第7話 謎の巨大建築物


「先生、見つけました! 超古代文明の証拠です!!」


 またしてもピペの叫び声が響いたのは、 仕事もそろそろひと段落といった午後の昼下がとのことだった。


「もうっ、今度は何なの?」


 オム先生がカツカツと足音を立ててやってくる。


「これです、これです」


 ピぺが手に持っているのは、三角っぽい形をした遺物だった。


「何よこれ」


「なんでしょう。祈りの儀式に使った器具でしょうか。それともこの先端部分でグリグリとツボを押して超人的なパワーを」


「馬鹿なこと言わないの」


 僕はその遺物を手に取ってみた。横にしたり、縦にしたり。初めはそれが何なのか分からなかったけど、ふとある考えが頭に浮かぶ。


「よく分からないけど、建物の模型っぽくないかな?」


 完全に勘だった。でも、それは確信に近い勘でもあった。心のどこかで、誰かがそれを「建物だ」と言っていた。


 それが誰なのかは、僕には分からないけど。


「建物、ですか。分かりました。これはピラミッドです!」


 ピペが勢い良く立ち上がる。


「え」


 僕は遺物をまじまじと見た。とてもピラミッドには見えないけど。


「もう一度よく見せて」


 もう一度縦にしたり横にしたりする。そして何の気なしにくるりとひっくり返してみると、遺物の底に文字が書かれているのに気づいた。


「『東京タワー』って書いてある」


 東京タワー。


 心の中に小さな波が立つ。

 ざわざわと、音を立てて揺れる。


「トウキョウタワーですか。これはきっと、古代のピラミッドに違いありません」

 

 ピペはあくまでピラミッド説を譲らない。オム先生は呆れたように首を振った。


「ピぺ、ピラミッドって言うのは四角錐状の巨石建造物の総称なんだけど。これはどう見ても四角錐状には見えないわ。細長すぎるわよ」


「そうですね。ピラミッドっていうより、塔?」


 僕とオム先生の言葉にピぺは口をへの字にする。


「じゃ、じゃあきっと、古代の人たちは宇宙からも見えるように、こういう巨大な建物を作って宇宙人とコンタクトを取っていたに違いありません。宇宙と交信するための電波塔です!」


 熱弁するピぺは置いておいて、僕はオム先生に尋ねた。何だか胸がどきどきする。


「この建物ってそんなに大きかったんですかね」


「さあ、分からないわ。案外小さかったりして」


 ピぺは頬を膨らませる。


「でもでも、アメリカやヨーロッパでは古い時代の巨大建造物も結構見つかってますし」


「そうなんだ。古代の人たちはどうしてそんな大きな建物を作ったんだろう」


 僕は頭の中に巨大建造物が立ち並ぶ古代の街並みを思い浮かべた。


 窓の外に広がるのどかな風景。とてもじゃないけど結びつかない。


「一時は王家の墓説もあったけど、遺骨が見つかっていないから、今では時の権力者の権力の誇示のためだと言う説が有力ね。後は神様を祭る祭祀場だったという説もあるわ」


「そうなんですか。凄いですね。昔の人が一体どうやってそんな大きなものを作ったのか」


「宇宙人が」


 ピぺが言いかけたのを遮って、オム先生は続ける。


「文献によると、古代の人たちは『シャチク』と呼ばれる人たちを長時間労働させ、大きな建物を作っていた、とあるわ」


「『シャチク』?」


「ええ。言い伝えによると『ブラック・キギョー』という悪の組織にこき使われていた奴隷のような存在のようね」


「ブラックキギョー?」


「文献によると、夜遅くまで給料も出さずに働かせたり、土日も働かせたり、自殺に追い込んだりとひどい待遇だったようね」


「怖いですね、ブラック・キギョー。残酷です」


「まあ古代ですものね。まだ人権という意識もなかったのでしょう」


 僕は石版を元の場所に戻した。


「そうやって人をこき使って大きな建物を建てていたんだね。今のハチオージの人たちはすごくのんびりして見えるのに、不思議だ」


「そういえば私、前にこんな話を聞いたことがあります」


 そう言って、ピぺは話し始めた。


「昔は、ハチオージの人たちも沢山働いていたそうです。家族を置いて沿岸部に働きに出ていたそうです」


 窓の外の海を見る。波は穏やかで青く揺らめいている。


「そうしたら海の神様が働きづめで家庭を顧みない人々に怒って、職場のある沿岸の町を次々に沈めたそうなんです。海に沈むのを免れたのは、仕事を早く終えて家に帰った人だけだったって」


「仕事よりも家庭を大切にしなさいっていう、そういう教えなのかな」


「それもありますけど、私はこの言い伝えは、大昔に実際にあったことなんじゃないかって思うんです」


「実際にあったこと?」


「ええ。実はこういう津波だとか洪水神話と言うのは世界中にあるんです。それで学者さんたちの間でも、これは実際にあったことなんじゃないかっていう意見も多くて」


「そうなんだ、おもしろいね」


 古代の人々の暮らしってどういうものだったんだろう。彼らの文明はなぜ滅びてしまったんだろう。疑問は尽きない。


「でも、きっとこの建物も、雨風にさらされたり、地震があったりして、もう影も形も無くなってるんでしょうね」


 オム先生が言うと、ピペがしょんぼりと肩を落とす。


「じゃあ、トウキョウタワーはもう無くなってるんですね?」


「恐らく。そんな目立つ形の建物があったらとっくに報告に上がってるわよ」


「そっか。発見できたらいいのにな。トウキョウタワー」


「そうだね」


 僕はカゴの中へと手を突っ込んだ。


「ん、また遺物だ」


 そこにはまたしても塔の模型のような遺物があった。


 ピぺが目を大きく見開く。


「こ、これは一体? 先生、せんせーーい!」


 ピペの持っていた遺物をくるりと裏返す。そこには『スカイツリー』と書かれていた。


 僕はため息をついた。






 その晩、僕は夢を見た。



 ――くん。



 何だろう。


 ――ジュンくん。


 誰だろう。女の人の声だ。

 どこかで聞き覚えのある、懐かしい――


 僕はその声の主を探ろうとした。

 でも辺りは霧に包まれていて、何も見えない。


 ――ジュンくん......へ行くのよ。


 やがて光が差し、朧気に女性の影が見えた。彼女は、ゆっくりとこちらへ手を伸ばす。


 え? 行く? 行くってどこへ?


 ――へ行くのよ


 静かな声。

 

「どこへ行けって言うんだ!」




 叫びながら目を覚ます。

 息を吐きながら辺りを見回す。明けきっていない夜の空気。


 背中にはびっしょりと汗をかいている。


「......夢?」


 あれは、夢......いや、あの声。あの女の人の声。僕には聞き覚えがあった。


「戻って来ているのか? 記憶が......」


 一体どうして今更......


 頭がズキズキと刺すように痛んだ。



 僕は、一体誰なんだ?

 どこから来たんだ?



 どこへ、行けばいい?


 

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