第25話 中央線と山手線


 珊瑚が揺れ、クマミノが顔を出す。悠々とマンタが泳いでいくその先に、遥か遠く、海面から僅かに射し込んだ光を受けて輝く物体。


 ピペが海底を指さし頷く。水の中なので会話は交わせないが、何を言いたいかはすぐに分かった。


 階段だった。緑色に苔むした石が垂直に積み上がって並んでいる。泳ぎながら階段を登っていく。


 上ってみると一段一段どれも同じ大きさで規則的に並んでいる。僕くらいの身長の人間が上ると歩幅がぴったり合う。どうやってこんな階段を昔の人が作ったんだろう。


 階段を上がると、上には広場のようなスペースがあった。

 ここは何らかの宗教施設だったのだろうか? それとも、公園のような場所だったのだろうか。


 そして僕たちは、一通り遺跡の周りを泳いで見て回ったあと、十五分ほどして陸に上がった。


「ありましたね......遺跡が!」



それから僕たちはポイントを変えて何度も海に潜った。


 とは言っても、闇雲に潜った訳ではなく、

音波探査の結果と聞き取り調査の結果、古地図とを照らし合わせて潜るポイントを何ヶ所かに候補を絞り、順番に潜ったのだ。


 中には最初みたいに何も無かったり、水が濁っていたりして思ったように探査が進まないこともあった。


 だけれども、僕らは着実に23区に――目的地近づきつつあった。


 そして、初めての海底遺跡探索から二週間後には、僕たちは三つの新たな遺跡を見つけていた。






「この前見つかった遺跡がここ。そして、次に見つかったのがここ」


 オム先生が地図と睨めっこしながら眉間に皺を寄せるた。


 古地図と照らし合わせ、遺跡の場所に青い鉛筆で丸をつける。


「よしっ、決まったわ。この遺跡は『クニタチ遺跡』こっちは『ムサシコガネイ遺跡』これが『キチジョウジ遺跡』よ」


「おおー」


 自然と拍手が零れる。僕たちが新たに発見した三つの海底遺跡の名前が決まった瞬間だった。


 僕は地図をじっと見つめた。


「ジュン、どうしたんですの?」


 ヤスナも横から地図を除きこんでくる。


「あ、いや、この地図を見ると、この三つの遺跡って真っ直ぐ線のように並んでるなぁ、って思って」


 ピぺが腕を組んで考え出す。


「確かにミステリアスです......謎の直線。これはもしや、古代の暗号なのでは!?」


 オム先生はパシリとピペの頭を地図で叩いた。


「馬鹿言わないの。古地図をよく見て。ここに線が引かれてるでしょ? 私が思うにこれは道路よ。道路沿いに町が発展する。何もおかしくないわ」


 僕は地図を覗き込んだ。そこには「中央本線」と書かれている。道路? 本当にそうだろうか。


「こんなに長い道路があったんですのね。ハチオージも通ってますし、タカオサンにも繋がってましてよ」


「オム先生、じゃあこの『駅』っていうのは」


 僕が国立駅を指さすと、オム先生は頷いた。


「駅っていう字はね、馬に尺って書くの。これは馬をつなぐ場所を現しているといわれているわ」


 オム先生はノートにサラサラと「駅」という文字を書いてみせる。


「馬をつなぐ場所、ですか」


「ええ。つまり馬を乗り継ぐ為に用意された所、宿場のような場所だと言われているわ」


「古代には、こんなに宿場があったんですのね」


 ピペが地図を指さす。


「じゃあ、この丸い円はなんですか?」


 地図には、都心部に何か円のようなものが書かれている。


 オム先生は地図を一瞥する。


「ああ、ヤマノテセンね」


「ヤマノテセン?」


「ここにそう書いてあるわ」


「それって何ですの?」


 それを見たヤスナが首を傾げる。


「きっとミステリーサークルですよ! 宇宙船が発着の為に使ったんです!」


 興奮するピぺに、オム先生はピシャリと言う。


「そんなわけないでしょ」


「じゃあ呪術的な記号……魔法陣ですね!」


「いい加減にしなさい。これも道よ」


「絶対道じゃありませんって。この人工的な形、絶対何か呪術的な意味がありますって!」


「あのねぇ」


「でも岩礁地帯の場所とも微妙に重なってますし、偶然とは思えません!」


 そんなやり取りの横で、僕は地図をじっと見つめた。


 ――ズキン。


 また頭痛だ。

 声がこだまする。




 ――に


 ――に乗れば真っ直ぐ着くわ......




 ――に乗って行くのよ。






「……先生」


「どうしたの、ジュン」


 僕は言った。


「このチュウオウセンに沿って街を調べていくというのはどうでしょうか?」






『――に行くのよ』


 夢の中で女性の声がした。


 ――母さん。


 続いて、小さな子供の声。


『母さん、どうして――なの?』


 白い頬。長い黒髪の女性――母さんは答える。


『八王子から中央線に乗れば真っ直ぐ着くから』


――中央線? 真っ直ぐ? 何のことだ?





 待って! どこへ......僕はどこへ行けばいいんだ!?


 

『八王子からなら、中央線に乗れば真っ直ぐ着くから』



 ――真っ直ぐ着く? 一体どこへ?


 母さんは、柔らかく微笑む。


『......ジュクに』





『新宿に行くのよ』




 新宿。




 そうか。


「そういう事か。新宿......」



 新宿。そこが僕の旅の目的地だったのだ。

 間違いない。なんだか凄く腑に落ちた。

 


 ......いや、待てよ。まさか


 僕はそこである事実に思い当たった。

 最初にシャワーを浴びていた時に聞いた謎の声。


 ――ジュンくん。


 僕の名前だと思っていたけど、それは勘違いだったんだ。



 ――ジュンくん......に行くのよ


 ではなく


 ――シンジュクに行くのよ



 だったのだ。


 僕は初めから覚えていた。全てを失ってもそれだけは覚えていた。

 母さんの声は、初めから新宿と言っていたのだ。


 僕は初めから目的地を知っていたんだ。


「ははは......」


 乾いた笑いしか出ない。


「......新宿、そこに何が」


 僕は誰なんだ? どこから来た? 僕はなぜ、新宿を目指していたんだ?


 早く......早く確かめたい!

 新宿で一体何が待っているんだ......!?




「ピペ、ピペ!」


 僕はピペの部屋のドアを力任せに叩いた。


「ふぁ~どうしたんですか、ジュンくんまだ早......」


 パジャマ姿のピペが出てくる。僕はそんな寝癖だらけの頭のピペを思わず抱きしめた。


「......ジュ、ジュンくん!?」


「新宿だ!」


「へ!?」


 訳が分からないと言った顔のピペ。


 僕はピペから体を離すとギュッと両腕を掴んだ。


「思い出したんだ。新宿に行けば全てが分かる! 行こう、一緒に!!」


 最初は焦点の合わない目をしていたピペだったが、僕の言葉を飲み込むにつれ、表情が変わり、口元が引き締まる。


「......はい!」


 力強く頷くピペ。


 行こう。二人で。


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