第2章 高尾山の遺跡

第6話 謎の巫女とシャーマン

「ジュンくん、ジュンくんおはようございます!」


 ドアをぶち破らんばかりのノックの音で目を覚ます。


 やばい、遅刻だ。

 ガバリと飛び起き身支度を整える。


 カーテンをあけると、絵の具を水に溶かしたような鮮烈なグラデーション。僕はその青を目に焼き付ける。


「ごめんごめん」


 ドアを開けると、ピペが手をぐいと引いた。


「おはようございます。今日は仕事までまだ時間があるので一緒に朝食を食べに行きましょう」


 ニコリと笑うピペ。


 僕たちは、たまに時間が無くて食べないこともあるが、基本的には朝食を食堂で取っている。


 食堂は僕たちが寝泊まりしているゲストハウスの一階にあり、ゲストハウスに泊まっていない人でもお金を払えば食べることができる。


 安くて美味しいと評判なので、いつも出勤前の人でいっぱいだ。




 食堂のドアを開けると、でっぷりと肥えたおばちゃんが、どんと鍋を置く。


「さあみんな、たんとお食べ!」


 おばちゃんの甲高い声を合図に、男たちが鍋に群がる。


「うぉぉおおおおお!!」

「飯だ!!」

「肉だ! 肉だああぁ!」


 お茶碗を持った男たちの勢いに圧倒されていると、ピぺがぐい、と腕を引く。


「急ぎましょう、無くなったら大変です」


 二人で列に並ぶ。ここではお盆を持って自分でお皿にご飯やおかずを盛り付けていく形式なのだ。

 

 屈強な男たちと同じくらい大盛りの肉とご飯を盛るピペに、僕は思わず目を見開く。


「そんなに食べるの?」


「はい」


 あっけらかんとした顔で答えるピペ。


 その細い体のどこにそんな大量の栄養が行くのだろう。僕の目がピペの体の一部分に吸い寄せられる。ポヨンと揺れる、その立派な二つの膨らみに。


 もしかして、栄養がすべて胸に行っているのだろうか?


