手のひらサイズの茶色い人形のようなものをじっと見つめた。


「えっと、どこがオーパーツなの?」


「どこがって、これって恐竜ではないですか!?」


 ピぺが泥団子みたいな人形を手に、ずずいと僕に詰め寄る。


「そ、そうかなあ」


「もっとよく見て下さい」


 僕はピペに渡された遺物をまじまじと見た。爬虫類のような顔、ゴツゴツとした体、長い尻尾。確かに恐竜に見えなくもない。


 素材は不明。ゴムのようにも見えるが、ゴムはすぐに劣化してしまうはずなので多分違う。長いこと泥の中で空気や日光に触れずにいたから無事だったという可能性もあるが――


「先生、せんせーい!! オーパーツを見つけました!」


 叫ぶピペ。オム先生が眉間にシワを寄せる。


「どうしたの、大声を出して」


「とりあえず見てくださいよ」


 面倒くさそうに髪をかき上げながらやって来るオム先生。ピぺは大真面目な顔をして恐竜の遺物を掲げた。


「これがどうかしたの?」


 遺物を受け取るオム先生。


「恐竜ですよ、恐竜。これは絶対にオーパーツですっ」


 オム先生は興味無さそうに遺物を机に置いた。


「今発掘してる遺跡と恐竜が生きていた時代とは大きく差があるわよ」


「だから、それがオーパーツなんですよー」


 必死になるピぺ。オム先生の眉間のシワが深くなる。


「トカゲか何かでしょ」


「いいえ、絶対トカゲじゃないです。恐竜です。きっと太古の人類と恐竜とは共存していたんですよ」


「あのねぇ」


 僕は恐竜のオーパーツを手に取りしげしげと眺めた。


「凄い精巧だね。もしかして恐竜の骨を見て想像で作ったんじゃないかな」


 オム先生が頷く。


「その可能性もあるわね。どっちにしても空気に触れたらすぐ劣化しそうな素材だから洗ったらすぐに樹脂かなんかで固めて保存した方がいいかも」


「はい」


 ピペは頬を膨らませて拗ねる。


「二人とも夢が無いんですから。これは絶対オーパーツです! きっとこれを作った人はタイムマシンで昔に飛んだんですよ。古代の人は、時間跳躍の技術を開発して」


 ぺしり、とオム先生はノートでピぺの頭をはたいた。


「くだらないこと言ってないで、さっさと仕事に戻りなさい」


「ふええ」


 涙目になるピぺを横目に、僕はふとその恐竜を裏返した。


 心臓が大きく音を立てる。

 文字だ。何かの文字が彫ってある。何だろう。


「何だろうこの文字。ガ......ゴ、ゴディ......『ゴジラ』? かすれていてよく読めないな」


 必死に文字の解読を試みる僕の横で、ピぺが嬉しそうに飛び上がる。


「そう、ゴジラ。きみ、ゴジラって言うのね。凄いです。きっと新種の恐竜です!」


 上機嫌になるピぺ。

 オム先生は怖い顔をして僕の方を見た。


「どうしたんですか、先生」


「いえ」


 オム先生は視線を落とし、ボソリとつぶやいた。


「ジュン、あなた、古代文字が読めるの?」


「え?」


 言われて初めて、僕は自分が読んだ文字が古代文字だったのだと気づいた。


 頭の中にぐるぐると疑問が渦巻く。


 どうやら......僕は、古代文字が読めるらしい。

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