第22話00010110 三浦シオン~私怨~

 その人には通常の人間にはえないモノが視えるらしい。

 相手の苦悩を訊きときには叱って浄化させる術を心得ている。

 

 謎の呪文を唱えてその手で宙を切る。

 早ければ三十分、長くて数日、それで悪霊と括られるものは天に還るらしい。


 まるで安物のコント。

 カラスだって攻撃されたターゲットを確認してから復讐するのに。

 それがそんな簡単に成仏するって……本当に面白い。


 複雑な脳をした人間の憎悪が思念体として残るものが悪霊ならば第三者がそんな簡単に消すことはできない。

 生きている人間だって見ず知らずの人間だれかにペラペラと悩みを打ち明けるわけなんてないのに霊能力者には本音を打ち明けるなんてどれほど短絡的なの……?


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 ある小さな教会。

 文教地区に近いため都内でも閑散としている。

 その一画の屋敷林のなかにチャペルはあった。

 

 施設の中央には金色の十字架が佇んでいてその十字は誰彼と分け隔てなく訪れる者を迎え入れる。

 経年劣化でところどころコーティングは剥げ落ち中身が露出していてもそこでひざまずけば誰かの罪悪もゆるされると思わせた。


 この荘厳な場所にまばらではあるけれど毎日、毎日、人は訪れる。

 神の代行である象徴の眼前で人は決意を固め、罪を悔い、祈りを捧げる。


 私は子どものころからここで物想いに耽るのが習慣だった。

 この静けさは無音なのに静寂の音がする。

 最近の考えごとはもっぱらどうしてこの世界には階級があり人を虐げるのかということ。


 でもそんなことを考えたってなんの意味もない。

 つねにどこかで紛争を繰り返しているように争いごとはなくならない。

 

 私がいまその犠牲者の立場にいるからそう考えを巡らせているだけ。

 当事者になって初めて理解するなんて愚かなことだった。


 振り返れば私だって見ないふりで過ごしてきた……テレビの向こう側で泣き叫んでいる人、ブルーシートに包まれた人、私の視界をたくさん通り過ぎて行った。


 翌日には漫画の発売日が気になって好きなアーティストの音楽を聴いてふつうの日常を送った。

 私はそんなすこしの後悔を抱えながら教会に備えつけられている長椅子に寝転んだ。


 懺悔するように胸に手を当てて天井を見上げる。

 とてもきれいな具象絵画の大天使ミカエルが描かれていた。

 

 ペガサスのように白い翼と白い衣を纏った天使。

 天使が天使である理由を私は知りたい。

 救いの天使なんているのだろうか? この角度からはステンドグラスが幾重にも重なって眩しいはずの太陽が黒く映っている。


 まるでコールタールが無尽蔵に燃焼しているみたいに私の心をジリジリと焦がしていく。

 やがて憎悪のフレアが湧き上ってきた。


 アイツらが憎い。

 私は磁石のようにどこまでも引き寄せてしまう。

 アイツらの遺伝子は途絶えることなくこの先もずっと受け継がれていくのだろうか? 手持ちぶさたの私はポケットから小さな塩基配列のミニフィギュアを取りだして顔の前でくるくると回した。


 ふいに思う。

 たった四つの神の螺旋らせん……。


 「A=アデニン」

 「T=チミン」

 「G=グアニン」

 「C=シトシン」これが人間を形作るDNA。

 

 この四つ……偶然アイツらのイニシャルと同じ「A」「T」「G」「C」だ。

 でも「G」は……私と同じような立場か。

 

 もしものためにこれを理科室へ飾っておこう。

 裁貴への合図として。

 

 あるいはダイイングメセージになるかもしれない……。

 ――あっ。手のひらからミニフィギュアがするりとすべり落ちていった。

 

 コロコロと赤い絨毯の上を転がっていく。

 私は身を起こして手を伸ばすとあるものが目に映った。


 「なんなのこれ……?」


 黒い羽と羊のようにグルグルうねった角。

 黒いマントの悪魔。

 具象絵画の堕天使ルシファーが浮かんでいた。

 私の心に反響するように、さらにもう一段、文字の羅列が迫りだしてきた。 

 俯瞰で見れば天井てんのミカエルと地のルシファーが対峙している構図だった。


 「これは……?」


 堕ちた天使……それがルシファーだったはずよね。

 そう、そういうこと。


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