第9章 グッバイ・サマー

第33話 ずっと前から

 東京に母さんを残し、僕と父さんは、喧嘩別れをするようにして別の星へと旅立った。


 僕たちの移住する星、プロキシマbは地球から約4.2光年離れた場所にあり、当時の技術では到着するのには2000年近くかかると言われていた。


 長い航海を乗り切るため、宇宙船には通称冬眠カプセルと呼ばれる肉体の冷凍保存装置が積み込まれていた。これによって、眠っている間に目的地に着くことができるようになった。


 そしてこのカプセルを使った冬眠システムに不備があった時のための保険が、通称J-システムと呼ばれる新たな仕組み。


 冬眠システムとほぼ同時期に実用化されたこのシステムは、遺伝子情報と記憶情報を登録しバックアップをとるというもの。


 もし不慮の事故で死んでしまっても、遺伝子情報によってすぐさま新しい体が作られ、バックアップとして保存しておいた記憶や人格をダウンロードすることで、新しい人生を始められるようにと考えられたシステムだ。


 こうして僕達は、冷凍保存され、時には死と再生を繰り返しながら新しい星へとたどり着いた。


 僕らはそこで、同じようにしてやってきたクラスメートやご近所さんにも再会した。


「よぉ、レンじゃねーか、久しぶり」


 聞きなれた声に振り返る。


「えっと......ショウ」


 かつてのクラスメートだった。彼は僕より少し若く、髪の毛も茶色になっていた。


「髪、染めたの?」


「いや、生まれ変わる時に、遺伝情報をちょっといじったんだ」


 誇らしげに言うショウ。

 

 かつては冬眠システムに万が一があった時のためにと開発された遺伝情報や記憶情報のバックアップシステム。


 それが今では、人々に気軽に利用されるようになっており、死ぬ前に新たな自分の体へと移るのはごく普通のことになっていた。


 「生まれ変わり」はもはや、当たり前の医療行為として見なされていた。


 それどころかショウのように、理想の自分になるために遺伝情報を変え、わざと「生まれ変わり」を果たすものまで出てきた。


 新しい星は、死んでもすぐに再生する、言わば「死のない星」になりつつあった。


 中には生まれ変わりを拒否してそのまま死ぬ者もごく少数いた。


 だが一方で、新しい命が誕生することも希にだけどあった。寿命が無くなることで出生率は大幅に低下してはいたけれど。


 そのため社会全体で見ると、不思議と人口は大きく変動することなく、均衡が保たれていた。


 新しい星には、新しい住人達によってかつての東京そっくりな街が作り上げられていた。

 皆、昔住んでいた街を恋しがり、元の街と似た場所で暮らそうとした。

 だけど僕は、どの街にも馴染めなかった。

 なぜだか分からないけど――今思えば、そこには母さんがいなかったからかもしれない。




 そんなある日、父さんが、母さんを探しに地球へ戻るといきなり言い出した。

 

 僕は荷物をまとめる父さんの背中をじっと見つめていた。


「父さん、本当に行くの?」


「ああ。母さんを探しに行く」


 父さんの腕を掴む。


「待ってよ。あれからもう何千年経ったと思ってるんだ。母さんはもうとっくに――」


 僕らがこの星についたその数年後、「大変革」が起き、海面は上がり大地は割れて海に沈んだと聞いていた。


 もはや地球は人が住めない土地になっているというのが僕たちの共通認識だった。


 そんな場所へ行こうなんて言うのは自殺行為のようなものだ。


 父さんが振り返る。


「分かってる。分かってるさ。僕だってそれぐらいの事は。でも、迎えに行かないと」


 父さんは僕の頭をくしゃりと撫でた。


「本当にその人を愛しているんなら、その手を放すべきでは無かったんだ。だから――許してくれ。僕は行くよ」


 父さん......



 僕は拳を握りしめた。


「――待って!」


 出ていこうとする父さんの腕を掴む。


「僕も行くよ。父さんはもう歳だから、地球に着くまでに死んじゃうかもしれない。そうしたら、僕が生き返らせるから」


 宇宙船の技術はこの頃には大幅に進化し、個人所有の小型の宇宙船でも、地球まで数十年足らずで行けるようになっていた。


 だけど、父さんがその間に死んでしまうとも限らない。一人より二人の方が安全だ。


 それに僕も地球が見てみたかった。

 地球は今、どうなっているだろう?


