早めに出勤する人もいます。

 事務所のホワイトボードに、幾つもの団体名が記載されている。そのうちの幾つかは線が引かれ、チェック済みとなっていた。

 そのうちの一つに、禅が線を引いた。『ケット・シー』という文字列が、存在を消される。

 眉間に皺を寄せて、彼は線を引いた文字を見つめる。深い深い溜息をついて、デスクに突っ伏す吹雪の背中へと視線を移した。

 出社した時点で既にこの状態だった。どの時間に帰ってきたのかは分からない。念のために状況をチェックしようと思ったが、その必要は無かった。


「元気なのを飼ってて何よりだ。ま、もうちょっと気を付けてほしいがね」

「灰皿はあちらです。くれぐれも、灰を床に落とさないでください」

「へいへい、分かってますって」


 社員ではない男がそこにいた。社長の「後輩」を名乗る男、六平だ。


「ところで、間違いないのでしょうね?」

「勿論。麻取の連中から確認は取った。全員『ケット・シー』の構成員だ。一人残らずお陀仏だよ」


 渡されるファイル。中には現場写真と、個人情報を記した書類。険しい表情のまま目を通す。


「検分したいことがあるなら早めに言ってくれよ? 全部消し・・ちまうから」

「特にはありません。処理はご随意にどうぞ」

「あいよ、今日中には終わらせる。あ、それはそのまま持っててもらってかまわないから」


 灰皿はあちら、と言われたのに、手近な箇所に灰皿があるのを見つけて遠慮なく六平はそれを使う。貴士のデスクにあったものだ。そんな彼を放置して書類と睨み合いを続ける禅を見つめ、六平は紫煙を吐き出す。


「……こんなとこまで『出向』とは、そちらさんも大変だね」


 ここでようやく、禅は顔を上げた。六平に向ける視線はすこぶる険しい。


「ハハ、そんな顔して睨むなって。ちゃあんと知ってるから、今更隠す必要もないよ。こっちもそういう立場で動いてるんだ」


 しかし禅の表情が緩むことはない。元から険しい顔付きの人間ではあるが、更に酷くなったままだ。


「こちとら、アンタが二課にいるときから知ってるんだからさ。俺らもそっちも似たようなもんだ、お互い仲良くやろうや」


 しかし禅は、眉間に皺を寄せたまま書類へと視線を戻してしまった。六平は大袈裟に肩をすくめてみせた。


「おうおう、怖いねえ。アンタんとこはみんながみんな、そんな仏頂面してんのかい」

「この顔は幼少期からこれです。必要とあらばいくらでもにこやかにできますが、そうしましょうか?」

「それはそれでおっかないね、遠慮しておくよ。いや、小百合さんから『顔が緩むときもある』って聞いてたもんだから、どんなもんかなと思って」

「……ああ、社長までみどりさんの悪影響が」

「なんだ、怖い顔以外もできるんじゃないか。アンタ色男なんだから、もうちょっと明るい顔してた方がいい」

「ご忠告痛み入ります。ですが、必要がありませんので」


 書類を全て確認し終えると、ファイルの中へ几帳面に揃えて戻す。


「それでは、こちらお預かりします」

「はいよろしく。そこで伸びてる元気な奴に言っといてくれ、次があるならもっと気を付けろって。業者の電話番号、教えといた方が良いんじゃないのか」

「そうしましょう。警察を清掃業者代わりに使うのもよろしくありませんからね」

「そうだそうだ。なんなら料金請求させてもらおうかな」

「彼の給料から天引きします」


 はは、と笑って、六平は煙草を灰皿に押し付けた。


「じゃ、これで失礼するわ。小百合さんによろしく言っといてくれ」


 上着の前をかき寄せ、「うう、さみ」などと呟きながら六平は事務所を後にした。

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