パートの人も沢山働きます。
二階事務所の方は苦戦していた。敵の人数が多いからだ。少しづつ事務所内におびき寄せてはちまちまと倒す方法を取っていたが、埒が明かない。時間も過ぎてゆくばかり。
みどりは腕時計を見る。値引きシールを貼る時間までもう間もない。
「社長、あと十分でケリをつける!」
「はいよ!」
柱の向こう側から返事、同時に断末魔と血飛沫。社長の間合いに入ってしまったら、あとはズタズタに引き裂かれるだけだ。だから、君子じゃないけど危うきには近寄らない。
みどりは思い切り、足元に転がる死体を蹴り飛ばした。死体が遮っていた自分のデスク下に手を突っ込む。引っ張り出したのはショットガン。引き出しを開けて12ゲージスラッグ弾を取り出し装填する。
「社長、フォローお願い!」
「はぁい!」
返答とほぼ同時に飛び出す。それは敵側も同じであったようで、事務所の入口と割れた窓から何人か突入してきた。
活きの良さそうな若い男が真っ先に突っ込んでくる、そいつの土手っ腹に真正面からみどりは一発ブチ込んでやった。当然のことながら腹部及び内臓は大惨事になる。相対した敵が一見すると普通の主婦に見えて僅かに動きが止まった、それが命取りだった。
みどりはすかさず排莢、再装填。間髪入れず二発目。今度は同世代と思わしき中年の男だ。こちらは顔面に当ててやる。そこそこに整った顔立ちがあっという間に醜く砕け散る。若手がやられて気が逸れた、その隙を突いた。
そいつの後ろにいたこれまた若手の鼻っ柱に、小ぶりのナイフが突き刺さる。社長が放つ投げナイフが深々と鼻を穿ち、絶叫を上げてのたうち回っているところに12ゲージ弾をプレゼントしてやる。
事務所の廊下側の窓、その下にまだまだ敵がいる。しゃがんでこちらの様子を窺っている。しかもまだ追加が来る。本当にキリがない。やはり値引きシールには間に合わない。
「クソッ、火炎瓶でも用意しときゃ良かった!」
「やめてみどりさん、事務所焼くのはやめて!」
情けない声を上げながら、それでも社長の投げたナイフがスーツの男の首に突き刺さった。
「社長やるゥ! もうさ、社長が前に出よ?」
「めんどくさいからやだぁ」
「んもう、素直に言っちゃう君が好き!」
事務所内に入り込んだ敵、もたもたしていた残り一人へショットガンをお見舞すると、ついにみどりは廊下へと飛び出した。
「ほれほれ、お仲間の死に様を悠長に眺めてる場合じゃないよ!」
行動と言葉で相手の気を十分に引きつける。視線がみどりへと集中する。窓下の影から頭を出した間抜け野郎の耳に社長のナイフが刺さる。
「言わんこっちゃなーい」
やはり顔面へ、しゃがんだままの敵へと銃口を向ける。トリガーを引く。
「お母さんから教わらなかった? ぼさっとするな、どんどん動いてぱっぱとやることやっつけた方が後が楽になるって。私はねえ、うちの子供にいっつも言ってる。言ってんだけどねえ、聞きゃあしないんだよね」
廊下に陣取って、強制的に一対多数から一対一、もしくは二程度に収まるよう状況を持っていく。事務所の中にいる社長の方へ意識を向けないように、猛烈な勢いで煽る言葉を吐き出しながら。
「どうよ、ここにいるみんなは? ママに優しく教えてもらった? そうだ、こんなとこにいないで、だいしゅきなママんとこ帰って、ママのおっぱいでもしゃぶってた方が良かったんじゃないの?」
ショットガンを撃ち尽くす。すかさず手持ちの拳銃を抜いて発砲。相手に撃つ余裕を与えない。左手で撃ちつつ、右手は廊下の脇にある消火栓の扉を開く。中には勿論ホースが収められているのだが、そこへ更に古めかしいショットガンが一丁。持っていたショットガンはかなぐり捨てて、古いショットガンを鷲掴みにする。
「いるとこにはいるんだよね、ガチのマザコン。ガチよ、ガチ。自分でかなりマズイことぶちかましておいて、いざ注意されたらママー、助けてママーって、何でもママに相談よ。外弁慶っつうのかなあれは」
世間話。敵の放つ銃弾が上着を掠める、が気にせずショットガンのトリガーを引く。特徴的な楕円形の金属ハンドルを片手で器用にぐるりと回し、ショットガンの本体が回転する。これにより再装填。スピンコックというやつだ。隙を見て左手の銃をマグチェンジ。
「あとねえ、いい歳こいてママと一緒にお風呂入ってるって子がいるんだよー! その子いくつだと思う? 聞いたら絶対驚くから」
ショットガンの弾を次々に放つ。重い音を立てて、しかし軽く回しながら、小気味よく再装填を繰り返す。
「なんと二十五歳! ねえ、二十五歳でママと一緒にお風呂! すごいっしょ? 子、って歳じゃないよね。っつうかさ、もうそれって確実にアレよね?」
問い掛けながら、突如みどりは低く身をかがめた。背後に、何者かの影。
「俺分かった、ほら、セックスんときに『この人、ママと違う!』って言っちゃうやつでしょ!」
割り込んできた男の声と連射音。飛び散る血飛沫と空薬莢。かがんだままみどりは返事をした。
「それなー、保くん!『形も色も臭いもママと違う!』って言っちゃうやつな!」
背後からやってきたのは保であった。いつにも増して重装備。そのうちの一つ、スリングで下げていないPDWをみどりに渡すと彼女の替わりに前に出る。
保の攻撃は先程までのみどりを遥かに凌ぐ苛烈さである。息つく暇さえ与えてはくれない。
「保くん、下はどうなってる」
「すっげえわんさか追加が来てたけど、千鶴ちゃんとかいるから大丈夫」
「え、それ逆にやばくない?」
「あー、菊ちゃんもいるから、多分何とかしてくれる。えーちゃんとじろちゃんも後から来るし」
「伯くんは?」
「もう下にいるよ。禅ちゃんは?」
「外で手続きとか連絡とかしてる。社長もやってるから早いと思うよ」
「ヒャアー働いてるねえ! サビ残ってやつゥ?」
馬鹿みたいにフルオートで撃ちまくっているように見えてその実、無駄弾はほとんど無いのだ。どこをどうすれば効率よく殺せるか、保はよく分かっている。無駄に重装備で固めている訳ではない。
「そうだ保くん、私さ、もう上がっていい? スーパー行きたい」
「駄目」
「えー」
「働こ? 残業しよ?」
「つらい」
「諦めよ? ほらあ、ちゃんと三人くらいは残しておくからー」
「よけいにつらい」
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