勤務の様子はこのような感じです。

 その日の夜。日々谷警備保障、と書かれたワゴンが道をひた走っていた。中には四人。

 ハンドルを握るのは鉄男で、鼻歌など歌いながら呑気なものだ。助手席には貴士がいて、煙草を咥えていた。後部座席には英治と千鶴。

 禅は先に述べた通り、鉄男と貴士が『やらかした』仕事の後処理でこの場にはいない。さすがに事務員のみどりも現場には出ず、この四人での対応となった。


「銃弾ばらまいちゃダメって、社長も厳しいよな」


 貴士がぼやく。月の決算直前であるから、計算を面倒臭くするなと社長から直々のお達しがあったのだ。


「盛大にやらなければいいんでしょ。もしくはアレだ、計算しやすい数に収めればいいんだ」


 英治がへらへらと笑いながら言う。念のためと言いながら車に色々と積み込んでいる姿を、ここにいる全員が見ている。


「一応は持ってきてるし」


 後から言い訳のように呟いて、タオルで巻いた何か長いものを撫でた。そのタオルだってとりあえず巻きました程度で、柄の部分まではカバーしきれていない。

 しかし、それなりに隠そうとしている英治の方がまだマシだった。隣りに座っている千鶴はスレッジハンマーを弄っているし、助手席の貴士に至っては日本刀を所持。運転席の鉄男も使い慣れた道具を持ってきている。

 ノリとしては『仕事のために普段使っているノートパソコンを持ってきた』程度だ。



 しばらく走って到着したのは、いかにも豪勢な建物の前。ご立派なやたら大きい門があり、普段は閉まっているであろうシャッターがこの日に限って開いたままになっている。出入りが激しいからなのだろう。

 中には随分と人がいるようで、気配が漏れてきている。禅が仕込んだ手筈通り、天誠組の構成員が片っ端から集まっているからだ。


 鉄男が路上に車を停めると、真っ先に出たのは千鶴だ。スレッジハンマーを片手に玄関まで行くと、ごく普通にチャイムのボタンを押した。マイクに向かって「すまん、遅くなった」と告げる。

 人が小走りに駆けてくる音がして、すぐにドアが開いた。開けたのはいかにもヤクザといった風体の男だ。

 男は千鶴を見て顔をしかめた。見覚えのない人間だったから。しかも制服姿だ。警察のように見えなくもないが服の色が明らかに違う。黒のスラックスに紺色のシャツ、上に黒いダブルのロングコートを引っ掛けただけ。それに何より、目つきが違った。カタギの人間がこんな目をしていたら、それはもう末法の世であるに違いない。

 そこまで考えたのは、ごく短い時間だった。数瞬の出来事であった。千鶴の姿を認識した次の瞬間にはもう、目の前にスレッジハンマーが迫っていた。

 間髪入れずのフルスイング。金属製のヘッド部分が男の顔面を潰し、やたら広い玄関の向こう側まで吹き飛ばす。千鶴は追う。土足のまま中へ駆け上がり、倒れた男の胸郭を全力で踏み抜いた。肋骨が何本か折れる、実に嫌な音が聞こえる。

 すかさず、片手でスレッジハンマーを横に振る。廊下から駆けてきた他の男の喉仏にヘッドが直撃。潰れた蛙のように奇妙な声を出して倒れる。


「うっひゃあ、千鶴ちゃん速いって」


 英治が巻いたタオルを外しながら後を追う。タオルに隠されていたのは、重量感のあるマチェットだった。しかし英治はそいつを定規の如くに扱う。小学生男児が長い定規で遊ぶ、そんな程度の気軽さで。

 玄関口へ小走りに駆けると、騒ぎを聞きつけてやってきた下っ端共と目が合った。ヤクザお決まりの聞き取りにくい恫喝を完全に無視して、その開いた口元へと水平にマチェットを薙ぐ。マチェットは開かれた口角を左右同時に切り裂き、上顎骨と下顎骨の関節部分をも砕いて、首の骨にぶつかりようやく止まった。相手の胴体を蹴り飛ばすことによってマチェットを無理矢理に外し、一瞬恐れ慄いた別の男の胸郭へ突き刺す。肋骨の隙間を縫って。


「うおーい、千鶴ちゃ……おいどこ行った、おい」


 廊下に転がる、体のどこかしらを潰されたヤクザの遺体。ああこれはまずい、興が乗っちまうぞ・・・・・・・・。どうしようもなくなる前に歯止めをかけなければ。と考えはするものの、周辺が悠長な考えを許してくれるはずもない。


