経験をフルに活かせる職場です。
旧本部建物の正面を見据える形で、二人、小さな山の中腹に身を潜めている。
「な、言ったろ? お前は計器読んでるだけでいいってさ」
鉄男は軽く言い放ち、一旦顔を横に向けて笑顔を見せた。
「ま、まあ、それは分かるんだけどよぉ……」
横で口を尖らせるのは吹雪だ。そう、狙撃を行ったのは二郎ではなかった。直に伯を救出しに行きたいと言い出した二郎に対し、自ら狙撃班を買って出たのが鉄男であったのだ。
「なんか意外だな、アンタが狙撃とかできるなんてさ」
「昔取った杵柄ってな。やれることが多いに越したこたぁねえさ……お前もベンキョーしとけ」
吹雪は不満そうな顔付き。だが、内心では鉄男の能力に舌を巻いていた。何をやらせてもそつなくこなす。なんて相手に喧嘩を売っていたのかと、吹雪は少しだけ冷や汗をかいた。
「どうせしばらくは、最前線には出させてもらえねぇんだし」
「え」
「バッカ吹雪、お前なあ、分かってなかったのかよ? 内心で『俺だって現場に出向いて暴れたかった』とか『なんで鉄男のサポートなんぞせにゃならんのか』とか思ってんだろ」
「う」
「三回もやらかしたお前へのペナルティだよ、こりゃ。ここでおとなしく見てろってこったな」
軽く言いつつ、もう鉄男の意識はスコープの向こう側へ向いてしまっている。
「それにしても寒ィな、クソッ、俺は寒いのキライなんだよ……美少女は暖かいお部屋でお紅茶飲んでアップルパイ食べたいわー」
「誰が美少女なんだおいテメー」
「俺。黒沢鉄男」
「頭カチ割ってカステラ詰め直してやろうか! ったく、貴士の苦労も分かるってなもんだ」
「あれ、吹雪さあ、貴士のこと呼びつけに戻したんだ?」
微妙な変化を聞き逃さない鉄男。そう、最初のうちは呼びつけ、会社に慣れてきた頃にはさん付けになっていたはずだ。それがまた、呼びつけになっている。
「……そうだよ。悪ィか」
「別に」
鉄男にとってはどうという話題ではなかった。だが、吹雪の中には何かが渦巻いていた。その流れに、自分で気付かなかっただけで。
「それより、わんわんチームの動きを見逃すなよ?」
「分かってらあッ!」
正式にはコールサイン・シェパード01と02だ。陽動班である千鶴・菊之丞組が表で暴れている間に、この後方突入チーム二つが外壁を破壊し、内部への侵入に成功していた。
二郎、禅、貴士のシェパード01は向かって左側、特徴的な形をしている「母屋」から突入。上から見れば歪な台形をしており、中庭を取り囲む形だ。
二郎はおそろしく冷静であった。焦りがあるだろうに、そのような気配を一切見せない。淡々と突破し、クリアし、地道に確実にそれを繰り返す。しかも、速い。
だが、禅も貴士も分かっていた。そもそも、彼が突入チームに入っている事自体が全てだと。
「……いた」
口の中だけでごく小さく呟いて、二郎は暗闇へと銃口を向ける。禅や貴士からすれば何も見えないところへ突如発砲したようにしか思えなかったが、呻き声と倒れる音が後から聞こえてきて、彼の判断が間違っていなかったことを証明する。
「アレが見えているのですか、二郎さん」
「まあな。お前さん方は両方共眼鏡だろ、仕方ないさ」
しかし、それだけでは説明しきれないのが実情である。眼鏡を掛けていない人間が同じチームだったとしても、同様の感想を抱いただろう。
経験値と、皮膚感覚と、狙撃手として研ぎ澄まされていった視力と、聴力、そして何より、殺意だ。これら全てが重なって、二郎の索敵能力は凄まじいものになっていた。
故に。奥の方からやってくる気配に、彼が迷わず銃口を向けたのも当然と言えた。しかし。
「……二郎、さん」
聞き覚えのある、か細い声。暗闇の向こうから、確かに聞こえるその声は。
「伯……なのか?」
よろけながら、壁に手を這わせて歩いてくる少年の姿。羽織った学ランは破け、ところどころに血が滲んでいる。可視領域にまで歩いてきた彼は、二郎の顔を確認すると弱々しい笑顔を見せた。
「助けに、来て、くれたんですね」
そのまま駆け寄ろうとしたが、未だ向けられたままの銃口がそれを阻む。二郎の殺意は減退していない。
「二郎さん……」
「大丈夫、分かってる」
それどころか、殺意は目に見えるほど膨れ上がってゆく。トリガーに指が掛かったのだ。
「伯はどこだ、言え」
「え……」
「言わんのか」
躊躇いもせず撃った。相手も咄嗟に通路脇へ身を潜め、直撃を喰らうことだけは避けた。
「じ、二郎さん、なんで」
「お前が伯の兄弟とやらか」
余計な言葉を繰る時間すら惜しい。二郎は最低限しか喋らない。
「伯の居場所を言わんのなら殺す。言うのなら、生かしてやる。言え」
数秒待つ。返答はない。今度は通路の角ギリギリを狙って撃った。銃弾が壁面の角を掠め、壁紙とモルタルを穿った。
「クソッ、どうして分かった!」
「分からない訳がないだろう。それより、それでこちらを騙せると思った貴様の方が疑問だ」
馬脚を現した叔に冷たい言葉を浴びせ掛ける。舌打ちとともに去ってゆく気配を追うことはせず、二郎はそのまま見送った。
「……泳がせた。トレースはできているか」
『そりゃもうバッチリさね。そいつを追うのはこっちでやるから、オーバーウォッチの連中は今まで通りでよろしゅう』
インカムからみどりの返答。実は、既にみどりから警告が飛んでいたのだ。曰く「学校の制服に仕込んだ発信機の、二つのうち一つだけが移動している」と。それに対する返答が「分かってる」であった。警告など飛ばさなくとも、十分に分かっている。判別がつく。先程の人物は、伯の目付きではなかった。
オーバーウォッチこと山腹の監視・狙撃班からの返答を待って、二郎達は動き出す。殺意はより膨れ上がる。
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