第23話00010111「神野の誤算」と「神の誤算」
俺はこの教会の長男、神野裁貴として「生」を受けた。
親父が神父をしていて同年代とは違う環境で育ったから俺も将来はなんとなくここでなにかしらをして生きていくんだと思っていた。
友達の話す――お父さんの給料日。という言葉は理解しがたかった。
いったい親父がどうやって稼いでいるのかもあとで知ることになる。
幼いころから足繁く祈りに通ってくるシオンとその母親に面識があった。
たいていの人は祈りながらこの世の不条理、悩みを吐きだしていく。
それも同じ人が定期的に訪れてだ。
裏を返せば祈りは通じない、希望なんて叶わない確たる証拠。
俺はそんな人たちを何人も見てきた。
身近な良い手本、そして結論はでた。
俺にとってこの世界に希望などはないということだった。
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俺たちが中学生になって間もないころ、シオンは呑気と深刻の中間の顔をしながら俺にいった。
でも、それがシオンの優しさだと俺は知っていた。
「お母さん。いなくなっちゃった……」
「そっか……」
俺になにができる……?
「けどね。むかしからわかってたの。いつか私は置き去りにされるんだろうって……」
「……」
「だからね。私はいつもあの十字架にお願いしてたの。お母さんとずっと一緒にいられるようにって」
「そんなもんだ……祈りなんて叶わねーよ!!」
「けど、お母さんの祈りは届いたみたい。愛人じゃなく正妻になりたいってずっと願ってたから」
「シオンの願いとお母さんの願い。二分の一ならどっちかは絶対当たるだろうよ……。くそっ!! 邪神が」
「でも、いいの。お母さんが幸せなら……」
シオンはそういうとまるで子どもを見守る母のように優しい笑みをみせた。
逆転した親子の情の深さ、なんて皮肉だ。
こんな境遇でもシオンは母親に対する恨み言をなにひとついわない。
俺とは心の構造が違うみたいだ。
「じゃあシオン。将来は俺と結婚しよう。俺が死ぬまで一緒に……いや死んだあと
だって一緒に居てやるよ!!」
勢いだけプロポーズをした。
想いだけは本当だった。
実行に移すにはまだ十八歳の壁があるけど、その日がきたら本当に結婚しようと思ってる。
「私でいいなら……いいよ」
シオンはこの日、初めて本当の笑顔を見せてくれた。
屈託なく微笑むシオンに見惚れてしまった。
俺はバレないようにすぐ視線を逸らす。
俺にはときどき視線を逸らす癖があるようだ、いまシオンに無言で教えられた。
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俺はこの夜、初めて親父に暴力を振るった。
怒りの矛先を向けるのはそこしかなかったから。
家中の壊せる物はたいてい壊した。
壁なんて意外なほど簡単に陥没する。
それなりの重さの物を投げれば簡単にガラスだって割れる。
すると親父は突然、謝罪を始めた。
「すまん。話そうと思ってたんだ。いつかバレると思ってた」
ただただ土下座をして平謝りする親父。
憐れな姿を晒しながらいろいろと語り始めた。
口ごもりながらつぎからつぎへと。
俺には意味がわからなかった。
別に俺が聞きたかったことなんてなにもなかったのに……いま、俺が暴れたのだってただ八つ当たりだ。
……本当に八方に家具が散乱していて笑えた。
神父ならシオンと母親を引き離すような結末にすんなって責任転嫁した子どもじみた反抗だったのに。
話の中身は――この教会は歴史ある建造物だけど、それ以外の教えや神父だとかはぜんぶでたらめでここで小規模な新興宗教を運営してるってことだった。
それが一般家庭なみの収入になるってのには驚いた……。
――宗教法人だから法人税はどうのこうの。みたいにいってたけど……正直、俺にはよくわからない。
俺は消費税以外、払ってねーし。
裏ではもっとあくどいことをやっていた。
俺のなかの親父像が崩壊していく……そこまで尊敬してたわけじゃねーけど、もっとふつうの親父だと思ってたから。
「本来の宗教って人を許すみたいな流れだろ。俺はそこを逆の教えにしてみたんだ」
「なんだって?」
「ことわざであるだろ。人を呪わば穴ふたつみたいなの……そんなの関係ないからやられたらやり返せって教えたら意外とウケてな。けっこう人が集まってきたんだよ。もう我慢するだけの時代じゃないんだよな~」
