夜勤組も合流し始めたようです。
力任せに振り回したスレッジハンマーが相手の頭蓋骨を砕いて、内部の大脳を潰す。そのまま壁に叩き付けられ、白い壁に脳漿と血で絵画を作り出す。
壁にめり込んだハンマーを力任せに引き抜いて、その勢いのまま今度は後ろへ振る。背後に気配があったからだ。予想通りにハンマーは背後から襲撃を試みた男の肩を砕いた。
千鶴は黙って仕事をこなす。倒れた男の頭にハンマーを振り下ろし、潰れた感触を確認してからもう一度丁寧に胸郭も叩き潰した。
横から殺気。ハンマーよりも先に足が出る。思い切り真横に蹴り飛ばしただけだが、千鶴の判断と行動は圧倒的に早く、相手は避けることも出来ずに吹き飛ばされた。間髪入れずにハンマーを投擲。頭部に直撃。
あまりの惨劇と速さに、一瞬怯んだ奴がいる。千鶴がそれを見逃すはずがない。瞬時に距離を詰めると左手で相手の胸倉を掴んだ。引き寄せつつ、右手は拳を形作っている。全力で殴る。頬骨が折れ、脛骨が奇妙な方向に曲がる。
一撃で息絶えた相手を放り投げて、千鶴は呑気にスレッジハンマーを回収しに行く。
随分と血と肉と脳漿で汚れてしまっている。会社の備品を勝手に失敬してしまったので、後で洗って返さねばなるまい。いっその事、ホームセンターで新しいものを買った方が早いだろうか。
とまあ、ふんわりとそんなことを考えているうちに敵増援がやってくる。非常にありがたいな、と千鶴は密かに感謝した。ここで待っていれば勝手に敵がやってくる。戦闘は続行できる。サービス至れり尽くせりだ。
「よし、じゃあ、次は素手でやるか」
せっかく回収したハンマーを結局は壁に立てかけて、コートごと腕まくりをし、千鶴は笑顔を見せた。とてもではないが、爽やかとか、にこやかとか、そこら辺の笑い方ではなかった。
「新しいやり方を考えなくっちゃな。さて、どうしようか」
つい先日、冗談交じりでリンゴを握り潰したことを思い出す。アレを体のどこかで出来ないものだろうか。肉の方が柔らかい訳だし、骨はどうしようか、部位を選べば上手いこと折れるのでは?
とりあえず、手近な位置にいた男の頭を鷲掴んだ。頭蓋骨は流石に難しいが、顔面ならどうかな。そうだ、鼻なら軟骨がある程度だったっけ。鼻、取ってみようか。
ぎゃあぎゃあ喚いてうるさいので、腹に一発膝を入れて黙らせる。さて、上手くできるかな? 綺麗に毟り取れるかな?
爪を立てた時点で汚い絶叫が飛び出たが、これは無視。爪を立てて裂けた皮膚から、さらに食い込ませてゆくと思った以上に入る感触。これはいけそうだ。そのまま入るところまで爪を食い込ませると、鼻部分を掴んで引っ張る。流石に生の肉であるのですぐにとは行かないが、それでも皮膚や筋繊維がぶちぶちと音を立てて千切れ、見事に鼻を千切り取ることが出来た。おおまかにイメージ通りの出来で満足。
ここで邪魔が入る。誰かが銃を撃ってきた。構えた時点で分かっていたので避ければ済むだけの話だが、折角上手にできたのに水を差されて苛立った。
鼻を千切った男は放り投げて、銃を撃ってきた男に歩み寄る。
「邪魔をするな」
トリガーを引こうとするが遅い。千鶴からすれば遅すぎる位だ。銃を持った手ごと掴み、銃身を顔面に叩きつける。ぴぎゃ、なんて不思議な悲鳴を上げて倒れたので、そいつから銃を奪って頭と胸郭に各二発づつ撃ち返してやる。
「……あ、素手じゃなかった」
いけない、自分で定めた方向性を破ってしまった。しかもあまり良い銃ではない。メンテナンスをしていない。トリガーを引く感触がやけにギシギシしていた。
それでも、トリガーを引くのを止めない。腹が立ったので全弾撃ちこんでやった。弾を本人に返却しているのだから構わないだろう。
「よし、仕切り直しだ。残りのお前らは全員、素手」
狂気じみた光景をつぶさに見てしまった構成員は慄き、後から駆けつけた構成員はそれを知らぬ故に部屋へと殺到する。残念ながら彼等に逃げ場は無い。
「おーい、千鶴ちゃーんどこ行ったーぁ、おーい」
