2)採用情報
新入社員がやってきました。しかも二人。
その日は、いつもと違った。いつものように朝の挨拶をする社長の横には、見慣れぬ人物が二人立っていた。
「はい、おはようございます。今日はね、新入社員を紹介しますよ」
そんなことは正直言って初耳だ。社員達は顔を見合わせた。
「こちらが、
ぽん、とまず肩を叩かれたのは、背の小さい、まるで幼い少年のような人物。随分緊張しているのがうかがえる。
「え、えっと、荒城伯です! 今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をすると、ただでさえ小さい体がますます小さく見える。しかも、制服がなぜかスラックスではなくハーフパンツである。それが尚更、彼を少年じみて見せる。
「社長、質問してもよろしいでしょうか」
「ハイなんでしょう菊之丞くん」
「そちらの荒城伯くん、年齢は?」
「十九よ」
「……本当に?」
「十九よ」
「正直な印象を申し上げますと、彼は中学生程度、しかも中学に上がったばかりのように見受けられるのですが」
「十九よ」
「すまない荒城くん、君に直接聞こう。君の年齢は?」
「あ、え、えっと」
「十九よ」
「社長」
「十九よ」
社長は壊れた機械のように同じ言葉を繰り返した。ゴリ押す気だ。
「いや社長、どう見てもガキじゃねっすか」
「鉄男くん黙らっしゃい。十九よ」
「まあ世の中童顔の人間はいくらでもいますけどね、だからって無理があるでしょ」
「貴士くん黙らっしゃい。十九よ」
「履歴書は? 履歴書どこですか見せてください」
「英治くん黙らっしゃい。十九よ」
「子供なんて入れて大丈夫なのか」
「千鶴くん黙らっしゃい。十九よ」
「誤魔化しきれない瞬間が来たらどうするんですか社長」
「二郎くん黙らっしゃい。十九よ」
「ヤバイでしょ明らかに、下手すりゃ児童ポ」
「保くん黙らっしゃい。十九よ」
「後始末に走り回るのは僕達ですよ? そこのところ考えてますか?」
「禅くん黙らっしゃい。十九よ」
「我ながら裾上げ上手く行った。やっぱ小さい子には半ズボンが似合うよね!」
「みどりさん黙らっしゃい。十九よ。あと半ズボンっていう言い方古いからやめた方がいい」
断固として十九歳説を押し通す社長。社長がここまで言い張るのだから、もう社員達はハイとしか言いようがない。
「まあ、仕事が出来さえすればいいのですが……現場に出てから泣き出すなんてことはないでしょうね?」
「大丈夫よ禅くん。そこら辺はもうね、仕事慣れしてる子を連れてきてるから」
「ああ……あー、そういう感じですか?」
「そういう感じ」
「なるほど了解です」
なにか暗黙の了解みたいなものが場の空気を支配する。まあ要するにそういうことなのだ。伯はと言えば、小動物のように身を縮めて、どうして良いか分からないまま曖昧な笑顔を浮かべていた。
「はい次! 次行くわよ! 自己紹介よろしく!」
今度はもう片方、さっきからずっと鉄男の方を睨みつけている青年の背を叩く。
「大勢待吹雪っす。黒沢鉄男をこの手でブッ殺すために入社しました。よろしくお願いしまーっす」
「…………はァ?」
ご指名の鉄男は素っ頓狂な声を出す。最初から睨まれ続けていたのだが、鉄男にはさっぱり心当たりがないのだ。
「なんで俺よ?」
「テメェ覚えてねぇのか」
「えー……? どちら様でしたっけ?」
「フザケやがって……!」
吹雪は鉄男の胸倉を掴む。条件反射的に鉄男もその腕を捻り上げようとする。
「俺が雇用先変えるたびに毎回毎回顔出して、ご丁寧に雇い主ブッ潰してくれたのはテメェだろうが!」
「何ワケ分かんねぇこと抜かし……ん……? 雇用先?」
心当たりがあったのか、思い出そうとする鉄男。ただし、吹雪の腕を捻り上げようとしたままで。
「あー……ちょっと待て、思い出せそう……えっと、ホレ、先月のだ、先月、お前先月会ったよな」
「一番新しいのは『ディープヴァレー』」
「それだ! それそれ! 俺が仕事で行ったやつ!」
「あと『ナイン・ジー・エイト』」
「はいはいはいはい、覚えてる、武闘派とか言ってるくせに幹部になればなるほど弱かった」
「『トップス』は覚えてるか、あれが一番酷かったぞ」
「えぇ……? なにそれ……」
「オメーが全員にご丁寧に銃弾ブチ込んでくれたとこだよ!」
「あ、うん、そこか! はい! なんとなく覚えてます!」
「あれを覚えてなかったのかよ! じゃあ『K.D.M.』も覚えてねぇだろ」
「全く記憶にございません」
「マジかよ……せめて、せめてだ、『五反田ブルドッグス』くらいは覚えてるよなあ?」
「なんだよその中濃ソースみてぇなとこは」
「全部! テメェが! 潰したとこだよ! 俺の! 雇用先だったの!」
なんだよそれー、などと喚きながら吹雪は頭を抱えた。鉄男の方はどこ吹く風、思い出せない奴等を思い出そうと首を捻っている。
「とにかく! 俺はお前に泥塗られっぱなしなの! お前が気に食わないの! だから! 隙あらばブッ殺してやろうと思ってここに来たの! 分かったかコンチクショウ!」
「あっ、ハイ」
暖簾に腕押しというのは正にこのことであろう。あまりの張り合いのなさに、吹雪は再び頭を抱えてしまった。
「お前さぁ、こんな奴だったんだ……? んだよそれ、バカにしてんのか?」
「いんや別に。ただ……」
接近する鉄男。思わず身を引く吹雪。そんな彼に構わず、鉄男は吹雪のネクタイを掴んで引っ張り上げた。僅かな殺意。鉄男の表情は真顔だ。一瞬、吹雪に畏れの色が見えた。が、しかし。
「……ネクタイ、これかんたんネクタイじゃねーの。……ブフッ」
吹雪の顔が一気に紅潮する。ワンタッチネクタイとも呼称される、最初から結んだ状態で形成されている、アレだ。
「もしかしてネクタイ結べないー? 結べないでござるか吹雪どのー?」
「うっうううううううううううるさい! うるさい!」
「かわいいでちゅねえー! ひひっ、無理しねぇのはいいことだよ……うん、身の丈にあったのを……ブッフォ」
「テメェ殺す! 今すぐ! この場で!」
「殺れるもんなら殺ってみろや!」
事務所内を往年のアニメーションの如くぐるぐる回って追いかけっこを展開する二名。菊之丞が貴士を肘で突いて、小声で告げる。
「おい、アレ、止めなくていいのか。一応鉄男はお前の相方みたいなもんだろう」
「あー、関わり合いになりたくないからパス。めんどくせ。菊兄がやって」
「俺もやりたくない」
「でしょ」
うんうん、と互いに頷いて、何も見なかったことにする。賑やかな状態のまま、今日も朝礼が始まった。
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