第5章 船を手に入れろ!

第21話 発足! 海底探査チーム


 頭の奥で、懐かしい女性の声がした。


『――へ行くのよ』


 ――誰だ? 行くって? どこへ?

 声は続ける。


『そんなに遠くないわ、大丈夫』


『ジュンくん、――へ行くのよ。』


 肝心な所が聞き取れない。


 ――一体、どこへ行けと言うんだ!?







 ――ハッ。


 目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドだった。


 動悸が収まらない。頭も刺すように痛い。


 僕は今、重要な夢を見ていた気がする。


「か......あさ......ん」


 頬に違和感を覚え、指でなぞる。

 そこには、涙の後が残っていた。



 母さん......? 僕には、母さんがいた?





 ピペが勢いよくカレンダーをめくる。


「九月ですー!」


 今日から九月だ。暦の上では秋。でも、秋だろうと何だろうと、ここハチオージは変わりなく暑い。


 あれからピぺはヤスナに「研究所に来てもいいけど作業を邪魔しないように」という風に言った。


 そんなこともあって、ヤスナが研究所に来る回数は徐々に減っていった……かと思われた。



「ヤスナですわ。これから週二回ここでアルバイトをすることになりました。みなさん、仲良くしてくださいね」


 ヤスナが笑顔で挨拶する。


 巻き起こる拍手。唖然とする僕とピペ。


「こ、ここで働くんですか」


「ええそうよ」


 ヤスナはフン、と鼻で笑うと胸を張った。



「あの......何度も言ってるけど僕は許嫁とかそういうのは」


「分かってますわ。でも、友だちからそういう関係に発展する可能性はまだ残されています」


 ヤスナはチラリとピペを見た。


「飛翔船のレースには負けましたけど、今度は負けません!」


 ピペは眉間に皺を寄せる。


「ムムッ......」


「ムムムッ......!?」


 僕はため息をついた。


「ピペと友だちになるんじゃなかったの?」


「ええ。でも、友だち同士で好敵手になることは別におかしくはありませんわ。むしろその方が燃えるもの」


 そういうものなのかな......よく分からない。



「こんちゃーす!」


 タグチがいつものようにカゴを持ってやってくる。そしてヤスナを見ると、びっくりした顔で僕に耳打ちする。


「なんだ、あの高飛車女、ここで働くことになったのか」


「ああ。そうみたいだ」


 高飛車女って......。僕が苦笑いすると、ヤスナがタグチをじろりと睨む。


「ええ。私、元々泳ぎは得意でしたから、ここで働くために潜水の資格も取りましたの。貴方よりずっと役に立ちますわ!」


「何だってー? あのなあ、ここでは船もないし、海底の調査なんかまだ全然してないんだからな。そんなもん持ってても役に立たねーよ!」


「何ですって!?」


「まあまあ、二人とも」


 僕が二人の間に割って入ると、そこへ所長がやってきた。


 ドアからひょっこりと顔を出し、僕たちを呼ぶ所長。


「ちょっといいかい? ピペにジュン、それからヤスナ。三人はちょっとこっちへ来てくれ」


 僕たちは顔を見合わせた。



 所長の後について事務室に入ると、そこには腕組みをしたオム先生がいた。


「お疲れ様です」

「どうなさったんですか?」


 すると所長が勿体ぶった笑みを浮かべる。


「フフフ......オム先生から聞いたよ。君たち、海底を調べたいんだって? 実は、船を手に入れる算段がついてね」


 もったいぶったように笑う所長。


「船ですか」


「やったあ!」


 これで海底に沈んだ遺跡を調べられる!


