第22話 決着は枕投げで


 ボーソーゾクの元総長・イサームさんに助けられ、僕たちは無事に島に上陸することができた。


 元総長ということで、現役のボーソーゾクさんたちが僕たちの船が攻撃されないように護衛までしてくれる気の使い具合。


 陸に上がると、イサームさんは現在の総長を呼びつけ、説教を始めた。


 何でも、昔はボーソーゾクも船に乗って速さを競ったり、潮の流れの速い難しい海域に挑んだりということをしていただけだそうなのだが、最近は一般の漁船や商船を襲う者も出てきているようで。


「若いもんにはこれからキツく言っておくんで、とりあえず今日は旅館を用意するんでそこで休んで下さい」


 総長さんから鍵を受け取る所長。


「ああ、ありがたい」


「それじゃあ、また明日」


 イサームさんが手を振る。


「あれ、イサームさんは?」


「俺はこれからコレよ」


 手でおちょこの形を作るイサームさん。どうやら昔の仲間と夜通し飲むらしい。


「じゃあ、僕たちはその旅館とやらに行ってみようか」


「もうクタクタだわ」


 ボーソ―の総長が用意してくれたのは、島で一番大きな旅館の大広間だった。


「わあ」


 障子を開けると白い砂が敷き詰められ、すすきと低い木の生えた見事な庭園、その奥に海が見えた。


「こんな広いところに泊まっていいんですね!」


 ピぺが畳の上をゴロゴロと転がる。


「こら、遊びじゃないのよ!」


 襖から布団を取り出し敷くオム先生。あれ、もしかして雑魚寝? 男女同じ部屋なのか?


「あっ、ここにユカタがありますよ!」


 ピペが押し入れの奥から白い浴衣を見つけてくる。


「それは寝巻きね。お風呂上がりに着替えましょ」


 僕はお風呂上がり、浴衣姿のピペを想像する。うん、なかなかいいんじゃないかな。


「とりあえず、風呂にでもはいるか。ここは温泉があるようだし」


「じゃ、また後で」


 風呂場の前で男女分かれる。


 海が見える露天風呂に入り、僕と所長は大きく息を吐いた。


「......いいお湯ですねぇ」


 熱いお湯に肩まで浸かる。疲れが一気に吹き飛ぶようだ。


「ああ。でももう遅いから、僕は先に上がるよ」


「もうですか?」


「ああ。僕、すぐのぼせちゃうたちなんだ」


 所長がお湯を出る。大きな露天風呂が貸切状態だ。なんて贅沢なんだろう。


「はー、幸せだなぁ」


 僕もしばらく温泉を堪能したあと、部屋に戻った。


 部屋の前まで来ると、ピペとヤスナの騒ぎ声が聞こえる。妙に騒がしいな。


「みんなもう上がったのかな?」


 大広間の扉を開けると、途端、ピペがこちらへ飛び込んでくる。


「うわっ!」


 僕は勢い余ったピペに押し倒される形となった。


「痛たたた」


「きゃーっ、ジュンくん、大丈夫ですか?」


 僕の上に乗ったまま僕の体を揺さぶるピペ。肩から襟ぐりがずり落ちる。浴衣の前が大胆にはだけ、胸元も真っ白でむちむちした太ももも丸見えだ。


「ピペ......浴衣が」


 僕が言い終わる前に、ヤスナが飛んでくる。


「まあっ、はしたない! ちゃんと紐ぐらい結びなさいな!」


 ヤスナが僕の体からピペを引っペがし、テキパキとピペの浴衣を整え始める。


「だって私、こういうの結ぶの苦手で......」


「全く、世話が焼けますわね!」


 僕はため息をついて部屋を見回した。


 オム先生が布団を綺麗に整えたはずなのに、いつの間にかぐちゃぐちゃになっている。そこかしこに転がっている枕。


「それよりこの部屋の様子は何なんだ。オム先生は?」


「オム先生はまだお風呂に入ってます」


 浴衣を整えたピペが答える。


「これはね、枕投げをしていたんだ」


 ニコニコしながら答えたのは所長だ。


「枕投げ?」


 まさか所長が二人に変なこと吹き込んだんじゃ。


「そうですわよ。ジュンもやる?」


 ヤスナが枕を構えた。


 何するんだヤスナ。ま、まさか......


