社会人としての自覚を持ちましょう。
さて、掛けてやった毛布にくるまって、すやすやと寝ているこの吹雪に何と言ってやろうか。禅が考えを巡らせ始めたところに、本日二番目の、いや、厳密には三番目の出勤者が現れた。
「はようさーん……」
相変わらず頭がボサボサのままの鉄男だ。通勤に使っている車の中は暖かいが、事務所はまだ暖房をつけて間もないので寒い。背中を丸めて事務所に入ってくると、当たり前のように吹雪の背中から毛布を剥ぎ取った。そのまま毛布を頭から被り、自分のデスクにつくと椅子の上に体育座り。ご丁寧に毛布の端を足や尻の下に入れて、まるで縁起物のダルマのようだ。
「おやすみーぃ……」
「寝ないでください!」
次に顔を出したのは貴士だ。こちらは眼鏡を拭きながら入ってきて、「ざいまーす」などと適当な挨拶をしながら眼鏡をデスクに置く。そして、座りもせずに、鉄男がくるまっている毛布を剥ぎ取った。
「うわ、てめ、何すんだこのケツ毛野郎!」
当然そんな声は無視。毛布を持ったまま来客用のソファーへ直行。流れるようなスムーズさで横になり毛布を被って「寝まーす……」と宣言。
「貴士さんまで! 寝ない! 朝ですよ! 勤務時間ですよ!」
「ざっけんなテメェ毛布返せ、それ俺のだぞ!」
「その毛布は鉄男さんのものではありません! 会社の備品です!」
「うるさい、しずかにして……ねれない……」
「寝るなあああああ!」
周囲でこれだけ大騒ぎしているのに、吹雪は起きない。それだけ疲労困憊の体である、ということなのだ。だが、そんな彼にも魔の手は迫っていた。
貴士に次いで出勤してきたのは社長だった。「うう、さむさむ」とすっかり冷え切った両手をこすり合わせながらやってくると、寝こけている吹雪を発見。丸めた背中、その裾からシャツを引っ張り出し、冷たい手を直にシャツの中へと突っ込んだのだ。
「あったかーい」
「ぅわッひゃあああああ!」
流石に起きた。冷え性の女性の手というのは、冬場においてほぼ兵器と同等である。
「吹雪くん、動かない。暖が取れないよぉ」
「つめ、冷たい、やめてやめてやめて」
「社長まで何やってるんですか!」
「吹雪くんの背中で冷え切った手を温めています」
「そうじゃなくて! 僕はやめろと言ってるんです!」
「えー、ケチー。禅くんのケチー」
「ケチでもなんでも結構!」
毛布を剥ぎ取ろうとしている鉄男、断固寝ようとする貴士、もごもごと悶える吹雪、そして背中に手を突っ込んでいる社長、この順番で全員に容赦なくデコピンを食らわせると、「整列!」と一喝。額を抑えて渋々と整列する四人を前に、禅はまるで生徒指導の教師か鬼軍曹のように仁王立ち。
「みなさんそれでも社会人ですか!」
「ニホンジンでーす」
口答えした貴士にもう一撃デコピンが放たれる。バチィッ、と凄まじい音がした。額を抑えてうずくまり、貴士はそのまま動かなくなる。残り三人から送られる弔いの合掌。
「もっと気を引き締めて勤務に臨んでください! 全く、いつもいつも貴方がたは……」
とまあ、お説教が始まるその背後を、英治が「おっはようさーん」と言いつつ通過。この寒いタイミングだというのに、外に接する窓を全開にしてしまう。
「おいコラこのハゲェ! クッソ寒いだろが窓開けてんじゃねえ!」
「鉄男こわーい。でもホラ、氷柱できてるよ。氷柱。ちっちゃいけど」
英治が指差す先に、本当に小さな氷柱。ウキウキしながら自分のデスクの引き出しを開け、折り紙で作った手裏剣を取り出すと、「えいや」とかなんとか言いながら氷柱めがけて投げ始めた。
「……ちょっといいですか英治さん」
「ほいほい、なんじゃらほい」
呼ばれて素直に振り向いた英治。振り向きざまに、禅のデコピンがクリティカルヒットした。
「全く! 貴方がたは! どうしてこう、気が緩みっぱなしなんですか!」
額を抑えてデスクに突っ伏す英治。朝も早くから屍累々である。
「ああそうだ、吹雪さんにはお話したいことがありますので、あとで会議室に来るように。いいですね?」
「ヤーダァー、お局様のイビリよー」
「コッワーイ」
「社長も鉄男さんもいい加減になさい!」
言葉よりも先にデコピンを食らわせ、否応なしに黙らせる。その場にいる殆どの人間が額を抑えて突っ伏す中、吹雪だけはひとり、青い顔をして立ち竦んでいた。禅と目が合う。怯えが見える視線の色を感じ取ったが、禅は容赦なく睨み付けた。
が、しかし。何かが突然飛んできて、禅の後頭部に当たった。
「お、当たった。なあ、さっき上から手裏剣が降ってきたんだ。ホラ。よく飛ぶぞこれ」
にこやかに折り紙の手裏剣を見せるのは、息も白い千鶴。
「千鶴さん……ちょっと、よろしいですか……」
「……ん?」
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