趣味趣向は人それぞれです。

 あまりに呆気なかった。夜の闇に紛れて襲撃し、アジトに集まっている人間の半分くらいは屠ったのに。


「おーおー、懐かしい顔だなぁ」


 ナイフの腹で頬を叩きながら、男が言った。


「去年だっけ? 一昨年だっけ? お前がここにいたのって」

「おいやめろよ、顔に傷とかつけるなって」


 隣りにいた女子高生……に見えるが、その声は男のものだ。


「そのままの顔でヤリてぇんだからよ」

「ホンットにお前はなんつうか」

「変態だって言いたいんだろ? まあいいよ、自覚はあるから」


 半分くらいは減らしたかな、という辺りで予想を遥かに上回る敵の増援。ここ『龍の巣』は果たして、そこまでの支援を受けられるような団体だったか?

 吹雪は今、ベッドに転がされ両手足を括りつけられた状態である。ここは『龍の巣』のアジトであるクラブだ。低めに作られている中二階のVIP席はガラス張りになっていて、下のダンスフロアが見渡せる。ベッドは元から備え付けられていたもので、普段この席で何をやっているのかは見当がつくというものだ。

 身につけた武器類と防具は全て剥ぎ取られた。上着も取られた。下から随分な人数の声が聞こえてくるから、多分これから救援に来た奴等の接待でもするのだろう。今日は営業日ではないはずだ。


「どうする、動画は撮んのか?」

「あー、撮る撮る。売れるから」

「すげえよな、俺は無理だわー……自分のケツもチンコも晒すんだろ」

「ったりめぇだろ」

「どこから来るんだよその自信は」

「この容姿」


 くるりと回ってスカートを翻してみせる。プリーツスカートというやつは、実は中々めくれない。であるので、スカートの中に隠されている男性器も勿論見えない。

 そう、女装しているだけの、彼は男だ。容姿のいい男性なら、なんとなく女装するだけでもそれなりに見えてしまう。さらにもう少し気を使えば、それこそ「いい女」になってしまう。


「うーん……ごめん、やっぱ俺さ、お前のそういうとこワカンネ。女の格好するところからワカンネ」

「似合ってるからいいだろ?」

「あ、うん、まあな。でさ、その先がもっと分かんねえんだよ……なんでお前、そのカッコのままヤろうとすんの。しかも男相手に。しかも掘られる側じゃなくて掘る側て」

「なんか興奮するっしょ」

「……うーん、ワカンネ」

「いいよ分かんなくて」

「まあ、お前が楽しいならいいよ」

「ありがと。オメーのそういうとこ、俺は好き」


 ふと、下のフロアの照明が落とされる。同時に聞こえてくるのは、フロアごと振動しそうな重低音。DJブースにいつものメンバーが入っていた。


「やっと始まったよ」

「下行く?」

「うん。お前のケツチンコ見る気ねぇし。どうする、誰か呼ぶ?」

「あー、見たい奴いたらさ、こっち来ていいって言っといてやって」

「はいよー」


 一人はそう言って下のダンスフロアへと去ってゆく。この会話の間、ずっと吹雪は拘束された手足をなんとか解こうと暴れていた。だが、嵌められた手錠はびくともしない。

 仲間が去ったのを確認して、女装の男は吹雪が横たわるベッドへと歩み寄った。


「吹雪ィ……俺さ、お前が襲撃に来たとき、嬉しかったんだ」


 ニヤニヤと笑いながらベッドに腰掛け、顎を掴んで無理矢理に顔を向けさせる。吹雪の怒りに満ちた視線も物ともせず、男は笑う。笑う。


「ずっと狙ってたんだよ、お前のこと。でもさあ、吹雪って俺らのとこ入ってたわけじゃねえじゃん? 金で雇った奴だから、手ぇ出すわけにもいかなかったし……」


 吹雪の上にのしかかる。ご立派な状態になったものを押し付けてくるので、かなり不快だ。


「でもさ、こういう形で来てくれりゃ、何やったっていいよな? な?」


 押し付けてくるだけではない、執拗にこすり付けてくる。


「もうさ、お前捕まえた時点でずっとこうなんだ。ヤッバイだろ? 吹雪さあ、お前、今までよくケツ処女守ってこれたよな? 俺以外にも絶対いたって、狙ってた奴。いるって」


