私物の持ち込みに制限はありません。

 みどりが会議室から降りてきたのは、二時間後だ。メモ帳にびっしりと情報を書き込んでいる。


「やっぱねえ、十鬼懸組だったわ。天威組とは仲が悪いみたいで、あっちより先にここを潰してデカイ顔したかったみたい」

「そうね、最近随分と力を付けてきたところだから。このまま勢いに乗りたい、威瀬会系の覇権を握りたいって気持ちは強いでしょうよ」


 社長にメモ帳を渡して、みどりは椅子に座り込む。未だ作業を続けている業者の邪魔にならないよう、椅子に座ったまま移動した。

 社長の方はメモを見ながら、眉間に皺を寄せて話し始める。


「威瀬会系十鬼懸組。結構古い組ではある。一時期は随分と衰退してたけど、また盛り返してきてるって感じだわね。元を正せば威瀬会系じゃなかったんだけど、威瀬会系の人間が大量に流入して気が付いたら取り込まれてた、っていうのが実情かな。彼等の一部はやっぱり、威瀬会系として扱われるのが嫌だという気持ちもあるようだけど……」

「まあ、やってることは威瀬会系そのままだからね。ちょいと拠点が違うってだけでしょ」

「みどりさん、手厳しい。でもその通り。それを良しとしない連中は離反してほそぼそとやってるみたいだけど、そっちは放置でいいわ」


 メモを見ながら喋っていた社長の動きが止まる。彼女が見つけたのは、十鬼懸組の関連組織名が列挙してあるページだ。


「結構いるのね、子飼いの組織」

「いるよー、しこたまいるよー。二人から聞き出しただけでこれだ、ここから手繰っていけばもっといるでしょうよ」

「禅くん、調査お願い」

「了解です」


 みどりのメモは禅に渡り、周辺にいた二郎や吹雪が興味深そうに覗き込む。


「ホントだ、色々いるねえ。古そうなところから新しそうなところまで」

「お二人とも見てないで、一緒に調べていただけませんか」

「えー、ウサギさんはそういうの専門じゃないから……」


 咄嗟にデスクの上にあった兎のパペットを手に嵌め、モフモフのおててをもじもじさせて代弁させるが禅に通じるはずもない。


「ウサギさんは確かに専門外だと思いますが、二郎さんは可愛いウサギさんではありませんので」

「禅くん人使い荒い。ウサギさん泣いちゃうよ」

「二郎さんは泣いてないから問題ありませんね。吹雪くんも、どこか心当たりありませんか?」


 禅の言葉に改めてメモを見る吹雪。


「……ああ、ここ知ってます。『諸行無常』、こんな名前だけどカラーギャング」

「ということは、吹雪くんの雇用主だったことがあるのですね?」

「そうです。俺が雇われてた頃は、人数少なかったけどな……今はちょっとどれくらいいるのか分かりません」

「いえ、十二分に有用な情報です。本拠地など覚えていますか」

「海沿いです、確かあの県の……」


 インターネットサービスの地図を広げて調べ始めた二人をよそに、二郎に引き続きみどりまで蛙のパペットを装着して、ぬいぐるみの大きく開いた口をパカパカさせ始めた。


「もうこの二人に任せて、帰ろうよウサギさん」

「そうだね、もう帰っていいよねカエルさん」

「わあい混ぜて、ペンギンさんも混ぜてー」


 更にはペンギンのパペットを嵌めた英治まで加わって、モフモフしたぬいぐるみ達がわちゃわちゃし始めた。全て二郎が買ってきたもので、残りの二人はきちんとその代金を支払っている。


「帰ろうよ、そしてもう今日はお休みにしようよ」

「そうだそうだ、ペンギンさんの言う通りだ。カエルさんはお家に帰って寝たいよー」

「ウサギさんも寝たいよー。おネムだよー。惰眠を貪りたいよー」

「ええい背後でやかましい、三人とも黙らっしゃい! どうせもう少しで従来の勤務時間になるのですから諦めなさい!」


 振り向きざまに怒鳴る禅だが、全く効果もなく三人、いや三匹はわあわあと文句を言い続ける。


「ヒャアこわい、お兄さんが怒るよーウエーン」

「ウサギさんが泣いちゃったよ、どうしてくれるんだよオイコラ、ペンギン=サンも泣いちゃう」

「うわーん、みんなうぇんうぇん泣いちゃったよお、カエルさん困っちゃうよー……やっべ、クソ眠い……」

「あー……みどりさんは徹夜でしたっけ……仮眠してきたらいかがでしょう」

「そうするわ……限界でござる……社長はいいの?」

「実はさっきまで寝てた」

「抜け目ねぇな」


 カエルのパペットを手に嵌めたままみどりはふらふらと事務室を出てゆく。血で汚れた壁の清掃をしている業者に「お疲れ様ですう」と声を掛けながら、三階の仮眠室へと移動していった。


 後に、この時の値引きシール逃しの腹いせとして他の組織が犠牲になるのだが、それはまた別の話だ。




 新入社員の二名が両方とも、何とも言えない微妙な顔付きになっている。その原因は分からない。だが、その変化を感じ取った人間は複数いて、なんとなくではあるが「このままでは済むまい」と、予感めいたものを感じていた。

 だが、そんなのはいつものことだ。降りかかる厄災を全て暴力で跳ね飛ばすのがこの会社だ。ただ、その覚悟だけしておけばいい。至極簡単な話である。

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