 頭の中で、何度も声がフラッシュバックする。


『覚えていてほしいの。東京のことを』


『忘れないでほしいの――二人で新宿に行ったことを』





 そうして僕たち二人は、無事水の惑星・地球へと戻ってきた。

 でも、この記憶が正しいとすると、謎はまだ残っている。






「ジュン、ジュン! 朝よ!!」



 ドンドンドンドン。


 甲高い女の子の声とノックの音に飛び起きる。


 窓の外を見ると、海の上にはキラキラと朝日が輝いていた。


「――朝だ!」


 僕は急いで着替えを済ませると、ドアを開けた。



「もうっ、遅いですわ、ジュン!」


 揺れるツインテール。そこには腰に手をあて、不機嫌そうに立っているヤスナがいた。


「ごめん、ちょっと変な夢を見てて」


「もうっ、またですの?」


「ごめんごめん」


 二人で職場に向かう。




 あれから三ヶ月たった。


 ピペからは、故郷に無事着いたと手紙が届いた。どうやら元気でやっているみたいだ。


 ヤスナは、無賃乗船で少し罰金を払ったくらいで特に罪には問われなかったらしい。


 僕も、特に誘拐犯として捕まることも無く、オム先生に少し怒られたぐらい。


 ピペと共に飛翔船で新宿を見たあの日が嘘のように、僕はまたいつもの日常に戻ってきていた。


「はあ……」


 遺物をノートに記録する手を止め、伸びをする。


 何をしていても、思い出されるのはピぺの笑顔と、二人で過ごした楽しい日々だ。


「少しは休憩したら?」


 ヤスナがお茶を持ってきてくれる。


「ああ、ありがとう」


 ため息をつく僕に、ヤスナは呆れたように言い放つ。


「全く、辛気臭い顔してるんじゃないわよ」


「うん、ごめん」


 僕は自分の仕事が好きだと思っていた。毎日職場に来るのが楽しかった。


 この海も、この空も、ハチオージの景色も、どれもみんな信じられないくらい輝いていて、全てが美しかった。


 でも今は、どの仕事も、どの景色も、前ほどには輝いていて見えない。まるで、太陽を失ってしまったみたいだ。


「アンタはもう、本当に......」


 ヤスナが額に手を当て首を振る。


「本当に?」


「......何でもないですわよ」


 ヤスナがぷい、と横を向く。


「あの子はきっとまたすぐ戻ってくるわ」


 そう言って僕の肩に手を置いたのはオム先生だ。


「......はい」


 オム先生は信じている。ピペが戻ってくるのを。あんなにピペの宇宙人好きを馬鹿にしていたのに、いざ居なくなると寂しいんだろうな。


 でも本当だろうか。そんなにすぐ会えるんだろうか。


 僕たちは、あまりにも遠く離れてしまった。もう一生会えないんじゃないだろうか。


 そしてピぺのいない暮らしにも慣れてピぺのいない風景にも慣れて、やがて僕はほとんどピぺを思い出さなくなる。


 そうなった時のことを考えると――僕はたまらなく寂しくなった。


 おかしい。思い出せなくなるのには、慣れているはずなのに。


 頭を振って弱気な思考を追い出す。


 そうだ。悩むのはやめだ。もっと別のことを考えよう。


 例えば――僕の過去にはまだ謎がいくつか残っている。


 宇宙に移民した僕と父さんは「母さんを迎えにいく」と言って地球に戻った。


 だけど、何故ここに父さんはいない?

 何で僕だけが、ハチオージに流れ着いたんだ?





「おっ、やってるねー」


 そこへひょっこりとドアから顔を出したのは所長だ。


「はい。どうしたんですか? 急に」


 所長はもったいぶったように笑う。


「いや、所長室を整理してたら面白いものが見つかってね」


 所長が僕に渡したのは、一枚の封筒だった。


「これは……」


 手紙、だろうか?