 体を起こすと、吹雪の上に跨ったまま彼はスカートを捲った。ご丁寧に下着まで女物をつけている、そこからはみ出しているのはこれまたご結構なサイズの屹立したペニス。そいつを吹雪の顔に触れるか触れないかまでの位置へ近付ける。吹雪は顔を背けようとするが、顎関節の辺りを鷲掴みにされて見たくもないモノへと向きを固定されてしまった。


「クソ、テメェやめろ……!」

「無理、ごめんマジ無理。とりあえずさ、一回出させて。さっきから限界だったんだよ」


 確かに、先端からは先走りが溢れて濡れている。ダンスフロアで明滅するトリコロールのスポットライトに光って、目視できてしまった。見た目は女子高生であるのに、飛び出しているものは男を主張している。その何とも言えない違和感。


「やめろつってんだよこの変態野郎!」

「ヤッベ、息かかるだけでイキそ。いい顔してるよ吹雪、俺さ、お前のそういう顔すげえ好き」


 空いた方の手でしごき始める。吹雪は思わず息を止めた、臭いを嗅いでしまったから。


「ほら、こっち見ろよ……見ろって……出るから、もう、出るから……イイよ吹雪、見ろよ、出るとこ、見ろよ」


 下のフロアから何人かが上がってきて、ベッドを取り囲み興味深そうに見つめてくる。その状況が、余計に吹雪を苛立たせた。が、何もできない。


「出る、あ、出るっ、出る……!」


 びくり、と僅かに跳ねるのを見て、吹雪は瞼を強く閉じた。もう一度息も止め、出来る限り顔を背けた。間髪入れずに顔面へ掛かる、生暖かい粘液。この早漏野郎、とか、いつまで出してんだこのクソが、と罵詈雑言を叩きつけてやりたいがこれもできない。唇の辺りにも精液が掛かって、口を開いたら確実に中に入るのが予想できた。

 少し経って、顎から相手の手が離れるのを察知する。即刻横を向いて口に入りそうだった精液をシーツで拭き取ろうとしたが、変なタイミングで再び顎を掴まれ、悲しいかな、精液が口の中へと垂れてきた。


「やめろよ……勿体無いだろ。飲めって」


 口の中に入ってしまった精液を、唾と一緒に相手の顔へ吐き出してやる。見事に顔面へと返却。だが、やはり相手の優位は崩れないのだ。ニヤニヤと笑ったまま、こちらを見下す。


「ま、いっか。次は吹雪の口でコレの掃除してもらうから」

「……ざっけんな、噛み切ってやる」

「あー無理無理。んなのできねぇよ。それに俺、噛まれるの慣れてるし。みんな同じこと言うし、みんな同じことやろうとすんだよな、ハハハ」


 そう言って、位置をずらし、出したばかりなのにまだ勃ったままのものを口の中へ捩じ込もうとした、その時だ。


 VIPフロアに居る彼等は爆音で流れるドラムンベースのせいで、気付かなかった。突如開け放たれるダンスフロアのドア。見覚えのない闖入者が二人。片方は女だ、長い髪に幅広のチョーカー、もう片方は男。揃いのシャツに黒いベスト。問題は彼等が持っている物だった。女はオートの、男はリボルバーの銃を右手に。女の左手にはいまいち似つかわしくないカランビット、男の腰には日本刀だ。

 誰だ、と誰何の声よりも早く二人の右手が上がる。迷いなど一切無かった。問答無用で二人はトリガーを引く。間抜け面で真正面から銃弾を食らった奴等が、血を撒き散らして床へと倒れた。


