頼りになる先輩社員もいますので安心です。

「ほい次」

「あいよ」


 まるで簡単な作業でもしているかのようだ。


「お、助かった」

「おう」


 簡単な作業。二人でこなす、簡単なお仕事。何せ一人じゃないから実際楽だ。


「いけるな」

「もういっちょ」


 血飛沫。断末魔。切り裂かれる肉の感触。


 貴士と鉄男の周辺に、鮮血が飛び散る。当たり前のように敵が倒れる。薙ぎ倒される。場所は大きな部屋。何の部屋だかいまいち見当がつかない。ただ分かるのは、敵がわんさかいるということだけ。

 思った以上にいる。とんでもない人海戦術だ。確かに大規模な組織だとは聞いていたが、それにしたって雑魚が居過ぎではなかろうか。


「うひゃー、いっぱいいるゥー! ウッヒョー!」

「いっぱいつったって限度あるだろ、なんだこりゃあ。鉄男もさあ、呑気に喜んでる場合じゃねぇぞ。あ、後ろから来てる」

「オメーそれあと二秒早く言えよなぁ、なんでその二秒を短縮できねぇんだよ」

「うるせえテメェうるせえ、うっせえよ、でも一応謝っとくわ。すまんすまん」


 背後から撃とうとした男の首筋をカランビットで抉って、器用に吹き出す血を避ける鉄男。その出来たての死体を蹴って敵の群れへ吹っ飛ばす。一瞬怯む数名の敵。死体に気を取られているうちに、貴士が背後に回り込んでいる。敵の柔らかい脇腹が刀で斬り裂かれ、血と内蔵が飛び出す。断末魔に意識が引っ張られる、だが次の瞬間にはそいつ自身が脇腹を斬られている。


「これさあ、いつになったら途切れるんだ? キリねぇぞ」

「俺が知るかってんだよ! 貴士さ、偵察行って来いや。あとどれくらいで終わりますか? ってちょっと聞いてこいよ」

「誰に聞くんだよ」

「ここの偉い人」

「この包囲網突破して?」

「やればできるゥ!」

「オメーがやれや!」


 実際、絶え間なく多人数と対峙しているだけに体力の消耗は否めない。軽口を叩きながら、二人は内心で包囲網の突破を真面目に考え始めた。

 が、その時。包囲網の外側から、悲鳴が聞こえてくる。


「あ?」

「何だ?」


 二人揃って悲鳴が聞こえた方向に首を向ける。悲鳴。悲鳴。また悲鳴。何か振り回す音。悲鳴。悲痛な叫びに、周辺を取り囲んでいる敵達でさえ動きを止めた。

 どす、と何かが刺さる音。悲鳴。鋭い刃物の類ではない、もっと鈍い音。そいつはゆっくりとだが着実に、こちらへと接近してきている。声も聞こえる。


「少数を取り囲んだからと言って、それで油断するというのはどうかな。その外から敵が来ないとは限らないだろう? 反社会勢力なんて言う組織に属しているのなら、もっと緊張感を持たないと」


 まるで説教だ。いや、言い聞かせているようにも思える。


「人間なんて簡単に死ぬんだし、よもや暴力団なんて周りは敵だらけだろう? 警戒心が足りないのは良くないな。次からはもっと外側にも気を付けるといい。来世は頑張っていこうな」


 淡々と教えてくれる。次なんてもうないのに。返答は全て断末魔の悲鳴。


「おい鉄男、これって」

「だよな貴士、なあ」


 顔を見合わせて、聞こえてくる声の主が誰だか確信を得る。


菊兄きくにいだ!」


 包囲網を外側から食い破って現れたのは、スラリと背の高い、アンダーリムの眼鏡を掛けた男だった。二人と同じ制服をかっちりと着込んでいる。涼し気な顔とは裏腹に、その手に持ったバールには夥しい血と肉片がこびりついていた。制服にも返り血が飛び、冷徹極まりなさそうな顔も汚れている。勿論、血で。

 大滝菊之丞おおたききくのじょう、彼も日々谷警備保障・夜勤組の一人だ。


「二人とも大丈夫か」

「おうさ!」

「菊兄、なんでここに」

「みどりさんから、こっちに直行しろと言われたんだ。自分は絶対に行きたくないから、夜勤組全員で行けって」

「……あぁー、みどりさんかぁ」

「あの人らしいやなぁ」


 定時で帰りたい、が口癖の事務員を思い浮かべ、三人は溜息をついた。定時に帰るためなら手段を選ばないだろう、あの人なら。


「とりあえず、こいつらをなんとかしよう。千鶴もこっちに来ているんだろ? 早く片付けないと大変なことになるぞ」


 普通に喋りながら、菊之丞はバールを両手に持ち全力で振る。直角に曲がった先端部分が、今まさに襲いかかろうとしていた男の顔面中央に突き刺さった。肉と、鼻の軟骨と、頭蓋骨の内部が潰れる音。さらにはバールが突き刺さったまま、外しもせずに再び振りかぶる。男の体ごと。思い切り敵に叩き付けると、ぶつけられた敵の頭部もひしゃげるのが見えた。


「にしても、なんで菊兄バールよ、バール」

「菊兄さ、自分の車の中に色々積んでたっしょ? 移動武器庫じゃん」

「何言ってるんだ二人とも、バールはいいぞ。便利だぞ。災害時に役立つぞ。非力な人でも倒壊した壁や柱を動かせるぞ。何百キロもする物だって動かせるんだぞ。一家に一本は欲しい便利アイテムだぞ。ほれこの通り」


 今度は胸郭にバールを突き刺した死体をぶん投げる。吹っ飛んだ死体がぶつかり、ボウリングのピンのように押し寄せる敵達が倒れる。


「いや、それは菊兄のパワーが尋常じゃないだけであって」

「千鶴には負けるよ」

「千鶴さんと比べちゃダメェ!」

「……そうだ、千鶴と言えば」


 バールで相手の股間を情け容赦なく潰して、それから、菊之丞は二人に向き直る。


「そろそろマズいんじゃないのか?」

「「…………うわー!」」


 何がマズいのか。二人はすぐに悟り、絶叫した。

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