「というわけでみんな、海底探査のための船を買いに行くぞ!」


 大げさな仕草でポーズをとる所長。

 僕らは顔を見合わせると、ワンテンポ遅れてこぶしを上げた。


「……おー」


 オム先生が険しい顔をする。


「買いに行くって、どこに?」


 僕たちは再び顔を見合わせた。




 聞けば、海底探査のための装備を備えた最新の船を作ってくれる職人さんがボーソー島という島にいるのだという。


「ボーソー島?」


「ここからトウキョウ湾を超えた先にある島よ」


「じゃあ、そこまで船で向かうんですか?」


「ああ」


 僕とオム先生、ピぺ、ヤスナ、そして所長の五人は港への道すがら、そんな話をする。


 透明度が高い海の水は青く輝いていて、小さな魚たちが泳いでいるのが見える。触るとひんやりと心地いい。


「あ、船長さんがいたわ。すみませーん」


 オム先生が年配の漁師さんに声をかける。


 だけど漁師さんと話しているオム先生の表情は冴えない。もしかして駄目なのだろうか?


「困ったことになったわ」


「どうしたんですか?」


「どうやら今、ボーソー島には海賊が出るらしいの」


「カイゾク!」

「カイゾク!?」


 ヤスナは肩を震わせて怖がる。ピぺは何だかワクワクしてした様子だ。


「ピぺ、なんだか楽しそうだね」

「だって海賊ですよ?」


「だからイセハラの辺りまでは行く予定があるから乗せていってくれるけど、そこから先は自分たちで船を確保しなさいって」


 僕は地図を広げた。イセハラからボーソー島にはかなり距離があるように見える。


「何ということかしら。船を作りに行く船を探さなくちゃいけないなんて、困りましたわ」


 ヤスナが肩をすくめる。


 オム先生は眉間にしわを刻みながら所長に尋ねた。


「わざわざボーソーに行けなくても、イセハラやハコネあたりまで行けば船が見つかるかもしれないんじゃない?」


「うん、ただの船ならね。でも、これから行くボーソーにいる船大工さんは、何やら海底を探査できるすごい装置を開発したらしくてさ」


「へぇ、そうなの」


「凄いです!」


 そんな話をしながらら僕たちは漁師のおじさんの小さな帆船に乗り込んだ。


「わー、いい風!」


「本当だわ」


 しばらく船で走っていると、港が見えてきた。イセハラだ。その奥には、そびえ立つ巨大な山々が見えた。海と山の距離が凄く近い。


「ありがとうございましたー」

「さよならー」


 漁師さんにはここで別れを告げる。

 そして僕たちは、イセハラの港町でボーソー島まで船を出してくれる人を探し始めた。


「せっかくだからオダワラまで行ってういろうでも買って行きましょうよ!」


 ピペの言葉にオム先生は呆れ顔をする。


「そんな暇はないわよ。早いとこ船を出してくれる人を探しましょ」


 僕たちは、手分けして船を出してくれる人を探し回った。だが皆海賊を怖がって船を出してくれない。


「やっぱり駄目ね。この辺の人たちは皆海賊を怖がってる」


 漁師さんたちと交渉にあたっていたオム先生が肩を落とす。


「このおまんじゅう美味しいですねー」


「ピペ、私にもひと口下さいな」


「えー、嫌です」


「ケチですわね。あんなに沢山食べて、まだ足りないんですの?」


「私は沢山食べたいんですー!」


 ピペとヤスナはまた何だか揉めてるし。全くもう。


 しばらくして所長が戻ってくる。


「とりあえずミウラ島まで船を出してくれる人は見つかった。そこから先はミウラ島で船を出してくれる人を探そう」


「しょうがないわね」


 肩を落とすオム先生。僕は地図を広げた。


「ミウラ島ですか……かなり小さいですね」


「でも漁師さんくらいは住んでいるんじゃないかしら?」


「でも宿とかは無さそうですわよね。もう遅いですし、野宿なんてことになったらどうしましょう」


 そう言いつつ、少しうれしそうなヤスナ。今までお嬢様のヤスナはこんな冒険をしたことなどなかったのだろう。


「でもせっかくだから、ミウラ島まで行ってみましょう」


「ああ」


 そんなわけで、僕たちは再び漁船に乗り換え、ミウラ島まで向かうことになった。


 流石に皆疲れてきたのか口数は少ない。

 島に着いた頃には、すでに日も傾き、僕たちはヘロヘロになりながら上陸した。

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