残業もあります。
それから少し後。
一台のバイクが、崩落した天誠組本部の側までやってきた。ここに生きている人間は一人も居ない。やけに静かな空気が満ちている。バイクは表玄関があったところに止まった。
運転手はバイクから降り、フルフェイスヘルメットを脱いで、盛大な溜息を付いた。
「派手にやれとは言いましたが、いくらなんでもやりすぎでしょう、これは……」
眼鏡を取り出してかけながら、いつもの調子でこぼす。禅だ。別件の後処理を終えて、ようやくこちらに来ることができたのだ。
見渡す限りの瓦礫、瓦礫、瓦礫。もう溜息しか出てこない。肩だって下がる。だが、溜息ばかりついている場合でもないのだ。
「……燃やしますか」
手っ取り早い処理方法、それは焼却してしまうことである。詳しく調べればボロはいくらでも出るが、そこは対処できる範囲だ。それよりも、この瓦礫の山を何とかする方が先だった。
その瓦礫の影から、何かが動いた。天誠組の生き残りだ。辛うじて生きている、といった状態ではあるが、それでも手にした銃を禅に向けようとしている。それもそうだ、ここを襲った連中と同じ制服を着ていれば禅が何者だか分かる。
だが、復讐心に燃える天誠組の組員は何もできなかった。禅が放った早撃ちの方が、遥かに速かったから。
銃を懐にしまって、代わりにスマートフォンを取り出し、会社に電話をかける。コール音が二回鳴らないうちに相手が出た。
「はい、日々谷警備保障本社、坂木でございます」
「もしもし、みどりさん? 僕です」
禅の声を認識した途端に、みどりから外面用の声の高さが失われる。
「ハァ? うちの会社に僕なんて名前の人はいませんがァァア?」
「いや、そんなボケいらないでしょう」
「バッキャロウ! 名を名乗れつってんだよォ!」
「あーはいはい、寒田です」
こちらの電話番号は表示されているだろうに、みどりという人はいちいちボケを突っ込んでくる。適当でも対応してやれば収まるので、禅は律儀に名乗ってやった。
「ええとですね、焼却処分してしまいたいので……」
「ほい了解、着火剤の在庫確認してくるね。どれくらいで取りに来れる?」
「いや、みどりさん届けてくださいよ」
「ざっけんなテメェ、定時で上がらせないつもりかテメェ」
「いや、僕ここまでバイクで来てますし、運搬能力皆無ですから」
「ざっけんなテメェ、車乗っていけよクルルァ」
「みどりさんが届けてくれれば話は早いじゃないですか」
「めんどい」
「それが本音か!」
定時に帰るためならありとあらゆる手段を厭わない、それがパートタイマー坂木みどりである。全くもって困ったオバチャンだ。
「他に手段がないんだから仕方ないじゃないですか。パッと持ってきてそのまま直帰すれば、時間的には余裕ですよ」
「めーんーどーいーすこぶるめんど……あ、禅くんごめん、冗談抜きで私持っていけなくなった」
「どうしました?」
「要救護者が群れ成して帰ってきやがった。大丈夫そうなヤツ見繕って向かわせるから、ちょっと待ってて頂戴」
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