出張の様子はこんな感じです。

 さて、もう一組。こちらは地方にまで出向いていた。有名な温泉街である。名の売れている大きな旅館。そこに、千鶴と菊之丞がいた。


 宴会場。そこそこに広い空間だ。中にいる人数も二桁。だが、そのうちの幾つかはすでに死んでいた。


「いたぞ」


 千鶴が一人の男を指して菊之丞に告げる。片手に持った三節棍を、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように嬉しそうに弄りながら。


「良かった、いたか。あちこち行く羽目にならなくて一安心だ」


 こちらは、頭部を鷲掴みにして壁に叩きつけているところだった。壁が脆かったのだろうか、頭部がめり込んでいる。勿論、おびただしい血を流して。


 旅館の浴衣を着ている男達と、派手なナイトドレスを着た数人の女。女の方は旅館が用意した接待用コンパニオンだろう。目の前で繰り広げられる殺戮に震え、腰を抜かして失禁している者もいる。

 男達の方はそうでもなかった。着崩れた浴衣から見える入墨。その手の筋だ。


「お前ら……誰だ」


 髪を短く刈り上げた壮年の男が問う。問いながら、手にした白鞘を抜いた。宴会場であるにも関わらず白鞘を持ち込んでいるところから、色々なものが窺い知れる。警戒心が強い。刀で戦うことに矜持がある。そしてまず、この旅館がそれを容認している。


「日々谷警備保障だ」

「……は?」

「あとは分かるな」


 宴会場の隅で震える男がひとり。そいつを指差して千鶴が言い放つ。分かっているからこそ、その男は何も言えずに震えているのだ。


「テメェ、何を言って」


 状況が分からない白鞘の男に、懇切丁寧に説明をしてやるのはやはり菊之丞の仕事である。


「そこ、奥にいる男。そいつを始末しに来ただけだ。ついでにこの場にいる全員屠って良いと、上からお達しが来てるのでね。まあ、お前さん方は巻き添えを食った形になる」

「何だと?」

「ああ、今になってそいつを切り離すと言っても遅いからな? 威瀬会系は殲滅する、これが我が社の方針なので」


 菊之丞の言葉に、何か思い当たる節があったのだろうか。白鞘の男は言葉を失った。だが、他の男がそれを引き継ぐように叫ぶ。


「あの女か! 畜生、あの裏切り者の女狐め!」


 意識が一瞬、男の叫びに逸れた。その瞬間を、白鞘の男は見逃さなかった。中段に構えたまま一歩踏み込む。ぐっ、と畳を捉えた足の指。畳の繊維が力に負けて引き千切れる。

 最も近い位置にいた千鶴に斬りかかる。手にしていた三節棍で条件反射的に防御する千鶴。だが、その三節棍の外側一本目は澄んだ音を立て、あまりにも呆気なく切断された。斬り上げた刃の向こうで男は微笑む。斬った手応えと勝利の確信。嗅ぎ慣れた血と鉄の匂いに酔って。

 しかし、刃の向こうに見たものは、より凶悪な笑顔だった。

 そんなものは陽動でしか無かった。あまりに綺麗な構え方に、千鶴はとうの昔に悟っていたのだ。こいつは剣道を嗜んでいた、と。

 剣の間合いにまで踏み込んでいた男には見えない。切れた外側の一本目を掴んだまま、千鶴は三節棍を大きく振り回す。狙うは脛、そう、剣道のルールには無い箇所だ。遠心力と重量と速度、それに千鶴の膂力が加わって、剥き出しになっていた脛はあっさりと折れた。骨の折れる音が、他の人間にもはっきりと聞こえた。

 白鞘の男の体勢が崩れる。均衡を失って倒れ込む。視線の先に待っていたものは、先程自分が斬った三節棍の先端だった。


 菊之丞は恐怖に怯えて竦んでいた女を抱え込む。女の涙が一瞬引っ込んだ。助かるかも、という一条の光が安堵を生んだ。しかも菊之丞は一見すればおとなしそうな青年だ。ついさっき彼が容赦なく頭部を潰して惨殺していたのは、女の記憶野から抹消された。

 何より、女は自分の容姿に自信があった。付き合っていた男の借金のカタに売り飛ばされて温泉街に軟禁され、この旅館専属のコンパニオンとして生き延びてきたが、それが今の今まで続いているのは何より、この容姿のおかげだ。きっとこの男の心も射止めたに違いない。そうだ。きっとそうだ。なかなかのいい男じゃないか、それ故に見る目もあるのだろう、そうに違いない。


 女のめくるめく思考はここで終わった。菊之丞が脛骨を圧し折ったからであった。一番うるさい声を出していた女を、確実に黙らせるために抱え込んだだけだった。


「千鶴、そっちは任せた」

「おう」


 顔面に破損した三節棍を突き刺しただけでなく、引き抜いた後に反対側の棍で側頭部を叩き潰して、完膚なきまでに殺害した千鶴。男の持っていた白鞘を拾い上げると、目的対象へと歩み寄る。

 威瀬会系天誠組の生き残り。彼は立つこともままならず、部屋の隅にへたりこんで涙を流していた。


「頼む、頼む、助けてくれ、お願いだ、なあ頼むよ、金だったらあるんだ、全部渡す、な、な、助けてくれ、死にたくない、もうあんなとこに戻る気なんてないんだ、天威組なんて行かないから、十鬼縣ときかけにも行かない、だから」


 男が喋り続けられたのは千鶴が接近するまでの短い間だった。喉を、刀によって壁に縫い止められたからだった。足を壁につけて力任せに刀を引き抜くと、上半身が横に倒れた。コンパスのように、壁に赤い半円を描いて。

 千鶴は念入りに胴体も何度か突き刺し、刺すたびに肉が裂ける音を立てた。


 その間に菊之丞も黙々と仕事をこなし、それほど時間を掛けずに全て終わらせることができた。千鶴によって、彼等の中で最も強い人間があっさり殺されてしまったのが功を奏したのだろう。全員が無抵抗のままであった。


「はい、終わり。業者は呼んであるんだっけか?」

「待機してるって旅館の人が言ってたぞ」

「そうか。どうする、千鶴はもう戻るか?」

「いや、俺も業者の手伝いしてから風呂に行く」

「じゃあ早く終わらせよう。本当だ、いた」


 宴会場の扉を開くと既に、廊下に清掃業者が待機していた。顔だけ出して菊之丞が頭を下げると、業者もぺこりと頭を下げる。


「終わりましたか?」

「はい。よろしくお願いします。我々も手伝いますので」

「あ、助かります」


 にこやかに笑いながら清掃業者が宴会場に吸い込まれてゆく。千鶴と菊之丞が温泉に浸かって一息つくことができたのは、この一時間後である。

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