第34話 宇宙人に攫われた少年


 僕は、ずっと前からピペと出会っていた。

 ピペが宇宙人が好きなのは、僕のせいだった。


 そんな奇跡のような事があるなんて――胸が苦しくなって、叫びだしたくなった。


「そうだったんだ......」


 震える手。高鳴る心臓の鼓動を抑えながら、僕は写真に添えられた手紙を読んだ。




 ‟やあ、ヤザット。元気かい?


 あの日、砂浜に不時着した僕を助けてくれたこと、僕を匿ってくれたこと、非常に感謝している。


 実は今、ここ東京に眠る遺跡を調査するため八王子に拠点を置き発掘作業をしたいという計画を立てているんだ。


 研究所の名前はもう決まってる。「ハチオージ研究所」シンプルなほうが、覚えやすくていいだろう?


 息子は東京の光景に絶望し、元居た場所に帰ろうと頑張っているが、僕はこの場所に骨を埋める覚悟だ。


 もしよければ、君にも是非調査チームに加わってほしい。


 一緒に過去の文明がどんなものだったのか、その目で確かめよう”




 ハチオージ研究所。



 そうか。ここハチオージ研究所は僕の父さんとピぺのお父さんが作ったものだったんだ。







「現地人らしき男と話をしてきた」


 父さんが宇宙船に戻ってくる。手にはパンやハムの入った袋を持っていた。


「話ができるの?」


「いや、英語で話かけてみたんだが、どうもここの言語は英語では無いようだ。英語と似たような語彙もあるし、響きからしてスペイン語かポルトガル語かとも思ったが、それも違うようだ。よく分からない。南太平洋の言語かも」


 うんうん唸って考え出す父さん。


「でもともかく、食べ物が貰えて良かったね」


「ああ。友好的な人たちのようで良かった。何とかここで宇宙船を直して、日本へ行こう」


「うん」


 僕は目の前の家をチラリと見た。


 それから僕たちを助けてくれた男――ピペのお父さんは宇宙船を、家の離れにある彼のガレージへ隠し、僕たちは彼に匿われて過ごすこととなった。


 僕たちの存在は、彼の家族にすら内緒だった。


 そして徐々に互いの言葉を学び、打ち解けた僕たちは、一緒に八王子へ行き、ハチオージ研究所を設立することとなる。





「見ただろ、父さん。東京はもう殆どが海の底だ。プロキシマbへ帰ろう」


 僕は父さんに詰め寄った。

 だが、父さんは首を横に振る。


「いや、僕はここに留まる。ここに残って、海の底に沈んだ東京の遺跡を発掘したいんだ」


「父さん! いくら遺跡を発掘したって、昔の街も死んだ人も戻ってきやしないんだ。こんな所にいたって、無駄だよ。生まれ変わりもできないし、死んでしまうだけだよ」


 父さんは、静かに僕を見据える。


「僕はこの星でやるべき事を見つけた。ここに骨を埋めるつもりだ」


「父さん......!」


「聞いてくれ、レン。例え僕が死んでしまっても、僕には息子であるお前がいる。だから大丈夫だ。お前がいる限り、僕は死なない。お前の中に僕の意思は受け継がれると信じている。だから――」


 父の決心は硬く、僕は諦めるしかなかった。


「分かったよ。僕は一人で帰る」



 僕は、一人で星に帰ることにした。

 宇宙船は無事地球を離れ、宇宙空間を漂う。


 地球からは、断続的に父さんからのメッセージが送られて来ていた。


『元気でやってるか。研究所の立ち上げは上手くいったよ』


『今スタッフを集めているところだ』


『近くの大学と提携することにした』



 だがある日、プツリと連絡が途絶えた。



『飛翔船でヤザットと新宿を見に行くよ』



 最後のメッセージがそれだった。


 恐らく距離が離れすぎたためだろう。機械が壊れたのかも。技術的に届く範囲を超えたのかも知らない。そう、考えようとした。


 だけど、妙な胸騒ぎがあった。


「父さん......!」



 僕は地球へと引き返した。そして――





「......そうだったんだ」


 色々なことを思い出した。色々なことが分かった。


 僕は震える手でペンを持った。


 僕たちが最初に不時着したのはカクヨ・ムー大陸だったということ。


 僕たちはピペの父さんに助けられたこと。


 ピペの父さんと僕の父さんが一緒にハチオージ研究所を立ち上げたこと。



 そして、僕らは小さい頃既に出会っていたこと。


 僕はその事を手紙に書いて、ピぺに知らせようとした。


 だけど興奮して、手が震える。上手く書けない。言葉にできない。嬉しかった。ずっと前から僕たちは繋がっていたんだ。そう思うと。


 僕は鉛筆を置いた。


 大丈夫。ピぺはきっと戻ってくる。

 その時に、直接伝えよう。

 この喜びを、二人で分かち合うんだ。


 

 ピペはきっと、戻ってくるから。








 ピぺが帰国してから一年がたった。



 机の上では、ピぺから届いた手紙が潮風を受けて揺れている。


 元々しゃべる言葉は流暢だったけど、向こうでニホン語の読み書きも勉強したのか、書く方も随分上手くなってる。


 日々進化するピぺのニホン語の手紙。綴られる向こうでの日々。そこに記された内容によると、ピぺは大学に進学し、考古学を学んでいるそうだ。


「ピぺ......頑張ったんだな」


 それに比べて僕は何だ? 毎日何もせずただ無為に過ごして。ピペはあんなにも頑張って走り続けて――前はあんなに近くにいたのに、いつの間にか僕の遥か先を走っている。


 ピペはどんどん遠い存在になっていく。せめてその背中だけは見失わないようにと思うのに。


 そんな訳で、実はピペにも内緒だけど、僕は最近カクヨム語を勉強し始めていた。


 まだまだ初級だけど、辞書を使えば大抵のものは読めるようになった。


 七夕の日、ピぺが短冊に『ジュンくんとずっと一緒にいれますように』と書いたことも。


 僕は机の隅に置いてあるブリキ缶を手に取った。これは、一年分の給料を貯めた貯金箱だ。


 この一年貯めたお金を使って、僕はもうすぐピペに会いに行く。

 その日は七月七日にしようと、もうすでに決めていた。



 ピペ、君に会って早く伝えたい。


 僕たちが、ずっと前から出会ってるんだってことを。


 “もしかしてあなた――宇宙人に攫われたんじゃないですか?”



 そう、あの日ピペが最初に言ったことは見事に当たってた。


 僕は向こうの星で生まれ変わりを繰り返した。別の星で生まれた、立派な宇宙人だ。


 でもそれは、地球人から見ての話。僕らからしたら、地球人だって――ピペだって立派な宇宙人だ。


 ピぺ、僕は君に伝えたい。


 あの浜辺で君と出会ったとき、会ったことがないはずなのに、どこか懐かしいと感じた。太陽みたいにくっきりと輝いて、周りと違う、特別な存在に見えた。


 今思えば、あの瞬間から、僕は君に心を攫われていた。


 ピぺ――僕の宇宙人。


 僕はきっと、初めて会ったときからずっと君のことが好きだったんだ。


 例え織姫と彦星のように離れ離れになってしまっても、ずっとこの思いは変わらない。きっと、ずっと――






 

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