「ちょ、ちょっと待......ぐわっ!」


 僕が言い終わる前に、その言葉は僕の顔に勢い良く飛んできた枕で塞がれてしまう。


「ジュンく......ぐわっ!」 


 僕を助けようとしたピぺの顔にも枕が命中する。


「ふふふっ、油断するからよ!」


 胸を張るヤスナ。


「や......やりましたねー!」


 たちまち枕の応酬が始まってしまう。飛び交う白い枕たち。


 所長がヤスナに枕を投げ返しながら解説する。


「枕投げは古代のサムライが相手の首を切り落として投げ合ったのが由来とされているんだ」


「へえ、そうだったんですか」


 身を乗り出したピぺの顔に枕が命中する。


「いや、今僕が考えた!!」


 所長があっけらかんとした顔で言う。

 何か……伝説がねつ造される瞬間を見た気が。


「こらーっ! みんな、静かにしなさい!」


 部屋の戸が勢いよく開く。


 風呂場から戻ってきたオム先生が、この乱痴気騒ぎにブチ切れる。


「所長まで何をやってるんですか! いい歳して!」


 枕でスパーンと殴られる所長。


「ははっ、やったなぁ!?」


 所長は嬉しそうにオム先生に枕を投げ返す。オム先生に枕を投げるだなんて、いくら所長と言えども命知らずな。


「明日は朝から船大工のところへ行くんだから、とっとと寝るのよ!」


「まだ眠くない!」


「子供かーーっ!!」


 オム先生の投げた枕が所長の顔にぶつかる。


「ははっ、やったなぁ! そーら」


「ぎゃーっ! 危ないじゃないの。このーっ!」


 こうして、大人たちの間で決戦の火蓋が切って落とされた。


 飛び交う枕。


「知ってるかい? 昔はこうして男女に分かれ、相手を射止めるための血で血を洗う戦いが行われていたんだ。『合コン』と言ってね」


 途中途中で所長の謎の解説が入るのを聞きながら、僕はいつの間にか眠りについていた。


 明日はようやく、船大工のところへ行くのだ。





 その日の夜中、僕は何だか胸騒ぎがして目を覚ました。


 布団を抜け出し、部屋の障子を開けると、窓から庭に出る。


 白い庭石。その奥に広がる海。

 縁側に腰掛けた僕は、じっとそれを眺めていた。


「ジュンくん」


 後ろから声をかけられる。月光のように輝く金髪。白い肌。


「ピペ。ごめん、起こしちゃった?」


「いえ、私も何だか眠れなくて」


 ピペは僕の隣に腰掛ける。


「興奮してるのかな。いよいよ船が手に入って海の中を調べられるんだと思うと緊張してるのかも」


「ジュンくん、最近やけに熱心ですもんね」


「熱心?」


「そう。遺跡の発掘に。昔はあんまり興味無さそうだったのに」


「そんなことないさ」


 波が、寄せては返す。

 どこかで秋の虫が鳴き始めた。


「最近、夢を見るんだ」


「夢?」


「誰か女の人が、僕にどこかへ行くように言ってる夢。あれは――」


 ――お母さん。


 あれはひょっとして僕のお母さんなんじゃなかろうか。僕の家族。頭の中に、断片的にだけど、優しい母親の温もりと静かな声が蘇ってくる。


 僕は息を吐いた。


「あれはもしかして、僕の過去の記憶なんじゃないかと思う」


「思い出しかけてるんですね?」


「ああ。僕の過去は、古代トウキョウ遺跡に関係してる、何となくだけどそう思うんだ」


「ジュンくんは......」


 ぎゅっと浴衣の裾を握り下を向くピペ。


「ジュンくんは、もし完全に記憶を取り戻したらどうするんですか?」


 もし記憶を完全に取り戻したら――


 どうなるのだろう。


「分からない」


 僕は答えた。


「けど、知りたいんだ。僕が、何者なのか。どこから来たのか」


「......そうですか」


 僕たちは月を見上げた。九月の空気は、まだ真夏のように暑いけど、月はどことなく寂しげな秋の色をしているように見えた。


 もし、僕がすべての記憶を取り戻したら――


 僕は、僕の知らないどこかへ、帰らなくては行けないのだろうか?


 ピぺは僕の手をがっしりと握った。


「私も手伝います!」


「ピペ」


「大丈夫です、二人一緒なら! 一緒に海底遺跡、探しましょう!」


 強い光を宿す瞳。全ての不安を吹き飛ばす青。僕は息を飲み、そして頷いた。


「......ああ。ありがとう」


 僕はピぺの手をぎゅっと握り返した。

 行けるさ。二人一緒なら、どこまでも。




『覚えてない?』



『高尾山に遠足に行ったことも、秩父へ行ったことも、覚えてない? SLを見てあんなに喜んでたじゃない。大きなカツを食べて――』


 覚えてないよ。


『横浜へ行ったことは? 中華街を歩きながら、この辺りは江戸時代までは海だったのよって話したじゃない。横浜駅も海の底だったって。覚えてない?』


 全然思い出せない。


『あんなに色々連れて行ってあげたのに、何にも覚えてないのね』


 だって小さかったから、しょうがないよ。


『そうね。もうちょっと物心ついてから連れていけば良かったわ。でも仕方ないから、――のことだけは覚えておいてほしいの』





『忘れないで欲しいの。――のことを』




 思い出せない。



 思い出せないよ、母さん。


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