 ご飯を美味しそうに平らげるピペを見つめる。


「何ですか?」


 じっとピペを見つめる僕に、ピペが不思議そうに首を傾げた。


「あ、いや」


 僕は目の前のご飯に視線を戻した。


 金髪碧眼の、整った顔立ち。細いのに出るところは出ている女性らしい曲線。ピペは完璧な美少女だ。


 宇宙人だの超古代文明だの言い出さなければの話だが。






 僕たちは仕事場に着くと、いつものように仕事道具を棚から出し、それぞれの持ち場についた。


「た、た、大変ですーっ!」


 ピペがいつものように大騒ぎをし出したのは、作業が始まってわずか数分後のことだ。


「どうしたの」


 ピぺの手をのぞき込むと、そこには女の子の形をした人形らしきものがあった。


 立ち上がり、オム先生を呼ぶピぺ。


「オム先生、オム先生ーっ。これって、宇宙人ではないですか?」


「もうっ、またなの」


 オム先生は眉間に皺を寄せる。


「これです、これ」


 ピぺが女の子の人形をオム先生に手渡す。

 オム先生が険しい顔で人形を見つめるのを、僕は横からのぞき見た。


「これのどこが宇宙人なの」


「この大きな頭、大きな目、不可解な衣服。どう見ても宇宙人じゃないですか?」


 確かに、目はすごく大きくて変だけど、それだけで宇宙人と言うのは違うような。


 オム先生は、ぐいと眼鏡を押し上げた。


「ピぺ、これはデフォルメというものよ。物事を見たままではなく誇張して描く。絵画の世界ではよくあること」


「そんなあ」


 僕は人形を裏返した。

 そこには、またしても何か文字が書かれていた。


「ジュンくん、ここにまた文字が」


「どれどれ。『魔女っ子アイドル☆マジックまみ』何だそりゃ」


 オム先生が顎に手を当て考え出す。

 僕にも訳が分からない。不可解な単語だ。


「『魔女』は確か、悪魔と契約して超自然的な力で人々に害をもたらす存在のことよ。古代の呪術師ね」


「ひえっ、呪術師」


 ピペが飛び上がる。


「じゃあ『アイドル』とは何ですか?」


「『アイドル』は、ちょっと待って。確か資料があったはず」


 オム先生が奥から大きなファイルを持ってくる。


「あったわ。ツクバサンから見つかった石版に『アイドル』についての記載がある」


 オム先生が指さすページを見ると、そこには珍妙な衣装に身を包んだ女の子が何人も描かれている。


「わー」


「これによると、『アイドル』とは偶像という意味らしいわ」


「ぐーぞー?」


 ピぺが首を傾げる。


「信仰や崇拝の対象とされるもののことよ。神仏を象った像みたいに」


 僕の頭の中に神様や仏様の像が飛び交う。ちっとも意味がわからない。


「つまりこの女の子たちは、神仏の代わりとみなされていたんでしょうか」


「当時の巫女のような役割を担っていたのかもね」


 石版の中で踊る沢山の女の子。

 もしかしてこの『魔女っ子アイドル☆マジカルまみ』も、仏像のように崇拝されていたのかも知れない。


 オム先生は眼鏡をくいと押し上げると、さらに資料をめくる。


「これによると古代には『アキハバラ』にアイドルたちが沢山いたみたい」


 オム先生が次のページをめくる。そこには、妙な格好の男たちの絵が沢山描かれている。


「アキハバラ?」


「古代の地名よ。どこにあったのかはハッキリと分かっていないし、実在していたのかすら怪しいのだけれど」


「へー、そうなんですか」


「そこに住まう『オタク』という人たちについての記述もあるわ『アキハバラはヲタクの聖地』という文も」


「『オタク』?」


 ピぺの目が点になる。


「聖地。すると彼らは古代におけるシャーマンか神職のようなものだったのかな?」


「なるほど。一体どんな人たちだったのでしょう」


 オム先生が資料に書かれている説明文を読み上げる。


「この資料によると、彼ら『オタク』たちは恋人や衣食住を犠牲にし、時には『カキン』というお布施活動を熱心に行うことで『ニジゲン』へ至ろうとしたそうよ」


 オム先生が腕を組み、神妙な顔で言う。


「『ニジゲン』?」


「『モエ』に溢れた天国のようなところらしいわ」


「『ヲタク』『ニジゲン』『モエ』......分からない単語が沢山です」


 ぱちくりと瞬きを繰り返すピペ。


「つまり、彼らは今の時代でいう僧侶やシャーマンといった役目を担っていたということね」


 オム先生は隣の資料室に行くと、何やら別の資料を持ってきた。


「この文献によるとオタクたちには厳しい戒律があり、この戒律を破り恋人を作った破戒僧はリア・ジュウーと呼ばれて蔑まれ、火あぶりにされたり袋叩きにあったらしい、とあるわ」


「ひぇー、怖いです」


「まあ古代と今じゃ倫理観や価値観も違うから」


「確かオクタマの山奥の村にはヲタクたちが祈祷のために踊っていたとされる『オタゲー』という舞が今も残っていたはずよ」


「へぇー、山奥に伝わる秘伝の舞ですか! 見てみたいですー」


 僕は石版に視線を戻した。笑顔で踊るアイドルたち。アキハバラで楽しそうに過ごすオタクたち。


「凄いです。古代の暮らしは驚きに満ちています」


 ピペが弾けるような笑顔で叫んだ。


 それにしても......


 ズキリと頭が痛む。

 アキハバラ。どこかで聞いた地名のような。


「あら、この『アイドル』ピペに似てるわ」


 オム先生が資料を指さしてピペを茶化す。


「えーっ、どの辺がですか?」


「ほら、お胸が大きいところ」


「むーっ!」


 拗ねてみせるピペ。どうやら本人は胸が大きいことをあまり良く思っていないらしい。


 僕は窓の外を見つめた。

 風がヤシの木をザワザワと揺らす。

 僕の心の中でも、ザワザワと音を立てて何かが波立つような気配がした。


 古代トウキョウ文明は、どんな文明だったんだろう。どうして滅んでしまったんだろう?






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