先輩のお小言もありますが、お局様ではありません。
威瀬会系十鬼懸組傘下の若手グループ『諸行無常』が壊滅したのは、この一週間後である。吹雪が外傷を負って半休を申請してきたのも、この一週間後である。これでもかと言うほどに分かりやすく事は起こった。
この時も発覚は六平からのリークであり、吹雪はこっぴどく叱られた。
「前に言いましたよね?」
今度は、会議室ではなく事務所の中でだ。午前中のうちに病院へ行ってきた吹雪が、昼休みの時間にこっそりと顔を出したのを、怒りに燃える禅が見逃すはずもない。第一声からこれだ。
「勝手に動くなと、言いましたよねえ?」
やべ、と小さく呟いて自分のデスクへと小走りに向かう吹雪だが。
「貴方ですよ吹雪さん! 目を逸らしても無駄です!」
思い切り名指しされてはもう逃れられない。へへ、なんて愛想笑いをしてみるがこれも駄目。
「二度目ですよ二度目。全く同じことを貴方はしているんですよ! 反省しているのですか?」
「反省は、その、シテマス」
「なら繰り返さない!」
「ハイ」
「せめて申請しなさい! 複数で事に当たれば、怪我などせずに済んだかもしれないのですよ?」
ガミガミと叱り続ける禅であったが、その彼を見つめる吹雪の視線がどうにも「反省」とか「後悔」だとか、その類ではないことに気付いた。何と言うか、キラキラしているとでも言おうか。お小言が通じていないのだろうか。思いっきり険しい視線を真正面からぶつけるが、吹雪は小さく手など挙げて「あのぅ」なんて聞いてくる。
「……はい、何でしょうか吹雪くん」
「もしかして、心配、してくれてるんでしょうか?」
思わず頭を叩いた。それはもう、コントのように。
「当たり前でしょう! 何を言っているんですか君は! 心配でなかったら一体何だと言うのです? 僕は心配という言葉以外の表現方法を知りませんので、吹雪くんの語彙力の中から適切な語句を見つけ出してください! 今すぐ!」
「え、えっ、あー、えっと、えっと」
「はい時間切れ! いいですか、この会社の中で君のことを心配していない人間なんていません! 全員です! それをもっとよく認識しなさい!」
「……ええと」
「返事は?」
「ッはい!」
禅の勢いに気圧されて思わず返事をする吹雪。しかも直立不動で。そこそこのいい返事に満足した禅は、さらに付け足す。
「あと、後日、君にはネクタイの結び方を徹底指導します。一日で完璧に結べるようになってもらいますから、今から覚悟しておいてください。いいですね?」
「……へ?」
「返事は?」
「はい!」
「よろしい! 解散!」
言うだけ言ってスッキリしただけ、かもしれない。禅はいつものようにキチッと背筋を伸ばしたまま、ツカツカと事務所から出ていってしまった。
後に残された吹雪は立ち尽くしたまま、しかも口を半開きにしたまま、しばらくそこに佇んでいた。それこそ、保が『KICK ASS』と書いた付箋を背中に貼り付けた事実に気付かないほど、呆然として。
当然、そのメモを発見した鉄男が全力で吹雪の尻を蹴り飛ばすわけだ。
「ッてえな! 何すんだ!」
「何ってお前、命令文に従っただけだっつうの」
「ハァ? ざっけんなテメェブッ殺すぞ?」
「やれんのかこの負傷兵め」
「テメェなんざ、これくらいのハンデくれてやった方が丁度良いだろ!」
「んだとこのクソガキ、誰に喧嘩売ってるか分かってんのか!」
「テメェだテメェ、鉄男に売ってんだよ喧嘩をよォ!」
いつも通りに喧嘩が勃発。残念ながらこの場に貴士がいないため、喧嘩を仲裁してくれる存在がない。だが、全く別の方向から喧嘩を止めてくれる人物が現れた。千鶴だ。
「お? 喧嘩か? 俺も混ぜてもらっていいか?」
「お断りします」
「遠慮します」
千鶴に関しては先輩社員から注意は受けているし、つい先日の本社襲撃の際に色々と目撃してしまったので、吹雪も丁重に引き下がる。千鶴は心底残念そうな顔付きになったが、そんな顔したって駄目なものは駄目だ。
「お前さん達は、やっぱり貴士も揃ってないと駄目だな?」
なんて二郎が笑い、全力で鉄男がそれを否定して、場の空気がふわりと緩む。
緩んだ空気の中、やはり吹雪はどこか、ぼんやりした状態に戻ってしまった。彼は戸惑っているのだ。感じている気持ちのやり場を、どこに定めてよいのか分からないから。ただひとつ分かっていることは、やはりやらなければならないという、義務感にも似た何かだった。
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