「やりすぎるなよ、おーい、聞こえてるかぁー?」


 邪魔な死体を蹴り飛ばし、さらに襲い掛かってくる下っ端を薙ぎ倒して、英治は千鶴を追う。



 さて、まだ邸宅内に入っていない人物が二人いる。鉄男と貴士だ。


「ほら、急げって」

「分かってるって、急かすなよ」


 エンジンを切り、ドアを閉めて、きちんとロックを掛け、ようやく鉄男はヤクザの邸宅へと歩き出す。何かを指でくるくると回しながら向かってくるのを、貴士は横目で確認した。


「先に行ってるからな?」

「はいよー」


 貴士もまた土足で上がり込む。既に玄関ホールは血塗れだ。流石に中は上へ下への大騒ぎになっており、少し離れた場所から怒号と悲鳴が聞こえてくる。


「あー、出遅れた」


 壁の向こう側を透かし見るように背伸びをして、貴士は小さくぼやいた。そんな呑気極まりない闖入者をやくざ者が放っておくはずもない。血相を変えた若い衆が何人か、貴士めがけて走ってくる。

 貴士は彼等の姿を見た。彼等もまた、突っ立っている貴士を見た。はずだった。しかし声を上げようとした時には既に、薄笑いを浮かべたままの貴士は目の前にまで迫っていた。身を低くし、大きく一歩を踏み出して、抜刀の構え。

 音も無く、一閃。柔らかい腹を横一文字に斬り裂く。

 玄関ホールの広さが仇になった。先頭の三人が、一撃でやられた。腹腔の内圧が開放され、血液と内蔵が飛び出して床を更に汚す。美しく磨き上げられたはずの板の間が真っ赤に染まる。


「お、始まってるねぇ」


 追いついた鉄男がこれまた呑気に呟く。左指に引っ掛けた何かをくるりくるりと器用に回しながら。回しているのは車のキーではない。

 後続部隊と鉄男の目が合う。鉄男もまた、ニカッと笑ってみせた。


「夜分遅くにすみませんね」

「……テメェ、ッざけてんのかゴラァ!」


 いつも通りの恫喝、そのために大きく開けた口の中へ、隣りにいた仲間の血飛沫が飛ぶ。遅い。もう遅い。鉄男の左手には一本の牙が生えていた。

 黒いカランビットだ。鋭い刃が喉笛を容易に引き裂いて、名も知らぬ彼の生命活動を終焉へと導いていた。


「仕事だからさ、ふざけてはいねぇな。なあ貴士ィ?」

「そりゃそうだ、お仕事ですから」


 軽口を叩きながらも、カランビットはもう一人の眼球を抉っている。顔面への攻撃に対し、手で庇う暇も与えない。眼球のさらに奥、脳神経の太い束にまで牙は届き、頭蓋骨の内部で直に切り裂く感触を与えた。


 速い。攻撃を受ける本人だけでなく周辺にいる人間でさえ、状況を認識できないまま鉄男の振るう刃に翻弄される。

 しかし鉄男ばかりに気を取られている場合ではない。視界の外、意識の外から貴士の一閃が飛んでくる。日本刀で体を真っ二つにされるか、カランビットで急所を切り裂かれるか、この二択だ。


 突然の事態に混乱するばかりのヤクザ達であったが、少しづつ状況への理解が追いついてくる。ごく簡単な事実の理解だ。即ち、自分達が殺される。この、事実認識だ。

 そこまで認識したのならば、次はどうなるか。恐怖の爆発だ。本来ならば恐怖を与える側の人間である彼等だが、ここまで圧倒的な殺戮に晒されたことは今まで無かった。抗争やら襲撃やらは経験したこともあっただろうが今は違う。これは一方的かつ圧倒的な虐殺だ。


「に、逃げ」


 何人かが逃走するべく走り出そうとするも、貴士と鉄男の二名はそれを許さない。


「逃げちゃ駄目だろ、ここ、お前らの本拠地なんだから。っつうか他にどこか行くトコあんのかよ」


 進路上に回り込む貴士。血に塗れた白刃が閃く。


「そうだそうだ。もっとこうさあ、俺達が最後まで守ってみせる! みたいな気概を見せて欲しいもんだなァ」


 すぐ背後に鉄男。湾曲した黒刃の届く距離。


 痛みよりも先に、皮膚と肉が切断される感触が先に来る。それ程までに彼等は速い。反論も言い訳もできぬままヤクザ達は切り裂かれ、意識と命を失う。

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