第24話00011000 邂逅(かいこう)
俺が日付指定メールを受信したその夜だった。
――理科室。
陽炎のように肉体のないシオン、生前とは見る影もない。
頭部から下が霞のように真っ白くぼやけていた。
それはまるで白装束を纏っているようだった。
「生」を維持する
決して交わることのない憐憫な黒と白。
揺らめきながらその手は俺の頬に触れた。
だがなんの感触もなかった。
いつか感じたあの繊細な指先の肌触りも……残ってはいなかった。
異形のシオンに驚きながらも俺はすぐにシオンを受け入れた。
「……シオン?」
「この姿がメールに書いた良いものだよ。もうワタシなんていらない?」
「……なにいってんだよ?」
「サバキ・・・裁貴・・・ワタシもう血の通わない物質……“0”と“1”みたいだね?」
「“0”と“1”ってデジタルを移動できるのか?」
「サバキがよくいってたよね。“0”と“1”でパソコンは動くって……だから、その言葉が脳裏に焼き付いてるの。……ワタシはデジタル信号にもなれる」
シオンはほんのすこしだけ人だったころの優しい表情に戻った。
「サバキ。これでもワタシのこと好き? 顔も
「……いっただろ。死んだあとだって一緒にいるって。だからそんな哀しそうな顔すんなよ?」
「なんかね。ワタシお母さんの気持ちがすごくわかるの。お母さんもこんな気持ちだったからあの人のところへ行っちゃったんだって……ワタシも生きてサバキと一緒に居たかったな……」
かげる表情から寂しさが溢れていた。
部屋の闇をもう一度、塗りつぶせそうな暗闇が部屋を覆っている。
「シオン……いったいなにがあったんだよ。誰に殺されたんだ?」
「『ペリオディック・テーブル カース』を実行したの……だから自殺だよ……」
「『ペリオディック・テーブル カース』なんてあれはうちの親父が作ったただのフェイクだぞ!?」
「わかってたよ。あれはサバキの優しさだって……でもワタシは教会でキリシタンたちが記した禁忌の呪法を見つけたの」
「な、なんだよそれ?」
そんな話は初めて聞く。
「歴史上でキリシタンたちは幾度となく迫害に遭ってきた。そんな彼らも耐え忍ぶばかりじゃなかったの……」
「はっ?」
「教会で呪いとか場違いよね。でもワタシは見つけた。ようは怨みを自分の身に浴びればいい。そうすればその怨みは自身に蓄積され悪霊と化す」
「そんなバカなことが……」
けど、あの建物だけは歴史のある本物……そういう物が隠されてる可能性はあるか……?
「『ペリオディック・テーブル カース』を逆に巡り、わざと呪詛を返したの」
「じ、自分に呪いをかけたのか?」
「そう。あそこで見つけたのは『カース リバース メソッド』……。重なったステンドグラスに太陽光が射すとき床に浮かぶ仕掛けになっているの」
あのステンドグラスは父親が適当に修復したんじゃないのか……? 俺はむかしっから父親のずぼらさに
じっさい家のなかや教会にすこしくらい変わったところがあっても気にならなかった。
いや、気にすることやめた。
片付けた先から散らかされていく。
そして俺は効率を優先した。
散らかったままなら、もう、それほど汚される心配はない、と。
――この人は政府の要人だ。とかいってそれっぽい役職を騙る人間を連れてきたり。
たまに政府御用達のハム屋と名乗る男から電話がかかってくることもあった。
いまにして思えばそうとう
シオンに対していっそう
「……そ、それでそんな体に?」
「ワタシは桜木ミサにイジメられていた。でもサバキにはいえなかった」
「俺にはいってくれよ」
「心配かけたくない
「それはシオンがいってたように間違いだ。やっぱり生前の
「そうだよね。うん、そう。そうよ。そうに違いない。だってワタシが死んだあとでもこの怨みはなにひとつ晴れなかった。それどころか逆に募っていった。ミサを殺したい。殺したい気持ちが消えない。ほかにも四人居たけれど思いだせない。ただあの塩基配列のフィギュアにヒントがあるはず」
えっ、フィギュアって、あの、俺があげたあのカプセルトイのミニフィギュアか……? 俺は思考を巡らせて思い当たる限りの知識を絞りだした。
「わかった。俺がその四人を探しだしてやる!!」
「……最初は三日後だった。そして今日は一週間後。つぎは五ヶ月後、そしてまた二年後に甦る」
「そうか、今日は一週間か……それはどういうサイクルなんだ?」
「硫黄の“三”。水素の“一”。ヨウ素の“五”。ネオンの“二”。その元素番号の周期……」
そんな復活の周期パターンがあったとは。
「俺はこれからどうすればいい?」
「この世から抹殺しなきゃならない人間はつぎつぎ現れる。ソイツらを消して」
このシオンの
でも、俺はそれでよかった。
というより、俺もシオンの想いとまったく同じだ。
シオンと同じような人をこれ以上増やさないためならなんだってやってやる。
「わかった。俺も一蓮托生だ」
「ワタシは二年後からは甦ることに制約はないの」
「二年間待てば限度なく逢えるんだな?」
「ええ。けれど流動体という意味でなら学校の周辺にいつでもいるわ」
「わかった。まずはシオンをいじめたやつを全員ぶっ殺してやる。やられたらやり返せ、だ」
このとき俺は父親と同じ思考回路だったことに気づきはしなかった。
確実に一親等として「A=アデニン」「T=チミン」「G=グアニン」「C=シトシン」=DNAを受け継いだと自覚するのはもっと先のことだ。
「ただあの朝、誰かがワタシを抱きしめてくれた。そのあとの記憶が消えてる。あともうひとり誰かが近くにいたはず……」
具現化していたシオンが透過して薄れていく。
やがて背景のコントラストのほうが強くなっていった。
「これが本当の良いものよ……」
消えゆくシオンが俺にフラスコを差しだしてきた。
ひび割れたフラスコをふたたび接着させたようなガラスの結晶。
なかにはわずか一滴の透明な液体が入っていた。
「それを
「ああ、わかった」
俺がその小瓶を真上からのぞき込んだときシオンの体は完全に消滅していた。
フラスコのシオンが触れていた部分にはまったく温かみがなかった。
当たり前か死んでるんだから。
でも、なんでこんなひびの入ったフラスコを……? シオンが死んだ日、理科室で生成された副産物が「悪霊と化したシオン」と「憎悪を含んだ液体」ということをあとで知った。
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