残業は大変ですね。

 この会社に、何事もない、なんてもんはない。それは分かってはいる。だが、そいつはいくらなんでもデカすぎた。


 その日は夜勤は無かった。しかし、社長とみどりは事務所に泊まり込みで書類と格闘していた。禅もいれば良かったのだが、彼はやはりいつも通りの後処理に忙しく、その上徹夜で書類仕事などさせるのは酷というものだ。彼の代わりにみどりが夜勤に入ることになった。

 特に珍しいことでもない。不定休というやつなので、状況に合わせてシフトを入れているだけだ。


 ここ、日々谷警備保障本社ビルは一階が駐車場、二階が事務所となっている。その二階だけにぽつりと明かりが灯り、人気のない事務所で女二人、黙々とパソコンに向かう。


「しゃちょー、そっちどうよ」


 画面から視線を外さず、手もキーボードの上に乗せたままみどりが問う。


「ぼちぼち終わりそう。そっちは?」

「あと二件じゃあ」

「もうちょっと! 終わりが見えてきた! やった!」

「自分で自分を褒めたい。女子的に〜ご褒美とか〜欲しいな〜みたいな〜ってババアが女子とか言うな! 女子を名乗って良いのは学生までじゃ! なぁにが女子力じゃあ、原子力と同じじゃろ! 崩壊することによって発生するエネルギーじゃろが! 数年経ったら全くの別モンじゃあ!」

「みどりさん、テンション高いねぇー、いいねー、私そのテンション好き」

「キャッ! 告白されちゃった! キャッキャ!」


 それでも手は休めない。傍らに置いてある紅茶はすっかり冷めてしまっているが、そんな事もすっかり忘れて二人はとにかく仕事を終わらせようとブーストを掛ける。

 やり取りが終わってしまうと、あとはキーボードを叩く音と、マウスのクリック音のみ。


 そんな静寂にも近い中である。時折通る車の音がはっきり聞こえる。

 ふと、二人同時に動きが止まる。訝しむ視線が交差する。無言のまま保存処理をし、パソコンの電源を落とす。


「多いね」

「うん」

「まずいなこりゃ」


 会話はここまでだった。二人が大急ぎでデスクの下に隠れる。同時に起こったのは、廊下に面する窓の破損だった。サブマシンガンの類、その特有の連射音。しかも複数。


「ちょっとー社長ー、なにこれー!」

「まあ、これどう考えても、襲撃よねぇ」

「ですよねー! このタイミングで! 最悪!」


 みどりがやたら怒り気味なのも仕方ないと言えば仕方ない。ここの近くにある二十四時間営業のスーパーマーケット、そこの二回目の値引きシールを貼る時間目前。それに間に合うように仕事を頑張っていたのに。

 みどりがデスクの引き出しから手鏡を引っ張り出し、事務所の外を覗う。


「やっぱ多いよ社長、ほんと何これ最悪なんだけど」

「文句言うなら威瀬会の連中に言ってぇ」

「言うわーめっちゃ言うわー文句言いまくるわー」


 軽い調子で喋りながら、左手でポケットからスマートフォン、右手で腰の辺りを探る。青い作業着の下から出てきたのは自動拳銃。

 襲撃者の様子を窺いながらスマホを操作し、緊急連絡用のグループ通話をかける。あまり待つこともなく数名が反応。銃撃音に負けないようにみどりは大声を張り上げた。


「ごめーん、みんな聞いてるー? 只今、事務所が襲撃を喰らっておりまーす」


 スマホを床に置き、スライドを引いて初弾装填。


「敵は多数、こっちは私と社長しかおりませーん。とりあえず加勢に来て!」

「とりあえず、じゃないわよみどりさん。必須って言って必須って」

「へーい。斯様な訳で必須です。はよ来いや」


 作業着のボタンを全て外す。ショルダーホルスターに納めてあるもう一丁も確認して、さて社長はどうかなと顔を上げるが、相手の勢いが無駄に増して銃撃音がますます騒がしくなってきた。おかげさまで再び頭を引っ込める羽目に合う。

 社長のデスクの下から舌打ちが聞こえてきた。そりゃそうだよねえ、とみどりも小さく呟く。事務所内の諸々がどれだけ壊されてしまったことか。損害額を考えると頭が痛い。怒りに任せて社長が叫ぶ。


「あーもう、事務所の損壊はみんなの給料額に直結するからね!」

「ウッヒョアー、社長怒ってるゥー! 私もおいそれと撃てないじゃん、アラヤダどうしましょ」


 一瞬、銃撃に間が生まれる。すかさず発砲。牽制程度であるので当てようという意図は無かったが、どうやら誰かが被弾したようだ。向こう側から小さく悲鳴が聞こえた。


「まあいいや、急いで来てちょーだい。よろしくー!」


 適当に叫ぶと、「ヤベェぞ急げ」だとか「マジでー?」だとか、あとはごそごそと何かを探っているらしき音が帰ってくる。そんな中、最もはっきりと聞こえてきたのが吹雪の声だ。


「今、屋上にいる! 敵が上からも来てやがる!」

「え、上?」

「隣のビルから来てる!」


 よもや上からも投入してくるとは。ならば一体どれだけの数をこちらに差し向けているのか。


「社長、すごいねこれ? 向こうサン頑張り過ぎなんじゃないの?」

「まあね、仕方ないわ。全力で狼煙上げたし、次はお前らだって宣戦布告したし、ついでに向こうが大事に抱えてた戦力を攫ってきちゃったしね」

「アッハハハ社長やり過ぎ! 社長も頑張りやさんだぁ」


 連続していた射撃音がぼつぼつと止み始める。これだけ撃っていればもう大丈夫だろう、と様子を見たくなる、そんなタイミングだ。どんなにオートでぶっ放していたって永遠に続けられるわけでもない。

 通話はオンにしたままスマホをポケットに放り込み、ついにみどりはデスクの下から飛び出した。まずは最前線にのこのこ出てきている鉄砲玉の連中から始末する。パートのお仕事は、まずやっつけられる手近な目標から消化してゆくのがコツだ。

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