ご要望を承りました。

『シェパード01、そろそろだ。近いよ』


 インカムからみどりの声。母屋の三階に到達した二郎、禅、貴士の三人は緊張を漲らせる。


『799、800共に同じ部屋にいる。どうする、他の部屋は』

「全てクリアする方針に代わりはない。端から行く」

『はいよ。まあ、ひん剥かれてる可能性もあるしね。ブッキー、鳥さんでよく見てあげて。できる範囲でいいから』

『へーい了解』


 鳥さん、などとふざけた呼称だが、実際は小型無人偵察機のことを指している。彼等は事前にそれを飛ばしており、制御は吹雪へと丸投げ状態であった。

 ならば、と禅が黙って部屋のドアを親指で指差す。廊下を挟んで左側、方角で言えば西。外側の方に面している部屋のはずだ。残念ながらフラッシュバンは品切れだ。階下の方に随分と戦力が集まっていたから仕方ないと言えば仕方ない。

 ご結構な厚さが予想される立派な扉。防音仕様か何かなのだろうか。だが鍵部分を破壊してしまえば良いだけの話である。一階や二階でもやったように、禅がショットガンで吹っ飛ばす。そして鈍重な扉を開け、突入した。


 妙に湿った空気がこもっていた。部屋の中央にキングサイズのベッド。ご丁寧に天蓋までついている。ベッドの上に複数の人間。

 突入した三人は思わず息を呑んだ。ベッドの真ん中に横たわる、メイド服を着た少女。いや、少年だ。長いワンピースのスカート部分を捲り上げられ、下着は剥かれている。顕になった肌の所々に痣。ミミズ腫れ。鞭打たれた痕。そして、白濁した粘液。

 

 虚空を見つめる瞳から、幾筋も流れる涙。その顔は、あまりにも伯に似ていた。


 思わず名を呼びそうになり、やはり彼も伯ではないことに二郎は気付く。伯は確かに小柄で細身だが、きちんと筋肉はついている。だが眼の前にいる少年はまるで少女のような体付きだ。

 この場にみどりがいたのなら、更にこんな情報も得られたはずだ。彼の男性器は年齢を考慮しても縮小しすぎている。男性ホルモンの減少傾向だ。無理矢理に女性ホルモンを打たれているか、それとも、精嚢あたりを必要以上に刺激させられたか。俗っぽい言い方をすれば、メスとして調教されたということだ。

 そこまで分からなくとも、この状況を見さえすれば誰でも認識する。彼が理不尽に犯されているということ。

 少年の横には複数の男。ベッドの脇にも人間がいる。こちらは女性も含まれており、やはり随分と虚ろな目をしていた。こちらは目の焦点が合っていなかったり、眼球が細かく痙攣している。薬物の過剰投与。ありとあらゆる穴を犯され、汚され、人としての心などとうの昔に失って、ただの暖かい肉と化したモノ。


 乱交。狂乱の宴。そのための部屋だ。ご丁寧に扉も壁も防音仕様。一方的な欲望を満たすためだけの、そんな部屋だ。


 凍りついた空気を真っ先に破ったのは、二郎ではなく、貴士だった。


「……お前、伯の兄弟とやらか」


 いつもより低い声だった。視線は真っ直ぐに少年を見つめている。まるで、他の人間に用はないとでも言わんばかりに。

 首がゆるゆると動く。貴士と目が合う。強い視線がぶつかってきて、虚無に満ちた彼の瞳が僅かに揺らいだ。


「お前はどうしたい」


 他の誰でもない、貴士は彼だけに言葉を投げかけていた。真っ当な一つの人格として扱われなかった彼に、こんなにも熱を持って問い掛けたのはもしかしたら、貴士が初めてであったかもしれない。


「選べ。お前自身が、お前自身の心で選べ。他の人間のことなんて考えるな。お前が選んでいい」


 この部屋にいる人間全てが、貴士に気圧されて動けずにいる。


「お前は、どうしたい?」


 力なく投げ出された手が、シーツを掴む。千切れそうなほどに。気怠さが残る体を、全身の力を振り絞って起こす。真っ直ぐに向き合わなければならない、そうしたいと、彼が願ったからだ。

 それを分かったからこそ、貴士は待った。震える腕を支えにして、彼が上半身を起こし、顔を向けるまで待った。顔面にかけられた精液を腕で乱暴に拭い、少年は向かい合う。


「……して、くれ」


 枯れてはいたが、鈴の音を鳴らすような美しい声だった。その声には、煮え立つような怒りが込められていた。


「……みんな……ここにいる、こいつら全員……一人残らず、殺してくれ!」


 その目には憎しみが燃えていた。必死になって押し込め、己で心を殺して噴出させまいとしていた憎悪。それがようやく、今この瞬間、初めて言葉という形を得て外に飛び出した。


「仲、貴様、何を言って」

「分かった。お前の望み、叶えてやる」


 横で喚く男の言葉を無視して、貴士は銃火器をしまい、携えた愛刀『紀州光片守長政』の柄を握る。仲と呼ばれた少年の横にいる男達を睥睨して、浮かべるのは肉食獣のような笑みだった。


「下着を穿け、それくらいは許してやる。この世を去る時の姿が素っ裸ってのも格好がつかないだろ? で、その隅に置いてある刀を取れ。全力をぶつけてこい。その上で……完膚なきまでに、殺してやる」

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