第23話 チバの地に伝わる伝説
「まあ上がんな」
白髪混じりの髪に、海の男らしい日焼け。鷹のような目付きのお爺さんが促す。
ここは船作りの名人だという船大工さんの家だ。
昨日の疲れが抜けきらないまま、お爺さんの家に上がり込む。
「お邪魔します」
「おじゃましまーす」
木でできただだっ広い玄関。
かなり古くから続く家らしく、庭には古い蔵があり、居間にはご先祖さまの写真がずらりと飾ってあった。
「船が欲しいんだって?」
「はい。出来ればこらくらいの大きさで、装備はこんな感じで予算はこれくらいで......」
所長が書面を船大工のお爺さんに手渡す。
「悪ぃが、その値段で新たに船を作るってのはちと厳しいかもな」
「えっ」
僕たちは船大工さんの言葉に絶句する。そんな、せっかくここまで来たのに!
船大工さんは続けた。
「......中古の船を修理したのでも良ければ話は別だが」
「中古! ......はい、中古でも結構です! 譲って頂けますか?」
オム先生が身を乗り出す。
「ああ、整備に一、二週間かかるが、それでもイイってんであれば」
「はい、よろしくお願いします!」
良かった、交渉はまとまったようだ。僕たちがホッとしていると、船大工さんは目をギラリとさせてこう尋ねてきた。
「それはいいとして......聞きたいんじゃが、何故あんたたちはこんな船を欲しがる? 見たところ、あんたらは船乗りには見えんが」
オム先生が、トウキョウ遺跡のことや、タカオサンの壁画のことを説明する。
船大工さんは、時折頷きながら静かにそれを聞いていた。そしてオム先生の話が終わると、ゆっくりと口を開いた。
「なるほど......実をいうと、この辺りでは昔から船や建物の残骸が流れ着くことがある」
「船や建物ですって?」
「それって......海底遺跡のものでしょうか!?」
「ですわよ、きっと!」
沸き立つ僕らに、所長はキョトンとする。
「すると、この辺りにも海底遺跡があるってことかい?」
オム先生は頷く。
「おそらく。でもこの分だと、この付近の海域はかなり海賊たちや地元の人たちに荒らされていそうね」
老人は即座に否定する。
「いや、昔からここいらの連中の間では、海は現世と死者の国とを分ける場所だと考えられていてな、この海のどこかに死者の住む都があってそこからこちらの世界に残骸が流れ着いて来るものだとされている」
「死者の住む都......」
僕は息を飲んだ。
「だから昔からの船乗りは海底で何かを見つけても勝手に取ってきたりはせん。ただ流れ着いたものを拾うだけさ」
老人は部屋の奥から、おもむろに丸い顔に大きな丸い耳が二つ付いた熊のような丸い物体を持ってきた。
「これがこの地域に代々伝わる守り神・ネズミー様だ」
「は......はあ」
僕たちはポカンと口を開けた。
老人が得意げに見せる大きな耳をした丸い置物。それは、どうやら巨大なネズミのようだ。
「それも流れ着いたものなんですか?」
「ああ。昔からここの人たちから海の守り神として信仰されているんだ」
「そうなんですか」
「ここら辺の人たちは人間は死後に『夢の国・ネズミーランド』に行けると信じているんだ」
「へえ、面白い話ね」
「竜宮城みたいなものでしょうか......」
老人は尖った屋根の城が描かれた絵を見せてくれる。
「そのようなものだね。ネズミーランドにはそれはそれは立派な城があると伝えられている。実際に海底で城を見たなんて奴もいる」
それは......海底遺跡の痕跡なのだろうか?
「ただ政府に認められた宗教じゃないから、隠れ信者も多い。そういう人たちは一見して何の変哲もないデザインの絵に『隠れネズミー』を入れてこっそり信仰しているんだよ」
「へー、面白いですね」
船大工の老人からこの地に残る沢山の伝説を沢山聞いた僕たちは、この家を出た。
「沢山お話聞けたね」
「昔、チバはラッカセイという黄金の果実が実る栄えた所だったというのは本当でしょうか」
「それから、この地には昔梨汁を出す果物神を崇拝する者がいたとか」
「この地を支配する大きな赤い犬のお話も面白かったですわ」
僕たちが老人から聞いた伝説の話で盛り上がっていると、イサームさんがやってきた。
どうやら昔の仲間との飲み会は終わったらしい。
「おっ、交渉は終わったか。せっかくだし、あんた達をハチオージまで送っていくぜ」
「ええっ、良いんですか? そんな遠くまで」
「いいってことよ。俺もハチオージまでは行ったことが無ェから一度見てみてェしよ」
船に乗り込み、大きく伸びをするイサームさん。ありがたい。
「来る時はイセハーラ経由で来たんだっけか。じゃあ今度はここから北の方向に真っ直ぐ行ってから西に抜けるルートにしてみよう」
僕はイサームさんの広げた地図を覗き見た。
「そんなに北を抜けなくてももっとこう、この辺で曲がって斜めに行けないんですか? その方が近い気がするんですが」
「そりゃ、この辺から行ければもっと近いだろうが、この辺りには岩礁地帯があるんだよ。迂闊に近づけば船が壊れちまう」
僕たちは、海図を除きこんだ。
「この場所......」
顔色を変えるピペ。
「......ピペ?」
ピペは真剣な表情で呟いた。
「その岩礁地帯って、もしかして、ニジュウサンクのある辺りじゃないですか?」
*
波の音が辺りに響いてる。
揺れる船内。僕はいつの間にか眠りについていた。
『ねぇ、覚えてる? あなたが小さい頃、ランドとシーに連れていったこと』
覚えてない。
『南房総の牧場に行ったことは? 高尾山に遠足に行ったことも、横浜や秩父へ行ったことも、覚えてない?』
覚えてないんだ。その頃、僕はとても小さくて、母さんが折角色々連れて行ってくらたのに、今ではほとんど記憶に残ってないんだ。
『でもね、これから行く――のことは忘れないで』
優しい声。母さんが僕の頭を撫でる。
『――へ行くのよ』
母さん。どこへ?
どこへ行くと言うんだ。
『大丈夫。そんなに遠くないわ。行き方は簡単よ』
簡単?
『に乗れば......』
『――に乗れば簡単に行ける』
ドクン。
心臓が低い音を立てて鳴った。
乗る?
何に。
何に乗るんだ、母さん。
ガタン......ゴトン......
揺れる体。揺れる船内。
波がが高くなってきたのだろう。
僕はうっすらと目を覚ました。
「ジュンくん、大丈夫ですか?」
「何だか凄くうなされていてよ」
ピペとヤスナが心配そうに顔を覗き込む。
額に変な汗が流れた。
「ああ、大丈夫。大丈夫だよ」
笑顔を作る。
外はいつの間にか暗くなってきている。
ここはどこだ?
僕たちは――どこへ向かってる?
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