第3話00000011 ウワサ
早朝の校内ともなれば生徒たち全員が登校するまでは生活音も話声もすくなく
だが、この日は打って変わって人の出入りが激しい。
バタバタと人が
職員室に設置されているすべての固定電話が鳴っていた。
まるで秋が引き連れてきた鈴虫のようにどこかで受話器を置けばどこかですぐに電話が鳴る――リンリン。と高音域の共鳴を繰り返している。
校内にいる教師たちは朝からずっとその対応に追われていた。
マニュアルのないやりとりに職員達は困惑している。
「ですから。現状ではなにもお答えすることはできません」
「その件に関しては……すみませんが……わかりかねます」
「現在、警察もきて調査中ですので……」
つい数時間前に太陽が顔をだしたばかりだというのにまるで終業時のように
一分一秒が何十分に感じている。
いったいなにをどうすればこの現状が落ち着くのかその答えを誰も持ち合わせてはいない。
それもそのはずだ、ふつうの生活でこんな事件に巻き込まれることはそうそうないからだ。
経験豊富なベテラン教師も、まだ入りたての教師もいまこの場では同じラインに立つ新人だ。
職員たちは頭を抱える。
なかには
受話器の奥で獣のような怒鳴り声をあげる人や、若者の笑い声だけが聞こえる電話もあった。
ラーメンにチャーハンやギョウザをオーダーしてくるなどさまざまな電話がかかってきた。
ただひとついえることは、その事件がなければこの電話たちはなかったということだ。
「どうしてこんなことに……」
「高田先生はまだ帰ってこられないんですか?」
「はい。まだ事情を訊かれているようです」
「理事長は?」
「いまは対策を練るとかで理事長室にこもっています」
騒然とする校内で生徒たちへの対応は後回しにされていた。
手が回らないといったほうが正しい。
「自習」という名目で
生徒たちはそんな教師の慌てぶりなど知らずどこかイベントのように感じていた。
登校したはいいが突然の自然災害で急遽早退そんな感覚だろう。
日常では味わえない特別感はどこか他人事であり、非日常の事件に生徒たちはなぜか心を躍らせていた。
それもこれも今回の事件の重要さがあまり生徒に伝わっていないということが大きい。
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―――
「三浦さん自殺しちゃったって」
「ひどいイジメに遭ってたらしいよ?」
「ミサちゃん?」
「たぶんね」
「なんであんなに執着するんだろうね?」
「お嬢様はなに考えてるのかわからないわ~」
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「三浦さん。呪いの儀式やって死んだんでしょ?」
「周期表の? でもあれ順番を間違えたら自分に跳ね返ってくるんだよね。ほら見て?」
そう言った生徒は机のなかからサッと化学の教科書を取りだした。
外国のどこかの風景が表紙になっている。
真っ黒な夜空に紫と緑と赤三色のグラデーションのオーロラがひらひらとそよいでいた。
そんな壮大な眺めがそのまま教科書に使用されている。
表紙をめくって見開きの二ページを指差した生徒。
いくつものアルファベットが何種類かの色に分かれてテトリスのように積み重なっている。
「あっ。硫黄は“S”で水素は“H”、ヨウ素は“I”でネオンは“Ne”これを合わせると“
「そう。でも正しい順番じゃなかったら自分が死んじゃうんだよ」
「
「じゃあ三浦さん死に損ってこと?」
「そうなるかな~?」
「かわいそう……」
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「ミサちゃんの家ってパパは議員さんでママはPTA会長だからね~」
「典型的パターンだね?」
「けどうちみたいな私立じゃ権力には勝てないでしょ?」
「なんかこれぞ私立高校って感じだね?」
「ミサちゃんのパパって与党の桜木議員だよね?」
「そうそう。国会議員さん」
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「……最初に高田先生が三浦さんを発見したんだってさ!?」
「ああ~生物部と化学部の顧問だもんね?」
「生物部と化学部ってふだんなにしてるの?」
「さあ~。部員がいるのかも謎だけど……」
「先生ひとりじゃないの?」
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「あ~警察だ。スゴ~い!!」
「どれどれ。あっ、捜査一課!?」
「えっ、なんでわかるの? どこにも捜査一課なんて書いてないよ?」
「ほら。スーツの胸元に赤いバッジついてるでしょ。あれが捜査一課の証」
「へ~そうなんだ。よく聞くよね。捜査一課って!!」
「……けど。捜査一課って殺人とか凶悪犯罪担当なんだけどな~?」
「三浦さんって自殺でしょ? なんで?」
「さあ。テレビ局もきてるから大事件かも!?」
「わたし、なんかゾクゾクしてきた」
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―――
校内のあちらこちらでさまざまな噂が飛び交っている。
真実味を帯びた話から、ありきたりな学校の怪談まで雑多なゴシップたちだ。
こうして理科室発祥の都市伝説が作られた。
そしていくつか生成された副産物もある。
こんな事件を起こしてもミサは
――それから数年のときが流れた。
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