名を呼びながらのんびり歩く英治。正直に言ってしまえば、半ば諦め気味ではある。何せ千鶴は通信用のインカムを付けていない。付けていたとしても電源を入れていない。
仕方がないので、大方片付けてから探すしかなかろう。自ずと場所の選択肢も狭まるだろうし。
と思いつつ、それでもひとつひとつ部屋のドアを開けて確認する。突然の乱入者に驚く暴力団構成員の皆さんは丁寧に殺す。それはもう丁寧に。マチェットで薙ぎ、喉も裂いて、絶命したことを確認しながら。
そんなことを数部屋分も繰り返していれば、私物であるマチェットにすっかり血と脂がまわって刃も鈍くなる。つい力が入って骨まで刃が食い込んでしまうものだから、刃毀れもしているのだろう。
「砥石ないかな、砥石……台所にならあるか?」
本気ではないが、砥石があったら少しくらいは研ぎたい。荒砥だけでもやりたい。包丁用のダイヤモンドシャープナーでもこの際構わない。
社を出る前に禅から見せてもらった間取り図を思い出す。台所はあったはずだ。可能性に賭けてみたい。それに、ここは暴力団の本拠地なのだから日本刀を持っている奴だっているはずだ。いるのなら、刀を研ぐための道具だってあるはずだ。
「……いやあ、怪しいか。期待しない方が安牌か」
突入してから痛烈に思うのは、この暴力団のあまりの杜撰さ。統制が取れていないのは仕方ないとしても、武器は適当、戦力も適当、何もかもが中途半端。数が多い、母数がデカいから一般市民に対しては強気に出ることができるのだろうが、それにしたって弱すぎやしないだろうか?
などと考えつつ、台所に到達する。中には誰もいなかった。
「砥石、砥石はありますかーっと……とーいーしー」
流しの下の戸棚を開けて見てみるが、戸のポケットに包丁があるだけであとはザルやらボウルやら。しゃがみ込んで奥まで覗き込む。
と、その時。台所の入口から甲高い奇声が聞こえた。
咄嗟に包丁を取り、振り向きざまに投げつける。今度は「ぐえ」なんて奇声が聞こえて、ヤクザの女と思わしき中年女性が倒れた。包丁は見事に喉へ深々と突き刺さっている。
英治は何でもないような顔で砥石探しを続ける。しかしどうにも見つからない。何故だろうと首を傾げて、ああそうだ、駄目になったら買い替えているのではないかと思い至った。
「物は大切に! 畜生、どうすっかな。諦めるか」
と言いつつ、戸のポケット部分にあった包丁数本を全て取り出した。ついでに引き出しも漁り、果物ナイフを見つけ出す。果物ナイフの簡素な鞘を外すと、その安物加減に辟易した。もっと金ならあるだろうに。もうちょっとまともなものだって買えるだろうに。
ふう、と溜息をついて果物ナイフを投げつけた。出入り口から顔を出したヤクザの眼窩に突き刺さった。
「やっぱ包丁の方が重いから安定する?」
自分で疑問提示しながら、ひょいひょいと残りの包丁も投げてしまう。包丁は全て綺麗に真っ直ぐ飛んでゆくと、出入り口から現れるヤクザ達に次々と突き刺さり致命傷を与えた。
さて、飛び道具は無くなった。マチェットで頑張るか、と流しの横に置いた得物を手に取る英治。ふと、流し場のすりガラス窓を見やった。背後には敵が迫りつつあるというのに。
「やっべ」
そして、大慌てで避けた。間髪入れず、窓ガラスが盛大に割れた。割れた原因は外から放たれたショットガンだ。
「夜分遅く失礼しまーす!」
やたら元気な挨拶。外から無理矢理に侵入してくる一人の男。
「お邪魔します! 日々谷警備保障です! 地域の安全を守るため参上いたしました!」
髪を後ろに流し、少し童顔気味の顔付き。一見すれば穏やかそうな優男。満面の笑顔。右手にはショットガン、肩からスリングで下げたサブマシンガン。中に入るなり、迷いもせずにサブマシンガンを腰だめに構えた。
「つまらないものですが、どうぞお受け取りいただければ幸いです!」
そのまま真正面に放つ。台所の狭い出入り口に殺到していたヤクザ達が、次々とばら撒かれる銃弾の餌食になった。
「保ぅ、入ってくる時は一言くれよぉ」
