会議室は三階にあります。

 で、結局、みどりは帰ることができなかった。この後にもやらなければならないことが発生してしまったからだ。


 ケリが付いたのが、そもそもこれの二十分後。もう完全に間に合わない。狙ったかのように終わるタイミングで「清掃業者」と「内装屋」がやってきて、いや、ただ単に外で待機していただけかもしれないが、こちらの対応にも追われ、彼女が担当する「雑務その他」に取り掛かることができたのはもっと後の時間だ。



 業者が忙しく立ち回る中、集まった社員達は一旦事務室に集まって休憩していた。


「社長すまん、一階のシャッターを壊してしまった」


 千鶴が両手を合わせて頭を下げる。千鶴が「壊した」と謝るレベルの破壊度となると、果たしてどれほどか。


「まあしょうがないわ。色々と新しくするいい機会だし、こんなこともあるでしょ」

「予算もそれなりにありますしね」


 と続けるのは禅。手続きやら何やらを終えた彼であるが、それでもまだノートパソコンを広げて画面と睨み合いを続けている。社長とみどりがヒイヒイ言ってやっつけていた書類仕事、その保存状況をチェックしているのだ。


「で、今回仕掛けてきたのはどこよ」


 英治の問いに、禅がこれまた画面を見つめたまま返す。


「多分、威瀬会系でしょう。詳しいことはみどりさんの業務が終わったら分かります。ああ、そのみどりさんなのですが、会議室を使っているので、皆さん三階には近寄らないように」


 新入社員を除く全員が「ハイ」と素直に返事。ある意味非常に珍しい光景であるのだが、その理由を新入社員共に話さない訳にはいかない。実際、吹雪と伯は「どうしてだろう」という疑問が拭えない顔をしている。

 当然、ここは菊之丞の出番だ。


「……どう言おうか……いや、有り体に言うしかないな。みどりさんの『雑務』には、尋問も含まれるんだ」

「尋問」

「そう、尋問。俺達社員が主業務に集中できるように、パートさんがその他の業務をしてくれる。だから、尋問はみどりさんの仕事なんだ」

「仕事」

「みどりさんの尋問はだな、その、手厳しくてな。禅は確か、見学したことがあるだろう」


 ポンと話題を振られて、禅は顔を上げた。視線が宙を彷徨う。


「ええ、見学しました。後学のためと思って。今でも後悔しています」


 眼鏡を外して眉間を指で揉むと、それはそれは大きな溜息。


「後悔」

「後悔です。やめておけばよかった。何と言いましょうか、精神的ダメージがこちらにも来るんですよ。あと、恐怖感ですかね?」

「禅さんが、ですか?」

「吹雪くん、その言葉はどれくらい穿った見方をしても良いのでしょうか? 僕が恐怖を感じないとでも?」

「あー、えと、その……スイマセン」

「まあ仕方ありません、昔からそのように見られてますし慣れてます」


 だったら怖い顔でこっち見るなよー、と吹雪は言いかけてやめる。こわいから。


「それに、あながち間違いでもありません。こんな会社に勤めているくらいですから。それでも、あれは来るものがありますね」

「そんなに……?」

「そうです。恐ろしいです。僕が見学した時はですね、三人残してありました。で、うち一人の胴体を真っ二つに切断して使ってました」

「使う?」


 うひい、と誰かが声を漏らした。


「余すことなく使っていましたよ。眼窩も、あと大脳も」

「使う?」




 その、会議室。

 机と椅子は全て脇に避けられ、床にはブルーシートが敷いてある。みどりは一つだけ椅子を引っ張り出して座っていた。


「どうよ、お仲間の『中』は気持ちよかったでしょ?」


 ブルーシートには夥しい血。水たまりのように。転がる惨殺死体がひとつ。胴体に穴が開いている。頭頂部と、左眼窩も抉られていた。


「はは、返事もできないか。そりゃそうだよね、つい数時間前までお仲間として仲良くやってきた奴の、内臓と脳と目玉をファックしてしこたま出しました、なんて信じられないよね」


 死体に纏わり付く白濁液。血と混ざって、醜いまだら模様。


「でもねえ、元気におっ勃てて出すもの出したのは現実。ね、良かったろ? 温かくてさ」


 ぐったりした男が二人。両者とも全裸。虚ろな瞳。


「二人に犯されながら死んで、彼もきっと本望だったと思うよ」

「……ながら……?」

「最初から死んでたと思った? んなわけ無いでしょ。腹の中、やけに温かいなって思わなかった?」


 身をかがめ、乗り出すように倒れた二人の顔を覗き込んで、みどりは穏やかに問う。


「内心では分かってたろ? 彼はまだ、生きてるって」


 彼等の心の中で答えが出る、その答えが言語化し認識されるまでの時間を待って、体を起こす。


「頭に穴開けたときもさ、結構気ぃ使ったんだよ。頭蓋骨だけ開けて、大脳には直接触れないようにって。えっと、脳姦したのはアンタだっけ? アンタのご立派なブツで貫いてやったのがトドメかなぁ。ま、脳膜は破けちゃってたからどっちにしろ死ぬんだけど……で、モツ姦してたアンタの方、そっちも同じようなもんだわな。こっちはもう土手っ腹に穴開いてたから再利用させてもらったけど、まあ、こんなところで腰振ってる暇があるなら止血でもなんでもやった方が良かったよね」


 真っ向から心を折りに掛かる。使い捨てにするつもりであるので、壊してしまっても良い。


「どうだった? 突っ込んだときの感触」


 二人は青い顔。なのに、その時の感覚を思い出してしまい下半身が反応する。


「さあて、これからが本番だよ。互いに犯し合おうかお二人さん」

「ヒッ……」

「さっきのは所詮オナホだ。柔らかくて温かいだけであって、それ以上にはならない」


 所詮、だけ、と軽い言葉で倫理的罪悪感を塗り潰す。壊れかけた精神はすんなりと彼女の言葉を受け入れる。自らの逃げ場所を作るために。仕方ないのだ、と。


「私がちゃんとやり方を教えてあげるから安心しなさいな。男相手は初めて? 大丈夫、さっきよりも、もっといいから」


 ひどく優しい声色だ。赤子をあやすような。


「ちゃんと私の言うことを聞いてね。そうすれば、もっと良くしてあげる。そのやり方を教えてあげる」


 むせ返るような血の匂い。

 あとで窓を開けて換気しなきゃなあ、とか、上着に穴が空いてしまったなあ、とか、仕事終わって帰ったら寝て、その後に買い物行かなきゃなあ、とか、そんな事を考えながら、みどりは彼等に見せるために笑顔を作った。


「何も考えなくていい。私の言うことを聞いていれば、それだけでいい。でしょ? 二人とも生きてる。私の言うことを聞いてるから。賢い貴方達なら分かるはず……だよね?」




「……マジすか」

「まあ、今時ホモセックスなんて珍しいものでもありませんが。しかしあの人の指示は何と言うか、怖いんですよね。屈服させるための洗脳ですから」

「…………マジすか」


 禅によるみどりの話を聞いて、青い顔をしている吹雪。一方、伯の方は少しだけ浮かべる表情が違った。この事実に気付いたのは数名。


「とにかく、近付かないのが得策です。どうしても見学したいと仰るなら、みどりさんに了解を取ってからどうぞ」

「遠慮します」

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