いつもこのような感じなので慣れたものです。

 いかにもヤクザという風には見えない男が繰り出す拳法はなかなかのものだった。さしもの千鶴でさえ少々手こずった程だ。己に課している決まり事を破ってしまい、つい落ちていた拳銃を拾って反撃してしまったのが悔やまれる。それがなければもうちょっと楽しい時間を過ごせたはずだ。

 その次に戦った、ヤクザというより筋肉ダルマと言った体の男も楽しかった。純粋なパワー勝負ができた。そんなのができる相手は最近めっきりいなくなってしまったので嬉しかった。殴り合いも楽しいな、と思う。とにかく殴る。ついでに蹴る。防御という概念をかなぐり捨てて殴り合いを仕掛けてくる奴はこれまた少ないので、本当に貴重な相手であったのだなと感謝した。

 社内でパワー勝負をするなら菊之丞だろうが、あいつはまともに殴り返してくれないからつまらない。鉄男と貴士と禅は「絶対に嫌だ」と相手にしてくれない。英治と保はのらりくらりと躱してしまうし、社長とみどりは「非戦闘要員だから」とか言う。そうなるとあとはもう一人しかいないのだが、これがまた条件的に難しい。


 なんてことを考えながら、千鶴は扉の前に立ちはだかる最後の男に、折れたスレッジハンマーの柄を突き刺した。腹の柔らかいところを貫く感触が柄を握る手に伝わって、きちんと殺すことができたのだなと認識できた。勿論、柄は抜く。赤黒い血がどぶどぶと零れ落ちて、男も倒れる。


「さて、この中か」


 部屋には天誠組の組長がいるはずだ。部下の連中がこれだけ強かったのだ、組長も期待していいだろう。ドアノブに手をかけ開けようとしたが、なんと施錠されており開くことができない。なんだかちょっと水を差されたような気持ちだ。とりあえずドアを蹴り飛ばして破り、千鶴は無理矢理に侵入した。


 その瞬間、風を切るような音が聞こえた。実際に、窓を突き破り空気を切り裂いて、一発の銃弾が飛来していた。

 千鶴の目の前で、立ち上がろうとしていた老人の頭部が奇妙に動いた。弾き飛ばされるように。老人の側頭部に、弾痕。後から思い出したかのように膝が崩れ落ち、体が絨毯の上に転がった。

 老人の後ろに居た男と女が狼狽する。が、遅かった。間髪入れず二発目の銃弾が飛来し、男の方の眼窩が弾け飛んだ。千鶴は考える前に体を動かす。女の目の前に駆け寄ると胸倉を掴み、空いた片手で顎を掴む。そのまま勢い良く首を捻った。鈍い音がして、女の首が真後ろに回る。丁寧にその首を肩に付くほど曲げてから死体を放り出し、千鶴が真っ先に行ったのはポケットの中からインカムを取り出すことだった。


「おい、二郎だな?!」


 怒気をはらんだ声をインカムに叩きつけると、聞こえてくるのは呑気な返事。


「お、やっとこさ付けやがった。遅いぞ」


 千鶴が睨むのは窓の向こう側。声の主はこの屋内には居ない。


「おーおー怖い怖い。そんなに睨むなって」

「横取りしておいて何を言う!」

「仕方無いだろ、これ以上無いタイミングだったんだから。それに、お前さんが期待するほどの相手じゃなかったぞアレは」

「そうなのか……?」

「ホントお前は人の話を聞かないね! 社長の説明覚えてるか?」

「いいや全く」


 清々しいほどはっきりと言い切る千鶴に、彼は離れた箇所から笑った。

 声の主は兎塚二郎とづかじろう。当然ながら彼も日々谷警備保障の正社員である。薄暗いマンションの一室に陣取って、彼は狙撃銃を手に笑う。長い髪は邪魔な横の部分だけ後ろでまとめ、軍用のリブセーターの上に制服の上着を羽織って、一応は制服着用の体を為しているといったところだ。周辺の機材を見るに、元からここに狙撃前提で張っていたのだろう。


「ありゃただの神輿だ。ちょいと経理ができる便利なジジイってだけさ。欲求不満なら、他の雑魚狙った方が何倍もお得だろう」

「……そうか。なら、仕方ないか……」

「そうだな、そこを出て左の突き当り。まだ結構いるみたいだ」

「おっ、そうか。ならそっちに行く」


 不機嫌だった顔付きがすぐに笑顔に変わり、千鶴はうきうきと部屋を出てゆく。二郎のすぐ横にあるモニターに、インカムに内蔵されているGPSのポインターが表示されるのを確認して、更に監視カメラの映像もちらりと見る。分割された各所の映像はその大半が赤い。


「二郎ぅ、煽っちゃヤバイだろうがよ」


 割り込んでくる他の声。英治だ。


「短期決戦なんだろ? だったら千鶴に頑張ってもらうのが一番手っ取り早い。まあ、止めるのは英治達の役目だけどな」

「だーかーらー、煽るなつってんだよぉ」

「えーちゃんならできるできる。がんばれー。ニンジャパワーを見せてやれ」

「ニンジャそこまで万能じゃないよ」

「嘘おっしゃい。ニンジャ何でもできる。メリケンでそう聞いた」


 二郎の役割はほぼ終えたも同然。故にここまで悠然としていられるのだ。英治のそれはそれは大きい溜息が聞こえて、半ばやけくそ気味の言葉が続く。


「あーもう、仕方ないか! 二郎、千鶴に一番近いのって誰?」

「はいはい、ちょっと待って……お前らだな、英治と保。鉄男と貴士もそんなに離れてるわけじゃないけど……あ」

「あ、って何だよオイ」

「終わった」

「終わった?」


 二郎は見た。モニター画面の端に、敵から奪った銃火器を両手に構えている千鶴の姿を。


「千鶴の野郎、素手で頑張るとかいう方向性を捨てやがった! 急げ、尽きる・・・ぞ!」


 さしもの二郎も声に焦りが滲み始める。尽きるとは即ち敵の数である。所々に生き残っている奴もいるだろうが、これでほとんどが終わる。だが千鶴の欲求不満はこれ程度では解消されない。

 そうすると、どうなるか。欲求をぶつけるのだ。どこに? すぐ近くにいる、誰かに。

 こうなってしまえば千鶴は獣だ。エネルギーを、生きる欲求を全て戦闘にのみ向けているこの男は、相手が玄人だろうが素人だろうが目の前に居れば手にかける。このまま市街地にでも出ていったら大惨事だ。それに正直言ってしまえば、社員達だって相手できるかどうか。


「クソッ、思ったより早いな……! もうちょっとこいつらが粘ってくれれば良かったんだが」


 英治の呻きに、二郎は苦笑いするしか無い。笑っている場合ではないのだが。


「おい二郎、煽ったからにはその分働いてもらうからな?」

「了解。後で何か奢るよ」

「よし! 忘れないからなその発言! ニンジャは根に持つんだぞ!」

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