反省をしたらそれをきちんと今後に活かしましょう。

 義経が撃たれた。しかも、狙撃で。それの意味が分からない与一ではなかった。自身が狙撃を担う立場であるが故に。それ故に与一の名を授かった立場であるからして。分かったが故に「やめろ」と叫び、分かったが故に言葉が無駄になることを知っていた。


「クソッ、これだからここは嫌だと……!」


 元々はサナトリウムであったこの建物、当然ながら「防衛」などというものは立地概念としてある訳がない。窓の外に広がる美しい開けた風景は即ち、十二分に広い射角を得られるという事実の裏返しだ。しかも眼前には山。自分がここを襲撃するなら必ずあの山に潜る。なけなしの外壁など何の意味があるのか。まだ街中にある現本部の方がマシだ。あそこなら周辺に建物がある。こんな、何もない開けたような場所ではない。狙って下さいと言わんばかりの。

 入院病棟であった建物から渡り廊下を抜け、隣の増設した建物へと走る。向かう先は倉庫だ。勿論、武器を探しに。途中で家康とすれ違う。これでもかと銃火器類を搭載できるだけ搭載していた。台車まで用意して、そいつの上にも山盛りだ。


「与一も、取りに来たのか」

「ああ。人数が足りないからな、自分でやるしか無い」


 そうだ。もうこんなところまで追い込まれてしまったのだ。どうせなんとかなるだろう、誰かがやるだろう、どうにかするだろうと他人任せにしてだらけていた結果。当然の帰結。このままこの環境が続くはずだと、盤石だと、きっとそうに違いないと思っていたのは間違いだった。そんなのは願望でしかなく、そのためには持続させる努力を怠ってはならなかったのだ。

 この組にいるから。大きな組織に所属しているから。他の連中もいるから。そうやって幾つもの言い訳を重ねて、努力しない理由を探して、その結果がこれだ。

 もうこうなったら他の連中などどうでもいい。自分自身でなんとかしなければなるまい。


 倉庫の中はそこそこに広くなっていた。生き残り達が皆めいめいに武器を手にしているのだからこうもなろう。狙撃銃を手に取った者は居なかったようで、欲しかった物は全部そこにあった。安堵と、少しだけの落胆。部下達に自分と同じものを求める気はないが、求めたい欲があるのは否定しない。

 正直に言ってしまえば趣味でやっていたようなものだったが、役には立った。だからこそ幹部にまでなれた。だが今になって感じるこの孤独感は何だ。孤独感などを感じているというのなら、今まで自分が求めているのは何だったのか。

 本当に、自分は一体、何を積み重ねてきたのだろう。一体、何を。


 ふと、手が止まった。この孤独感の正体を、ぼんやりとではあるが掴みかけたからだ。この進退窮まった状態でたった一人、戦う準備をしているというこの状況が、己の精神に思った以上の負荷を掛けている。家康のようにもっと早く動いていれば良かったのだろうか。いや、それはただ「早く動いていれば家康は一緒に戦ってくれたかもしれない」という淡い期待だ。あのクソ真面目な男はたった一人で警告し続けていたのに、動き続けていたのに、この局面でついに他の連中全員を見限った。仕方あるまい、それでも家康はまだここで戦う気だ。律儀、なのだろう。仁義とも言えるか。

 自分はただ死にたくないだけだ。自分を突き動かすものは恐怖、それだけ。今まで自分が狙う側であったくせに、いざ狙われる側に立つとこのザマか。そうだ。怖い。己が振るってきたものをそのまま返されるということが、こんなにも怖いものだったとは。この歳で。この立場で。こんな感情に振り回されるなんて。

 いや、しかし。その力が何であるか分かって振るっていたからこそ、恐怖を覚えるのだろう。報いを受ける、なんて気持ちの悪い言葉が頭をよぎって、与一は苦虫を噛み潰したような顔になった。


 恐怖心を拭うには、その根源を取り去るのが一番だ。だからこそ今ここで準備をしているのではないか。大丈夫だ。いける。まだ間に合う。まだ間に合


 心の中でひたすらに呟き続けていた慰めの言葉が、予想外の音によって途切れた。間の抜けた顔で振り向けば、倉庫のドアが開いていた。武装した見慣れぬ男がいた。

 頭の片隅で警告が響く。大きな音を立ててドアを開いた事自体が、既に罠なのだと理性の部分が叫んでいるのに振り向いた。瞬時に距離を詰めてくる侵入者。息が、詰まる。ぞわり、と、悪寒が背中を駆け上がってゆく。その悪寒が心理的なものや何かの比喩ではなく、実際に何者かが背後に回り込んだが故の感覚だと気付く頃には遅かった。二人、居たのだ。敵が。侵入してきた奴が。ここに。この倉庫に。挟まれた。二人に。