「後で読んでみるといい。もしかして、無くした君の記憶の手がかりになるかもしれないよ?」


 不敵に笑う所長。何なんだ?

 この手紙が、僕の記憶と関係がある?


 


 仕事が終わると、僕は夕日の差し込む浜辺に出て、封筒を開けた。


 中に入っていたのは一枚の写真。


 真ん中にはどこかで見覚えのある黒髪の男性。それからその右隣に立つ金髪で髭を生やした男性――少し若いけど前の所長、ピぺのお父さんだ。そして左隣には黒髪の小さな男の子。


 頭痛がした。

 割れるように頭が痛い。


「これは......僕?」


 きっとそうだ。所長だってこれが僕だと思ったからこそこれを渡したんだろうし、間違いないだろう。


「これは……この黒髪の男の子は僕だ。僕はやっぱり父さんと一緒に地球に来ていたんだ......」


 だけど――何で死んだはずのピペのお父さんと一緒に?


 激しい頭痛。


 おもちゃ箱の一番奥に取り残されていた、パズルの欠片が色を取戻し始める――





「うわあああっ!」


 揺れる機内。まるでシェイクされた瓶の中にいるみたいだ。


 長い旅を終え、ようやく地球に辿り着いた――そう思ったのに、こんな所で宇宙船が故障するなんて!


 回転しながら落下していく宇宙船。

 僕は必死で座席に掴まりながらも、眼前に広がる青い海に目をやる。美しく広がる珊瑚礁。


「しっかり捕まってろよ、レン!」


 父さんの声にハッと壁の取手に掴まる。


「海に不時着する!」


「海に!?」


 そして宇宙船は急降下し――それからしばらくして、宇宙船は近くの砂浜に打ち上げられた。



 ザザ......ザザ......


 寄せては返すメロディ。潮の香り。

 聞き覚えのある音。これは、海?


「――レン、レン!」


 父さんの声で目を覚ます。どうやら気絶していたようだ。


「ここは......」


「分からない。どこかの島だろうか? 座標によるとハワイの近くらしい。こんな所に島は無いはずなんだが......」


「とりあえず外に出てみる?」


 僕は窓の外を見た。

 外は夜で真っ暗だったが、すぐ近くに灯りが見えた。もしかして家だろうか。この島には、人が住んでいる?


 地球は大変革が起き、人が住めない惑星になったんじゃ無かったのか?


 周囲を見渡す。どうも波の音がすると思ったら、ハッチが開いていたようだ。

 僕は外に出ようとしたが、父さんはそれを制止した。


「父さんが先に行く。お前はここで待ってなさい」


「う......うん」

 

 父さんがハッチを開け出ていく。僕はその様子を窓から見ていた。


 しばらく外の様子を見ていると、目の前の家から小さな人影が出てきた。


 小さな金髪女の子だ。僕は咄嗟に女の子へ手を振った。


 大きな丸い目が僕を見つけ、ビックリしたように見開かれる。蒼い目だ。珊瑚礁のように美しい、海のように深く優しい瞳。


 少女は最初は戸惑ったようだが、やがておずおずとこちらへ手を振り返した。


 おそらくこちらの姿が同い年くらいの少年に見えたから安心したのだろう。僕はここに着く前に一度、生まれ変っていたから。


 だがその途端、女の子は後ろから髭を生やした父親らしき男に抱き抱えられてしまう。


「×××――!」


 女の子が自分を指指しながら何かを叫ぶ。


 その時には何を言っているのか分からなかった。


 でも、今なら分かる。女の子は「ピペ」と言っていた。


 自己紹介をしていたのだ。初めて会った宇宙人に、自分の名前を教えたかったのだ。



 あの女の子は、ピペだ。



 胸に熱いものがこみ上げる。




 ――どうしてそんなに宇宙人が好きなの?


 ――実は私、宇宙人を見たことがあるんです。ある日夜空を見上げていたら、空から宇宙船が墜落してきて、中から宇宙人が出てきたんです。



 そうだったのか。あの時ピペが見たのは、僕と、僕のお父さんだったんだ。



 僕らはずっと昔に、すでに出会っていたんだ。


 






 

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