第15話00001111 素数

 黒木自身も自分の頭を使って考えていた。


(前田さん、岬さんは今日も欠席か。やっぱり不安だな~)


 黒木はほとんど寝ずに考えた憶測を今日、高田に話してみようと思っている。

 たとえそれが徒労に終わっても生徒の安全のほうが大事だ。

 黒木が校内で高田を探していると理科室の前で難しい顔をしている高田を見つけた。


 ジジジ、ジジジ、ジジジ、ジジジ、校内の防犯カメラが黒木を追う。

 新人にさえなっていない自分が話かけてもいいのか? とためらうよりも進む勇気が大事だと思いながら高田におそるおそる声をかけた。


 「高田先生。あの差し出がましいのですが聞いてもらえますか?」


 「なにかしら」


 「前田さんと岬さんの出席番号って十七番と十九番なんです。これって素数なんです」


 「えっと……どういうこと?」


 高田は黒木のほうへと体を向き直して口をすぼめた。

 防犯カメラがそんなふたりの様子を録画している。

 高田も黒木もそれに気づかない、いや、校内にはあまりにも多くカメラがあるためにそんなことは気にしなくなっていた。

 長期にわたりカメラに密着取材される人も同じなのだろう。


 「あのですね。素数とは“一” と自分自身でしか割り切れない数字のことです」


 黒木を人差し指を上げた。


 ――たとえば「二」を例に挙げると「一」と「二」で割ることができるので素数で。

 「六」を例に挙げると「六」は「一」「二」「三」「六」で割ることができるので素数ではりません。


 空中に空文字からもじを書いて担当教科である数学の知識を披露した。


 「そういえば黒木先生は数学が専攻科目でしたね?」


 「はい。ですのでつぎに誰かが被害に合うとしたなら二十五人のなかでは前田さん岬さんを除き出席番号“二”、“三”、“五”、“七”、“十一”、“十三”、“二十三”の誰かです」


 黒木は自分のタブレットの「Class」アイコンをタップする。

 つづいて画面のなかでフワフワ揺れている「一年C組」の四つ角の丸い正方形に触れた。


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《一年C組 クラス名簿》 あいうえお順 (ヨミガナ) 計二十五名


担任 高田 美津子 (タカダ ミツコ)


1、阿部 飛鳥   (アベ  アスカ)

2、伊藤 咲    (イトウ  サキ)

3、上野 陽菜   (ウエノ  ヒナ)

4、風間 明日香  (カザマ  アスカ)

5、鎌田 美穂   (カマタ  ミホ)

6、木下 裕美   (キノシタ ユミ)

7、工藤 真理    (クドウ  マリ)

8、斉藤 セイラ  (サイトウ セイラ)

9、澄田 雅    (スミダ  ミヤビ)

10、滝川 唯   (タキガワ ユイ)

11、筒井 凛   (ツツイ  リン)

12、中山 麻奈美 (ナカヤマ マナミ)

13、根元 愛美  (ネモト  マナミ)

14、速水 薫   (ハヤミ  カオル)

15、平山 忍   (ヒラヤマ シノブ)

16、細田 七海  (ホソダ  ナナミ)

17、前田 美紗緒 (マエダ  ミサオ)

18、三浦 希   (ミウラ  ノゾミ)

19、岬 カンナ  (ミサキ  カンナ)

20、水木 葵   (ミズキ  アオイ)

21、三浦 サツキ (ミツウラ サツキ)

22、武藤 千尋  (ムトウ  チヒロ)

23、山下 桜   (ヤマシタ サクラ)

24、山本 茜   (ヤマモト アカネ)

25、渡辺 舞   (ワタナベ マイ)


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「このなかだと。二番伊藤咲、三番上野陽菜、五番鎌田美穂、七番工藤真理、十一番筒井凛、十三番根元愛美、二十三番山下桜さんの誰かです」


 すぐに黒木の憶測したとおり出来すぎのタイミングでメールが届いた。

 

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送信者:divine judgement


件名:根元 愛美 拘束


本文:http://www.azami-ghs.jp/13.html/


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 「根元さん……十三番……素数です」


 黒木はまるでなにかのゲームが思い通りの展開に進んだようにすこしだけ笑みを浮かべた。


 高田はこの状況を危惧する。

 なにかが変だと自分に問いかけていた。

 どこかに違和感があるその感覚をどこで覚えたのか? いまメールを見た瞬間だろうか?


 「黒木先生。リンクをタップしてみて!?」


 「あっ、はい」


 リンクの先には根元愛美らしき生徒が手足を縛られ目隠しされている画像が貼られていた。

 ただ画素は荒く本当に本人なのかの判断は難しい。


 不安そうにしているや苦しそうにしているなどの表情の区別をつけるのも不可能な画質だった。

 それでもこの状況がふつうではないことは一目瞭然だ。


 「あっ?!」


 高田は驚愕したあとすぐに押し黙った。

 メールや画像どうこうよりも高田がそんな状態になったことに黒木は驚いた。


 高田はいままで一度たりとも黒木の前でこんなに動揺したことはなかったからだ。

 いや動揺するような状況はもっとあったはずなのだが、そのたびに平静を装ってきていた。


 いま高田が自ら焦りを漏洩させてしまったことに黒木はショックを受けた。

 親の不安そうな顔を見ると子どもも不安になる。

 それに酷似した状況がいまここにあった。


 「高田先生。もう警察に連絡しましょう?」


 「待って……すこし、考えさせて」


 ふたりが逡巡しているとまたすぐにつぎのメールが届いた。


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送信者:divine judgement


件名:工藤 真理 拘束


本文:http://www.azami-ghs.jp/7.html/



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 黒木はすぐにリンクをタップする。

 リンク先には根元愛美同様に目隠し姿で手足を拘束された工藤真理らしき生徒の画像があった。


 この画像もやはりドットが荒く本人なのかは断定できない。

 写真が撮られた場所もどこかの倉庫のようで広く暗い空間で撮影されたくらいしかわからない。


 すくなくとも一般家庭などの生活感のある場所ではないのはたしかだ。

 コンクリートから鉄筋が剥きだしになっていて、それがいっそう不気味を増幅させている。


 「高田先生。これはもう疑いようもありません。工藤さんも七番、素数です」


 「ええ、そうね」

 

 高田はふたたび冷静を装った。


 「だから早く警察に」


 「ねえ、黒木先生。どうして根元さんと工藤さんのふたりは拘束なのかしら? 前田さんと岬さんは死亡という内容のメールでそれらしい画像もあった」


 「えっと、そ、それは……?」


 黒木は文面など気にも留めずすべて画像だけで判断したために言葉につまった。

「そ」という言葉を発したあとも、まだ「そ、そ」と繰り返している。

 

 「黒木先生。落ち着いて。大丈夫だから」


 高田は相変わらず穏やかに黒木の動揺を受け止めた。


 「なにより誰ひとり確実に死んだという証拠はないでしょ?」


 黒木は瞬時に高田の年の功には適わないと感じた。

 またあの心強い高田が戻ってきた。

 心の重荷がすこしだけ降りる。

 なおも立てつづけにタブレットはメールを受信する。

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