「You're Fired!」


 からかうように、後ろから囁かれた。鋭く鈍い衝撃と痛みが首筋に走って、がくりと、急激に頭を揺さぶられる。ぐっ、と呼吸が詰まる。視界が白く、白く、沈む。意識が、闇に沈む。



 敵幹部と思わしき人物は、たった一人でそこにいた。延髄に拳銃の銃床を遠慮なく叩き付けてやれば、あっさりと倒れてくれる。そうして英治は、シースからナイフを取り出した。

 保の方は銃剣を既に着剣済みであるので、倒れた男の体を仰向けにひっくり返してから胸郭へと押し当てた。銃剣が肋骨の隙間を縫って胸郭を刺し貫くのと、ナイフで丁寧に首を割くのはほぼ同時だった。


「おし、できた」

「良さそうなのがあったら頂いてから、次行こか」


 十鬼懸組幹部『与一』の人生はこうやって、実にあっさりと終わった。





 大きな爆発音が響いた。振り向く。音がしたのは倉庫の方角だ。


「与一……!」


 呼んだ、と言うよりは呻いた、と表現する方がより正しいだろう。家康はそんな声を出した。

 どうする、そこまで敵は侵入してきている。戻るべきか? いや、もうこの距離ではどうしようもあるまい。元来の目的を果たすべきだろう。家康はそう信じて、振り向くのをやめた。


 後悔している暇はない。何とかしなければならない。自分を拾い上げてくれた信長に報いるためにも。今までここに居続けたのもそのためだ、そのためだけに居続けたのだ。

 何もかもを失って、残った己の命すら捨ててしまおうとした時に現れたのが信長だった。だから、己の命は信長のものなのだ。本当は他の幹部のことなどどうでもいい。信長のために組織を維持し、信長のために金を稼ぎ、信長のために生きてきた。信長が倒れた後も万全の態勢を敷いた。あとは彼が目覚めてくれるのを待つだけだった。

 どうしてこうなった? 何が悪かった? やれることを精一杯やってきただけなのに。

 いや、やりきれていなかったのだろう。精一杯やった、などという甘い言葉で自分を誤魔化していただけなのだろう。本当に組織のことを考えているのだったら、もっと周囲と協力すべきだったのだ。内部の腐食を放置してはいけなかったのだ。膨れ上がるだけ膨れ上がった組織を、人数を、自意識を、いっそのことある程度は削るくらいのことをするべきだったのだ。

 この十鬼懸組は、膨らむだけ膨らんで、もう元の色さえ分からなくなってしまった風船だ。破裂するのも時間の問題だった。やるべきは空気を抜くことであって、伸び切ったゴム風船の補修ではなかった。


 だが、今ここでやるべきはうじうじとした反省などではない。自分を自分で責めることによって得られる内罰的な安堵感に浸っている場合ではないのだ。


 音が、聞こえる。現場に近い。まずは表玄関で暴れている奴等を何とかする。あいつらを信長の下まで行かせる訳にはいかない。何が何でも阻止しなければ。


 家康のとりとめもない思考はここで途切れた。


 外から聞こえていた音が、酷く近くにまで寄ってきた。突然だった。軋むタイヤの音、窓の外、夜明けの薄暗がりの中、目が合った、喰らう者の瞳。暗い暗い、50口径の銃口。



「菊之丞、右ィ!」


 廊下の気配を察した千鶴が、運転席の菊之丞に指示を飛ばして母屋に接近させ、窓越しに重機関銃の掃射を食らわせる。窓ガラスが砕け散り、その向こうの壁に真っ赤な前衛芸術を描き出した。ほんの数秒の出来事だった。


「盛り上がってきたじゃねェか! さあ、もっと来い! まだ足りねェ!」


 ピックアップトラックの荷台で千鶴が吠える。12.7x99mmの死をばら撒きながら。



 十鬼懸組幹部、残り五名。

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