第14話00001110 出席番号十八番 三浦希


 ――五月十日 昼休み。 


 前田美沙緒、岬カンナ 欠席三日目。

 

 椅子の背もたれに裏返されたブレザーがかかっている。

 キュプラの生地がつるつると光りを放つ。

 どうしてわざわざそんな手間のかかることをするのか。

 その理由は単純に「三浦(希)」というネームプレートを隠すためだ。

 

 三浦希はいつも独りでいる。

 それはいつなんどきでもだ。

 いまだってそうランチクロスの結び目を解いて二段重ねの小さな弁当箱を机の上に広げた。


 なんの絵柄もない無機質な箱はまるで孤独を演出しているようだった。

 三浦希はそれくらいがちょうどいいと思っている。

 

 誰に見せるわけでもない、誰かに見られるわけでもないいろどりなんてない弁当。

 それこそが自分に相応しい。

 食事は目で楽しむ、色で食欲が湧いてくるなんて三浦希にとっては無意味なことだ。

 栄養さえ摂取できれば味になにひとつこだわりはない。

 味気ないのはも日常も同じで机を合わせた仲良しグループの昼食会なんてどうでもいい。


 ――社会にでればどうせ独りになるんだから。


 この一言が三浦希を支える言葉だった。


――――――――――――

――――――

―――


 伊藤咲、筒井凛、上野陽菜は三人仲良く机を持ち上げた。

 長方形をふたつ合わせると大きな正方形になる、そこにもうひとつ小さな長方形が加われば漢字の「とつ」のような形になって三人の食事処しょくじどころになる。

 

 それぞれがそれぞれに弁当箱を広げた。

 母親が早起きして作ったのだろう。

 年相応としそうおうな量と栄養のバランスが考えられた中身が見てとれる。


 ただしどこかダイエットのリクエストを感じるラインナップにもなっている。

 控えめなご飯にミートボール、卵焼きとブロッコリー、それとほうれん草の和え物。


 桜でんぶ、鳥ひき肉、そぼろ卵、ピンクと黄色と茶色の三色。

 そぼろご飯は目で楽しむ、色の食欲を実践している


 ハムサンドにタマゴサンド、そしてサイドメニューはポテトサラダとおまけていどのミニトマトがふたつ。


 三者三様の弁当だが誰も箸をつけず高校生らしく話に夢中になっていた。


 「昨日は水やり変わってくれてありがとね~」


 ――うん!! 伊藤咲と筒井凛の二人の声がぴったりと重なった。


 「理科室の都市伝説どうだった?」


 ――うそ、うそ~!! 


 ――ないない!!


 伊藤咲と筒井凛は手を叩き大笑いする。

 パチパチという音は教室に響くことはなくただ「凸」の周囲で消えた。

 なぜなら他のグループも大きな笑い声をあげてボリュームの壊れたラジオのように騒いでいるからだ。


 「だよね~!!」


 上野陽菜も箸を片手に笑いに混ざる。

 三浦希だけはこの大音量おとのなかで独りという凪にいる。

 教室のなかにある孤島それが三浦希の住む場所だ。


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―――


 三浦希は伊藤、筒井、上野の三人グループをちらりと見た。

 その三人とは別方向の冷ややかな視線を感じる。


 「三浦さん。また独りでお弁当食べてる」


 「ぼっちだからね~」


 「あの包帯ってやっぱり?」


 「リスカだよね?」


 「傷痕隠しきれてないし」


 「アムカもやってるみたいだよ」


 「ブレザー脱いだらYシャツが透けるって気づいてないのかな~?」


 「なんか……暗いしね~」


 「だから近寄りがたいんだよね~」


 三浦希の元にどこからともなく悪口が届く。

 ただせめてもの優しさなのか声は小めだった。

 悪気があるのかないのかわからないけれど三浦希はそれを悪意と受け取るのは当然だ。


 「根暗」むかしからそういわれてきた。

 自分から同年代の誰かに話しかけることが恥かしくてできない。

 できる人には簡単なのだろうけど三浦希にはそれがとても難しかった。

 

 大人相手であれば目上ということで多少の会話はできる。

 きっとこんなことを考えている時点で話しかけるという行為を意識してしまっているからだろう。


 三浦希はそれを意識するたび言葉につまった。

 するとスムーズに会話ができなくなる。

 いまだかつて友だちというものがいたことはない。

 自分とどこかに共通点を持つ人となら打ち解けられる気がする、とも思ってはいるが、それは夜ベッドのなかで描く妄想でしかない。


 (同年代の娘たちが話す音楽やファッションに興味はない……いいえ。本当はもの凄く興味はある。でも私みたいな人間がそんなことに興味を持ってはいけない気がする)


 アザミ高校のブランドの制服と通学バッグは三浦希にすこしだけ勇気を与えた。

 学校の指定の物で自分が持っていても許されるから。

 でも瞬間の勇気はすぐに顔を隠した。


 (毎日が苦しい、この苦しみはいつまでつづくんだろう? 先生たちのいう――高校生活なんてあっという間。……私にとって一日は永遠にも等しい。なんて孤独なんだろう。私に生きる意味があるの?)


 毎日、何度もこんな自問自答を繰り返す。

 三浦希はそっと手首をなでる。

 心のなかのドス黒いものが包帯の下の傷跡をうずかせた。

 

 (今日も……私は繰り返す)


 「ああー!! 健康診断の身体測定。体重、死んでる!!」


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 理科室 四時五十分。


 三浦希が理科室からちょうど出てきたとき、高田はまるで子どもでもあやすような口調で声をかけた。


 「三浦さん」


 三浦希を呼び止める、その声はいつものように優しい。

 心の底から生徒を気づかっていると三浦希は思った。

 

 「……大丈夫?」


 「えっ、なんのことですか?」


 「大丈夫ならいいの」


 高田は微笑んだ。

 いつも疲れた感じではあるけれど漂わせている雰囲気は誰かの罪を肩代わりするようだった。

 それは聖母というたとえが似合う。


 「今日は薊の水やり当番だったんで」


 「そう。気をつけて帰ってね?」


 「あっ、はい。さようなら」


 高田はさっと三浦の腰に手を回した。

 高田のやせ細った手でも思いやりのある好意に三浦希は心底喜んだ。


 (担任は生徒ひとりひとりに目を配ってくれてるんだ。今日はやめよう……かな……)


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―――


 高田の推測する法則。

 さきほど三浦希を心配したのはもちろん三浦希が孤独ひとりでいることではなく三浦希自身の身の安全を思ってのことだ。

 

 高田は考える。

 【まえだミサお】【ミサきかんな】……「ミサ」。

 この流れだと名前のなかに「ミサ」と含まれる生徒は狙われ「三浦」という名字の安全は担保されているようだと。


 あの事件が絡んでいないと否定することはできない、と思う。


 (桜木ミサ……あの日彼女を惨殺したのはやはり……三浦シオン)


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