「ごっめーん、次から気を付けるから許して」
ウインクひとつ返されて、英治は「仕方ないなぁ」と簡単に許してしまった。
この男の名前は
「あれ、夜勤組も合流なのか?」
「うん。事務所に行く前にさ、みどりさんから連絡が入って。他の連中も来るよ」
「あ、じゃあもしかして聞いてない? 社長がさ、月の決算前だから弾ばら撒くなって言ってたの……怒られるぞぉ」
「……聞いてなぁい……まことにー……?」
「まことでござる、ニンニン」
保は盛大に溜息をつき、制服のネクタイを緩めた。
「やっばいよ、火器しか持ってきてない」
「誰かから借りるしかないな」
「だよねぇ。誰か何か持ってないかな」
その「誰か」とは身内ではなく命を奪われた敵であり、保は容赦なく死体漁りを始めた。それほど時間も経たぬうちに、保が「うっひょ」と奇妙な声を上げる。
「見て! 英治ちゃん見てぇ! この下着!」
何をやっているのかと思えば、台所に来て英治が一番最初に倒した女のスカートを捲り上げているではないか。
「この、いかにも極道の女です、って感じの人なのにやたら可愛い下着! ピンク! そんでフリル! このギャップ!」
「たーもーつーぅ、なぁにやっとるかぁ」
「ガーターベルトもお揃いのピンク! 気合入ってるよなぁ」
「気合……?」
「で、太腿にこれよ」
しゃがんだ状態から掲げてみせたのは、随分立派なサバイバルナイフだった。
「ガーターはこれをつけるための補助だね。にしても付け慣れてないな。きつくしすぎて太腿に痕がガッツリついてる」
太腿から外したナイフシースにサバイバルナイフを収めると、保は立ち上がり女の死体を見下ろす。
「もしかしたら、今回の集結に疑問を抱いている奴、いるかもしれないな。この人みたいにさ」
保はいつも変態一歩手前、いや、その領域に足を踏み入れているような行動を取るが、そいつの根拠は大半が冷徹な視線によるものである。
倒れた遺体の太腿に妙な凹凸があるので真っ先にめくってみれば大当たり。慣れぬ装備を付け、過剰な武器を持つ。警戒心の現れだ。
女なら安易にスカートの下へ武器を隠そうとするだろう、しかし武器を隠すためにはそれなりの準備が必要であるし、普通のスカートでは難しい。ロングスカートなら良いというものでもない。
武器類はやはりそれなりのカサがあるし、カサがないものならばもっと他の隠し場所がある。例えば、襟の裏やネクタイの後ろに隠す専用の小型ナイフであるとか。だがこの女は仰々しいサバイバルナイフを選んだ。刀身を見たところほとんど使用感はない。
スカートの下にパニエを仕込むほどの手間を掛けたくなかったのか、それともただ単に知らなかったのか、ぼんやりとしたイメージだけで太腿に付けたのか、死んでしまった今となっては分からない。
慣れていない、その一言に尽きる。だが警戒心はあった。本人の考えによるものか、それとも、どこかからの入れ知恵か。
女なんてものは無駄に横の広がりがあるものだ。無駄に。
「今回のって禅ちゃんがお膳立てしたんだっけか」
「ああ。あいつのことだから、わざと炙り出そうとしてるのかもしれんな」
「ナルホド。威瀬会系、だっけ。他にもいるんでしょ、組が」
「いるぞー。でかいのが」
保の顔付きが怖ろしいほどに鋭さを増した。
「馬鹿ばっかじゃないってことだね。狼煙にするつもり、か」
保は言葉を削り落として喋る。誰が、何のために、どのようにして。
過剰な言葉を繰るかと思えば、時々、こんな風に言葉少なになる。
「……まあいっかぁ。武器もいいのあったし、これでなんとかなるっしょ! お仕事がんばるぞい!」
大ぶりのサバイバルナイフを掲げてガッツポーズ、しかも可愛らしい感じで。
「そうだ、お仕事がんばろう。がんばってお賃金貰おう」
「おーう! おちんぎん! いっぱいほしいの!」
折角収めたナイフを引き抜いて、保はいい笑顔を浮かべた。
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