新人の初仕事は緊張しますね。

「確かに、うん、お仕事できる子」


 早速、新入社員の伯と一緒に『迷惑行為を行う集団の鎮圧』に出た保は、事務所に返ってくるなりそう言った。


「すっごいわ伯ちゃん、すっごいのよォ」

「保ぅ、オネエになってる」

「オネエにもなっちゃうわよォーすっごいのよォこの子、聞いてちょうだいよ二郎ちゃんネエ聞いてよォ」


 オネエ口調を指摘され、寧ろ余計にクネクネし始めた保。伯の両肩を抱えて、オカマバーのママっぽい感じで喋りまくる。


「この子ねェ、無表情で戦うのよォーこんな可愛いお顔なのに無表情よォ? コワイでしょォン」


 更には伯のふわふわした髪を撫で回しつつ、オカマっぽさも割増。


「でね、でね、アタシが言いたいのはそこじゃないのよォ。二郎ちゃん聞いてくれるゥ?」

「おうおう、聞いてやろう聞いてやろう」

「……なんつうか千鶴ちゃん予備軍」

「マジかよ」

「千鶴ちゃんよっか自制は効いてるし、まあ実力は差があるけど。あの系統に片足突っ込んでんのは間違いないね」

「保、口調が元に戻ってる」

「アラやだー! ウフフフフ、アタイったらヤァダァー!」


 みどりが淹れたコーヒーを受け取って、保は掌をひらひらさせながらオカマの続き。適当にやっているものだから一人称が安定しない。

 二郎にもコーヒーを淹れたみどりだが、伯にはミルクココアだ。「甘いの好きでしょ」とニカッと笑うみどりに、「ありがとうございます」と律儀に礼を告げて、ふうふうとココアを冷ます。その様がやはり、幼い子供だ。

 そんな伯を見守る保は、どこか優しい口調で諭すようにこう言う。


「そうだなぁ、やっちゃっていい相手とそうでない相手を、もうちょっと、きちんと判断できるようになるといいな。まずは丁寧な判断から。速さは後からでいい。最初から速さを求めても、丁寧さは後から付いては来ないから」

「はい、頑張ります。……すみません、僕、あんなことしか出来なくて……他のこと、よく分からないんです」


 温かいココアが入ったマグカップを、まるで宝物のように両手で抱えて、波打つ水面を見つめる伯。どこから目を背けているのか。何を見遣っているのか。浮かべる微笑には過分にそれ以外のものも含まれていて、年相応のものとは言い難い。


「あれしか、できないんです。ごめんなさい……」

「なーに言ってんだいこの子は!」


 自分のカフェオレを淹れ終えたみどりが、横合いから大声で割り込んでくる。流石に背中をバンバン叩くのは控えて。それでココアが飛び散ったりなどしたらただのコントだ。


「この会社はね、それしかできない人間しか居ないの。それオンリーカンパニーなの。若いんだから細かいことは気にすんな! ドハハハハ!」

「みどりさん男らしくてステキ! 抱いて、アタイのこと抱いて、そして滅茶苦茶にしてッ」

「おいで保、クレバーに抱き締めてやるぜ」

「キャー! ドンペリ一本入れちゃうー!」


 馬鹿を言って場の空気をしっちゃかめっちゃかにしているが、保もみどりも視線だけは酷く冷徹だ。伯の反応を一つ残らず見逃すまいと、じっと見つめている。

 二人のやりとりに、ふふ、と笑ってからココアを飲む伯。丁度よい甘さだったのだろうか、気に入った様である。


「ああそうだ、二人もココア飲む? いいぞーココアはいいぞ、風邪対策になるんだぞー。喉風邪予防に効くんだって。幼稚園とか小学校で風邪予防に飲ませるとこもあるんだぞ。菊之丞くんからの受け売りだけど」

「そこで言わなきゃいいのにみどりさん、残念。二十点マイナス。本日の残りポイント八十」

「残弾を気にせず素直に暴露していくスタイルを貫く。……伯くんさ、疲れたんなら仮眠室でちょっと寝ておいで。暖かいの飲んでポカポカしてるうちに寝ちゃった方が疲れ取れるから。ハイそこの二郎くん、ご案内」

「へーい」


 二郎は自分のデスクに置きっぱなしの大きなぬいぐるみを一つ手に取って、「ついてこい」と伯を呼んだ。二郎のデスクには何故かやたら可愛いぬいぐるみが置いてある。なんとなく集めちゃうんだよね、とは彼自身の弁だ。買ってもすぐに誰かにあげてしまうようで、結局デスクの上に置いてあるのは毎月変わる。ただ一つ、古ぼけた小さい兎のぬいぐるみを除いて。

 あの大きなぬいぐるみはきっと、伯に抱き枕としてあげてしまうのだろう。その分スペースが空いた二郎のデスクに行儀悪く腰掛けて、みどりは保に問い掛ける。


「どうよ伯くんは、どんな感じだった」

「育てられた、って子だな。動きに迷いが無さすぎる。ありゃ本当に『それ以外知らない』ってクチだ」


 二人の声は少しだけ低い。


「だろうね。義務教育以上の知識はあるみたいだけど、義務教育機関に通った経験はゼロ。保育園幼稚園、更には小学校の記憶も無いし、集団生活もよく分かってない」

「それでも、社長が拾ってきた。いや違うな、それだからこそ拾ってきたのかな」

「拾ったっつうより、攫ってきたんじゃないのかな、ありゃあ」

「どこから?」

「さあね。今んとこ分かるのは、このタイミングで拾ってきたってことだけ。吹雪くんの方は自分から入社してきたから別件だろうけど」

「この、タイミングで、かぁ……」


 みどりの言わんとしていることは分かる。他に可能性は考えにくい、ということだ。それ以外の要因があるのなら、それはそれで問題だ、とも。

 さらにみどりは続ける。


「この状況で心配なのは、二郎くんかな」


 足を組んで壁を睨むように見つめるみどり。彼女もまた、どこを見遣っているのか。


「トラウマ直撃コースになるぞ、ありゃ。気を付けないと。なんのかんの言って、この会社には千鶴くん予備軍しかいないんだ。誰もがああなる。押しちゃいけないスイッチ押したら、尚更だ」

「みどりさん、それって俺も含まれるの?」

「ッたりめぇだろ、寝ぼけたこと言いなさんな」

「ひっでぇ」

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