第13話00001101 出席番号 二番 伊藤咲 ・三番 上野陽菜 ・十一番 筒井凛 

 ――五月九日 放課後。


  前田美沙緒、岬カンナ 欠席二日目。


 アザミ高校は私立高校のため将来に備えた専門教科がいくつも用意されている。

 それらは選択授業で、多く生徒たちは手に職がつくような教科を選ぶことが多い。


 主に七時間目がその授業に割り当てられているため一般の高校よりも帰宅時間が遅くなる。

 すべての授業を終えた放課後の合間、伊藤咲は友人の筒井凛と雑談で盛り上がっていた。


 「ねえ、凛。花の水やり当番ってさ~園児みたいだと思わない?」


 「そうだよね。毎日毎日誰かが当番って。でも薊の花が学校のシンボルだからってことで理事長がやらせてるんでしょ?」


 筒井凛はブレザーの内ポケットからラインストーンでデコレーションした生徒手帳をだしてペラペラとめくりはじめた。

 生徒手帳には出欠確認用のICチップが埋め込まれているため指先がときどき硬い金属に当たる。


 生徒手帳の一、二ページ目には校則が書かれている。

 そこにたくさんのプリントシールが貼ってあって筒井凛を中心に友だちと仲良く写っていた。

 三、四ページ目はフルカラーの赤い薊の写真と――植物は大事な生命です。の赤い太字。


 備考にはの花言葉がある。

 【安心】【満足】【厳格】【独立】【触れないで】【復讐】などと印字されていた。


 「……けど、うちのお姉ちゃんのころにはそんな習慣なかったってさ。制服の無償支給もここ数年ではじまったみたいだし」


 筒井凛は伊藤咲の何気ない言葉に生徒手帳をぱたりと閉じ手際よくブレザーに戻した。


 「えっ!? 咲のお姉ちゃんってアザミの卒業生なの?」


 「うん。そうだよ」


 「へ~」


 「あの事件があった翌年に入学したの」


 「よくそんな学校に入学したよね? まあ、私たちもだけどさ……」


 「だって~アザミってさ私立でも異常なほど有名大の合格率高いじゃん!!」


 「そうだよね。まあ、私もそれ目的だし。勉強で心病んじゃえば三浦さんみたいなこともありえるでしょ」


 「かもね。学校でってのはちょっとやりすぎかもしれないけど」


 「あてつけだったのかもね?」


 「でもうちの学校ってそれほど勉強厳しくないよね?」


 「だよね。高田先生もあんなだし」


 「あれかな~? 逆にそういうことがあったから自由になったのかも」


 「ありえるね~」



 今日の水やり当番の上野陽菜が息を切らせ教室に飛び込んできた。

 ――やばっ~。と一言、声にだして片目をつむりちょこんと舌をだした。


 「ねえ、咲か凛。今日の水やり代わってくれない?」


 上野陽菜はふたりに声をかけるとまた肩で呼吸した。

 両膝にあった両手を顔の高さまで上げて「お願い」という意味を込めて手を合わせる。

 そして伊藤咲、筒井凛にさっ、さっと向き直す。

 上野陽菜、伊藤咲、筒井凛はいつも一緒にいる仲の良い三人組だ。


 「えっ、いいけど。なにかあったの?」


 すぐに了承したのは筒井凛だった。


 「いや~七時間目の情報処理で補習になっちゃって。パソコンって難しいんだよね? 二進法でプログラムされていて“0”と“1”で動くとか。私には全然わからないわ~」


 「なんか難しそうだね。私、情報処理、選択しなくて良かった~」


 「私も~。じゃあ凛とふたりで水をあげておくね~」


 伊藤咲もそう気軽に答えると了承の意味で手を上げた。


 「ふたりとも頼んだ!!」


 上野陽菜は何冊もの参考書を抱え、踵を返し補習へと向かった。


――――――――――――

――――――

―――


 薊の水やりを頼まれた伊藤咲と筒井凛のふたりは今、理科室にいる。

 たいていの壁紙にはマッチするであろう木目調のカラーボックスが据え物のように置いてある。


 どこのホームセンターでも購入できる上中下の三つに分かれたタイプのカラーボックスだ。

 カラーボックスは理科室に入ってすぐの黒板の左脇にある。

 真上には大きくて丸い一般的なアナログ時計がかかっている。


 カラーボックスは長年同じ場所に置かれていたためカラーボックスの足元には本体を縁取るような四角い日焼けの跡がくっきりとある。

 上段には小さな如雨露じょうろが取っ手を前にして置かれている。

 この如雨露じょうろは用務員である神野がいつも用意しているものだ。

 持ち運びしやすいようにといつも取っ手の向きを調整して置いている。


 神野の几帳面さを生徒たちが肌で感じる瞬間でもあった。

 この心遣いがまた女子生徒の心を掴んだ。


 薊の花に水を与えては空になった如雨露をふたたび上段に返す。

 アザミ高校ではいつからかそんな習慣が根づいていた。

 

 ほかの生徒たちもこの習慣には特別な意味はないと思っている。

 強いていうならば学校のシンボルの薊をでる日課。


 「あれ~? なんか今日、このカラーボックスずれてない?」


 伊藤咲が左に五度ほどずれたカラーボックスの変化に気づいた。

 ふたりは壁の日焼けとともに床からはみ出ているカラーボックスの位置に目を向けた。


 筒井凛が木製のカラーボックスの側面に手をかける。

 伊藤咲もつづいて指先でポンとカラーボックスを小突いた。


 「本当だ。たしか一週間前の授業のときは壁にピッタリだったよね?」


 「覚えてない……てか壁に謎の継ぎ目がある」


 「なんだろ?」


 「理事長がまた変な工事を始めるんじゃない?」


 「そうかもね~理事長の趣味が改築だもんね~」


 ふたりは談笑を交えながらなにごともなく理科室をあとにした。


 ――違う……。


 そう微かな女性・・のつぶやきが聞こえたがすぐにその陰は消えた。

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