 一瞬、場が凍りつく。侵入者の方はそれにいちいち付き合う必要はないわけで、フロアを見渡し目的の対象がいないことを確認すると走り始めた。


「あそこだろ?」

「分かってるって!」


 男の方が先行する。フロアを突っ切り、中二階のVIPフロアの下へ。走りながら撃ち、進路を確保する。女の方は一歩下がってから、男よりも更に速い速度で走る。

 位置についた男は女へと体を向ける。中腰になり、掌を重ねて、差し出すような姿勢になった。そこへ向かって女は駆ける。そして飛び、迷いなく男の掌を踏み台にした。男は両腕を跳ね上げる。女はさらに飛ぶ。そう、VIPフロアの窓へ向かって。やたらと大きい窓ガラスが、派手な音を立てて砕け散る。

 ここでようやく、VIPフロアの連中は侵入者に気付いた。だが遅い。ふわりと着地した女が瞬時に銃を撃ち放つ。体に穴を穿たれた死体を量産。今しがた奪った命へ何の感慨もなく一瞥すらくれず、女はベッドへと駆け上がる。


「……なんだお前、なってねぇなぁ。女装するんなら、もうちっと気ぃ使えよ?」


 この女もだ、放たれる声が、男のものだった。銃口を女子高生女装の側頭部に突き付け、顔を歪めて笑ってみせる。


「おい……ちょっと待てよ、お前……」


 聞き慣れたその声を、吹雪が聞き間違えるはずもない。


「もしかして、鉄男なのか?!」

「おうさ。謎の女ディーラー『ゴースト』は世を忍ぶ仮の姿。その正体はこの俺、黒沢鉄男よォ」


 十鬼懸組のカジノパーティーで優雅にカードを切っていたはずの女、『ゴースト』。喋ることなどできないはずだ、化けの皮を剥がしてしまえば、その下に潜んでいるのは凶悪な男。


「てめ、誰……」


 敵が言葉を放ち切らないうちに鉄男はトリガーを引いていた。頭蓋骨を突き破って侵入した銃弾が、脳をかき回してから反対側へ出てゆく。後から思い出したように、上半身が倒れた。もうこうなれば、こいつはただの邪魔な肉の塊だ。ピンヒールから履き替えたいつものコンバットブーツで思い切り蹴り飛ばして、ベッドから落とす。


「あーあーあーあー、すっげえなオイ。ぶっかけられてんじゃねぇか……」


 蹴り落とした死体の懐を漁り、手錠の鍵を見つけ出す。急いで吹雪の拘束を解いてやると、シャツの胸元へ手を突っ込む。


「これで拭いとけ」


 なんと、取り出したのはタオルだった。推定Dカップと思われた胸元が少し寂しい感じになっている。要はこのタオル、詰め物であったのだ。

 吹雪すぐさま顔を拭うと、ようやっと立ち上がることができた。


「な、なんで、ここに……」

「んあ? ああそっか、知らなかったんだよな。潜入先がすぐ近くでさ、そこでお前が襲撃仕掛けたって小耳に挟んだもんだから」

「え……」

「ホントは今夜、十鬼懸組の幹部に襲撃仕掛ける予定だったんだよ。まあいいんじゃね? こっちだって潰す予定だったんだから」


 ニカッといつものように笑ってみせると、先程自分でブチ破ったガラスの破片を足で除けつつ窓際へと歩み寄る。下を覗き込んで、呑気に「おーい」なんて呼び掛けた。


「貴士ーぃ、どうよそっちは」

「うっせえ! オメーもそっち終わったんなら降りてきて手伝えよ!」


 ダンスフロアに残された男が叫び返す。そう、『ゴースト』の冷徹なアシスタント『バレット』は、畑貴士その人である。


 リボルバーを一旦ホルスターへしまうと、貴士は愛刀を鞘から引き抜く。ダンスフロアにいる連中は彼の殺しぶりに腰が引け、折角の反撃の機会を逃していた。反撃が来るものだと思っていたので、少し拍子抜けしてしまう。抜いた刀を肩に担いで、貴士は盛大に溜息をついた。


「あーあ、全く、慣れないことはするもんじゃないね」


 きっちり上まで留めていたシャツのボタンを外し、折角きれいに整えたオールバックも乱暴に手で崩してしまう。


「まあいっか。さぁて皆の衆、仕切り直しておっ始めようか!」

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