くそっ……邪教の教祖は親父かよ。
「やっぱり人間なんてそんなもんだよな~。愛だの許すだの。ないない!! そこで憎い相手の顔写真に死ねって書いて釘を刺す。みたいなグッズを販売したら飛ぶように売れてな~。バージョンアップさせて定期的に売ってんだよ」
意図しない返答に茫然自失した。
なにひとつ悪びれる様子のない父親に嫌悪感しかない。
これが同族嫌悪ってやつか。
思えば教会内の装飾品なんかも統一感ないし、天井のステンドグラスも重なりすぎてるし。
ここは最初から神様のいない空箱だったってことか。
俺もそのDNAを受け継ぐ邪神の子ってか。
もしも誰もが知っている有名な
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俺たちが高校生になったころだった。
「シオン。最近、元気ないけどなにかあった?」
「ううん。なにもないよ」
シオンは小刻みに首を横に振った。
「うそつくなよ。俺は子どものころからずっと見てんだぞ!?」
「あっ、私がプレゼントした時計まだしてるんだ?」
シオンは話を逸らすと俺の手首を掴んだ。
中学生から高校生になったわずかな時間なのにシオンの指先が大人のシルエットになっていた。
こんなふうに思う瞬間でさえ俺たちは大人に近づいていく。
スラっとした指が俺の手首に触れるたびに鼓動が早まていった。
「えっ、あっ、ああ。つーか、そうやって話をそらすなよ!?」
シオンは――ふふふ。と控えめに笑う。
シオンの照れ笑いだ。
いつか見せてくれたあの笑顔、
「シオンだって俺が三百円カプセルトイで当てた塩基配列のミニフィギュアいつまで持ってんだよ!?」
「いいの。私あれ好きなの。ふふ」
俺にはその表情にある真逆の感情くらい見分けがつく。
高校に入学してから元気がないことも。
「ほら、これ」
俺は四つ折りになった、一枚の紙切れを渡した。
「なに……?」
「婚姻届……って……うそ……」
「……?」
シオンはゆっくりとその紙を広げた。
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『ペリオディック・テーブル カース』
ひとつ、周期表の上部に呪う相手の写真を貼る。
ひとつ、表のどこかに血判を押す。(血液の量と効果は比例する)
ひとつ、“硫黄”→“水素”→“ヨウ素”→“ネオン”の順番で突き刺していく。
以上の方法で相手に
ただし、突き刺す順番は
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シオンは俺が渡した紙の中身をながめながら黙読をはじめた。
上下に唇が揺れて音のない言葉が宙に消えていく。
ぜんぶ読み終えたシオンがなにくわぬ顔で――なにこれ?ともう一度、聞き返してきた。
そういえばシオン声も変わったな……? 中学生のころにはまだあった幼さが消えていた。
「なんつーか、ほら、あれだよ。ゲーム……的な……」
俺はそれを渡したはいいがこんな子どもじみたものを渡して恥ずかしかった。
誕生日プレゼントになんのサプライズもなくリングを渡すような感覚。
――もうすこしなにか考えてよ? とかいわれそうに思えた。
「……教会で呪いって。不謹慎じゃない?」
「いいの、いいの。うちなんて不謹慎の塊なんだから……」
これって……親父が作ったやつの発展形なんだろうな?
――いや~初期はSyuuKihyou(周期表)の頭文字“S”と元素を巡る“サークル”で“S・サークル”ってのを作ったんだけど……ダチのハム屋にダメだしされてよ~
――親父はなんでそんなに適当なんだよ?
――世のなかあんまり深く考えたら体に毒だぞ。そしたら周期表は英語で『ペリオディック・テーブル』っていうからそれを使った
――……くそっ、バカが
そんなむかし話を思いだした。
あのバカが考えたものを渡すなんて俺はなにしてんだか……。
まあ、気晴らしくらいになってくれればいいか。
「けどこんな子どもだまし満足できな~い……いつか話したでしょ? 人の怨みはそんな簡単に晴れないって」
「そ、そうだった……な」
そうだよな。
シオンは笑ったけど
俺が場違いな物を渡したからだ……。
だからまた俺の心が痛んだ、それも自業自得だけど。
シオンが抱える苦悩と女らしさに心が掻き乱される。
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